花屋
なんだこれは。
ベルナールは日記を読んでから絶句した。
どうやら彼女には好きな人がいるらしい。
それなのに、なんで自分との見合いを受けたのだろうか。
そして驚くことに彼女は自分の容姿に自信がないようだ。
あんなに可愛い顔をしているのに。
ベルナールはため息をつきながら日記を閉じると、椅子から立ち上がり庭を歩いた。
鳥のさえずりが聞こえる。
美しいさえずりはベルナールを癒してくれた。
彼は屋敷のドアを開けると自分の部屋へ行き、机の引き出しに日記をしまった。
この日記を全部自分は読むのだろうか。
でも自分の好奇心に負けた時点でもうそれは確定したようなものだ。
ベルナールは上着を着るとふたたび外に出た。
今から仕事場に戻る。
彼の勤める花屋は市場の奥の通りに面し、そこそこ繁盛していた。
そういえばフェイの日記に魔法で花を出すというようなことが書かれていた。
どのようにして花を作り出すのだろう。
彼はフェイの魔法に興味を抱いたが、どうやって彼女と話していいのか分からなかった。
何しろ自分は拒絶されている。
会食したときのあの態度は、明らかに自分のことを嫌っていた。
庭を抜けるとベルナールは市場まで歩くことにし、誰もいない道を静かに歩いた。
市場までは疲れているときは馬車などで行ったが、普通は歩いて通っている。
歩いて20分ぐらいしかかからないのでいつも徒歩だった。
そういえば最近の話題は、この国の女王が失踪したことで人々は盛り上がっていた。
美しい長い黒髪の肖像をベルナールは見たことがあるが、なんだか冷たそうな女性だなと印象を持った。
その印象は当たっていて、女王は冷酷であまり評判がよくなかった。
なぜ失踪したのかはわからないが、何か王宮の人々の恨みを買ったのかもしれない。
まあ、自分のように王宮に一度も行ったことのない人間にはまったくわからない世界だ。
店につくと、ハンスが花束を作っていた。
「留守番ありがとう。お客さんは来た?」
ベルナールがにこやかに聞くと、ハンスは笑顔でうなずいた。
彼は原因は不明だが口が聞けない。
だが人の言っていることには反応できるのでベルナールはなるべく彼に話しかけ、よい雰囲気を作ろうと努力している。
最初彼を雇うことになったとき、ベルナールは大丈夫かなと心配になったが、心優しいハンスを今は尊敬している。
店の主は人を見る目があるので、本当に彼を雇ってよかったと思う。
「今は暇な時間帯だから、それが終わったら休んでくれていいよ」
年下のハンスを気づかい、ベルナールは休憩させようとした。
ハンスは戸惑ったような表情をしたが、静かにうなずき、また花束を作る作業に戻った。
すると突然店の扉が開き、客が入ってきた。
日に焼けた肌の客は笑顔で挨拶をすると、片言で花束を作ってくれないかと申し出る。
「どのようなものに致しましょう。ご希望は?」
そうベルナールが聞くと、外国人と思われる客は今ハンスが作っているような花束が欲しいと言ってきた。
「あれみたいなのがほしいです」
丁寧にそう言うと、緑色の瞳がきらきらときらめいた。
ベルナールはハンスにその花束を後で渡してくれと指示し、客と世間話をし始めた。
「こちらにはよく来られるんですか?」
「ここには、はじめてきました。おせわになっているひとにはなをおくろうとおもって」
「そうですか。私共の店に来て頂き、ありがとうございます」
自分も緑の瞳を持っているが、この客の目の色は深い緑色で、まるで森を思わせるような瞳だった。
花束ができると、客は満足そうに花を持って店を後にした。
店内に静寂が訪れ、ベルナールはさっき読んだフェイの日記のことを思い出していた。
自分の容姿に自信がなく、どうやら誰かに片思い中の彼女。
その想い人は時々この市場を訪れるらしい。
そんな想い人に会いたくて彼女もこの場所を訪れる。
もしかしたら、そのうちフェイにこの場所で遭遇するかもしれない。
そうしたら、何と声をかけよう。
ベルナールはそのときのことを想像して、少し楽しい気分になった。