捨てられた日記
人はつい見てはいけないものをみてしまう。
それは余計なものだったり、見たくない現場だったりするわけだが、普段絶対におめにかかれないものだったりする場合どんな対応をするのだろうか。
ベルナールは手に取った一冊の本をしげしげと眺めた。
ここはお見合い相手の敷地内の裏庭。
そう、彼は一か月前に25歳になり、親から勧められたお見合い相手と会食をした。
相手は一つ年上の無口な女性で、正直会食中は会話に困った。
何しろ何も話してくれないのだ。
はい、とかいいえとかは答えてくれるが、自分の話を一切してくれない。
名前はフェイと言って栗色の髪の人形のように整った顔立ちをしているのだが、とても冷たい女性だった。
茶色の瞳はいつも下を向いて伏し目がちで、決して視線を合わせてくれない。
明るく人との会話を楽しんできたベルナールにとってこんな事態に陥ったのは初めてだった。
こんな暗い女性を紹介してきた親戚を恨んだが、もう一度動き始めてしまった話を無下に断るのは気が引けた。
どうせなら適当に期間を少し置いてから断ってみようか。
そんな考えが頭に浮かび、ベルナールはこの話を保留にしておいたのだ。
そしてこの本。
彼女の家に挨拶に行ったとき、庭のごみ箱に捨てられていたこの本はどうやら誰かが書いた日記らしい。
もしかしたら彼女が書いたものかもしれない。
でも見ていいのだろうか。
ベルナールは悩んだが、好奇心が勝った。
本を手に取り、馬車に乗ると、さっそく読み始めようとした。
ここなら誰からも邪魔されずに読める、と思ったがゆっくり読みたかったので家に帰ってから読むことにした。
フェイの先祖は有名な魔術師で、名前が歴史の教科書に載っている。
この世界には未だに魔女や魔術師が存在するが、もう高齢で過去の遺物となっているに等しい。
アルド王国にはかつて沢山の魔女や魔術師がいたが、後継者がおらず数十年後にはもう誰もいなくなると予想されている。
ベルナールがこの見合い話を快諾したのも、失われてしまう魔術師の子孫に会ってみたかったからだ。
それは単純な好奇心だったかもしれないが、彼はそんな浅はかな自分を後悔していた。
そしてこの本。
茶色の背表紙のあるこの本には沢山の綺麗な文字が並んでいた。
まだちゃんと見てはいないが、全部のページにびっしりと文字が書かれている。
捨てられた日記を勝手に拝借してはダメなのかもしれないが、ベルナールはこれで少しはあの謎に満ちたフェイのことが分かるのではと期待した。
そうだ。
あの冷たい人形のように美しい女性の中身を見てみたい。
どんな考えをもち、日々何を考えているのか知りたかった。
馬車が家につくと、ベルナールは扉を開け、地面に降りた。
手にはしっかりと日記を持ち、自分の家の庭の椅子に座る。
季節はもう秋だったが、太陽がさんさんと輝き暖かかった。
ベルナールは日記の一番最初のページを開いた。
これで彼女の内面がわかるのだろうか。
そんな期待を胸に秘めながらベルナールは読み始めた。