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鳩飼いの少年  作者: らりなな
三章 縛られた思い出
9/22

はと9

 忘れたら楽になれるのに、忘れられない人。思い出。

 もしもそれを忘れろと言われたら、人はどう動くのだろうか。




 話は突然に訪れた。


「お前の元カノ、入院したってよ」


 部活帰りの時、中川がとっさに思い出したかのような口ぶりでそう言った。


「え!?」

「軽い事故に逢ったんだってよ。といっても、怪我はそんなにひどくないみたいだけど」


 それをきいて、ひとまず安心した。

 けれど、入院しているってことは……。


「……俺、お見舞い行った方がいいよな」

「行けばいいじゃん」

「いや、でも……」


 元彼氏が、元彼女の様子を見に行くなんて、どうなのだろうか。うっとおしがられないだろうか。それに、この前あんな風に去られてしまった訳だし……。


「なんだ? 迷ってるのか?」

「ああ」

「元彼だから? 別に関係ないだろ」

「……だけどさ」


 ポンっと背中を叩かれる。中川が、優しく微笑んだ。


「彼女のこと心配してるんだろ? 大丈夫だって。その気持ちはちゃんと本人に伝わるさ」



 中川は時に、さりげなく俺の背中を押してくれる。こういう男らしい中川を見た時、中川が親友で本当に良かったなと思う。



 二人の歩く影が、アスファルトの道を切り取ったかのようにくっきりと映し出されていた。




 次の日の放課後、日菜が入院している病院へと行った。この地域では一番大きな病院だ。

 入っていきなり消毒液の臭いが鼻にきた。そのまま病室を確認し、漂白剤で真っ白にしたような廊下を歩く。時々看護師とすれ違う。

 また、壁に可愛らしい折り紙の装飾が施されており、病院の雰囲気を和ませていた。


 ……正直、日菜と話すのは後ろめたい気持ちがあった。けれども正面から向き合わないと何も変わらない。


 歩いていると、日菜のいる病室へと着いた。




 日菜はどうやら足を怪我したらしい。軽い事故だったようで、その他の部位はかすり傷で済んだようだ。

 日菜は俺を、意外だ、と言う様な目で見つめてくる。


「……なんで来たの?」

「……恋人だったから」

「……そっか」


 どうして素直に「心配だったから」と言えないのだろうか……。昔から、女子と話すのはどこか苦手だ。

 俺は近くにある丸椅子に座った。


「……」

「……」


 椅子のギシリ、という音が、やけに大きく聞こえる。な、何か話し掛けないと。

 焦りが募ってきた時、彼女の口が開いた。


「その時計、してくれているんだ」

「え?」


 左腕を指差される。どうやらこの前日菜が返してくれた腕時計のようだ。

 日菜は俺の方を見て、ただ微笑んでいた。



 その後は、二人で他愛のない話をした。最初はお互いにぎこちなかったけれど、話が合うと、打ち解けるように話が進んだ。この前すれ違った時、日菜は俺を見向きもしなかったから、今日は話せたことに少し驚いてもいた。まるで、付き合ってた時に戻ったようだ。



 ……けど。


 俺は肝心なことに目を背けている。今、日菜と話せることの幸せだけを見つめて、自分の本当にすべきことを隠すかのように上から雲を被せているのだ。


 結局、肝心なことを話さずに今日は家に帰ってしまった。日菜と他愛のない話をできたのは、ある意味進歩だが。

 でも俺は、本当にそれだけで良いのだろうか。




 自分の部屋のベッドにごろり、と転がる。


 俺が、日菜の病院へお見舞いに行った本当の目的は何だ? 彼女とただ話すことだったのか?


 いや、違うだろ。と、自分自身に答える。

 じゃあ、何のために? と、問いかける。

 ……一息ついて、彼女を忘れる決心をするため、と答える。


 日菜ともう一度付き合いたいとは思わない。あの頃燃え盛っていた恋心は、今はもう薄れていた。


 けれど心のどこかに、焼けた痕のように日菜との思い出が残っている。なぜか、それを消さなければならない気がしている。



 どうすれば良いのか、明確には分からない。けれど、何か行動しなくてはならない。

 今、やじろべえのように、常にぐらぐらと揺れながら生きている俺。


 答えが欲しい。道しるべを知りたい。


 俺は、どう行動すれば良いのだろう。



「……早く、大人になりたい」


 子供特有の考え。そんなの、何の解決にもならないって分かっているけれども、今の俺は少しでも経験が豊富な大人が羨ましいと思った。


 色々考えていると、途端に眠くなってきたので照明を暗くした。

 小さな窓に取り付けられた白いカーテンの隙間から、僅かに月光が漏れていた。





 あれから、何度か日菜のいる病院へとお見舞いに行った。けれども普通に話すだけで、自分が本当にやるべきことには目を逸らし続けていた。


 日菜と話すのは楽しい。けれども、どこかで心の痛みを感じていた。こんな中途半端な気持ちで、彼女に接して良いのかと。

 日菜も多分、表面上では俺と仲良くやっているけれども、裏では俺が行動を起こすのを待っているはずだ。


「もうすぐ私、退院できるんだ」


 二日前、日菜は嬉しそうに、けれどもどこか寂しさの影をチラリと見せながらそう話していた。


 このまま、日菜と楽しく話して、心残りがあるまま時を過ごしてもいいのかもしれない。または、突き放しても良いのかもしれない。そうしていつか、日菜のことを忘れる運命も有りだ。


 けれども俺は、心残りを無くしたい。


 日菜と別れた後も引きずっている「何か」に、終止符を打とうと思った。日菜の為にも、俺の為にも。

次回、30日午前8時投稿です。

読んでくださりありがとうございました。

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