◇俊也◇黎と結子
「カミカクシ?」
訝しみながら彼は廊下に向かって聞き返した。
「そう、『髪隠し』。ここの名前さ。」
廊下から優男が部屋に入ってくる。そして、彼の前に立つと話を続けた。
「目を覚ましたようだね。結子の手料理はもう食べたかい?食材が不足している中で、よくやってくれているよ。それと…。まあ、その…さっきは済まなかったね。僕にはここのリーダーとして皆を守る義務があるのでね。でも…髪をはやした人間を見たら普通髪喰いだと思うでしょ?まさか普通の人間だとは思わないだろ?」
優男は謝りながらも、先刻の対応はさも当然のことだといわんばかりである。その余裕に満ちあふれた態度が、妙に言葉に説得力をもたせる。そして、最も重要な質問を俊也に尋ねた。
「君はどうして髪を剃ってないのかな?」
(たしかに、人が髪を失ったこのご時世に、髪をはやした自分は、自殺志願者か、よほどの世間知らずだろう。でも俺はどちらでもない…。俺は…。)
彼が頭の中で言葉を選んでいるうちに、結子が口をはさんだ。
「ちょっと黎さん!あんまりいじめないでもらえます?誰かさんのせいで怪我も増えたようですし。」
結子は立ち上がり、煙草を灰皿に押し付けた。
「この子の目を見たらわかるでしょ~? 真っ赤に染まってないじゃないですか。黎さんだって確認しましたよね? ただ、気になるのは右腕の火傷くらいで、むしろ可哀想ですよ!」
結子は彼の右腕を一瞥し、また、黎に視線を移した。
黎は、結子の言葉を意に介さない。
「これは、大切なことなんだ。わかるよね?君はたしかに髪喰いじゃない。それはわかった。ただ、髪を剃っていないのはどうしてだい?」
黎は笑顔ながらも睨むような目で俊也を問い詰める。
俊也は正直に答えるかどうか迷った。言ったところで信じてもらえるかどうかもわからなかった。それに相手が信用できる人間かもわからなかった。また、ここが避難所でなければ何なのかも。しばしの沈黙が流れ、結子が新しい煙草に火をつけようとしたとき、彼は意を決して答えた。
「わかりました。ちゃんと理由を言います。ただその前にここがどんな場所で、あなたたちがどんな人たちなのかを教えてもらってもいいですか?えらそうですみません。でも、『髪隠し』って、言われてもピンと来なくて。お願いします。」
黎は鼻で笑って答える。
「質問に質問で答えるのですか?食事に、ベッドまで用意してあげて…。躾がなってませんね~。まあ、いいでしょう。わかりました。『髪隠し』について簡単に教えてあげましょう。」