はと6
俺は三樹のあの輝く瞳に弱いのだと、最近気が付いた。
「糸井君ー早くー!」
「はいはい」
三樹と約束した一週間後、俺達は田舎の中でも唯一都会チックな街へと来ている。山の近くを通るバスから、二回乗り換えてやっと辿り着いた。
辺りは高いビルがそこそこ立ち並んでいて、太陽の光が反射している。また、そこらにデパートやホテル、その他の専門店が立ち並んでいた。
時間と場所が書かれたメモ帳を片手に、三樹を追いかける。
この日の為に、遊ぶ計画を二人で考えてきたのだ。
「三樹、服屋へ行くんだろ? そっちは反対方向」
「あ、ごめん。ついはしゃいじゃって」
子どものように明るい三樹。そんな彼のパッと華やぐ笑顔を見せつけられる。今頃三樹の目には新鮮でキラキラと輝いた風景が広がっていることだろう。
服を選ぶのに、三樹はかなり迷っていた。比較的シンプルで、どこかオシャレな雰囲気の漂う店内では、比較的ユニセックスな衣服が売られている。
三樹は生地が薄くてひらひらしたベージュの服に、藍色のストーンが連なったネックレスが付いているものと、それの水色バージョンで白色のネックレスがついたものとどちらにするか悩んでいた。ハンガーに掛けられた二つの服を交互に見比べ、目の前にある等身大の鏡とにらめっこをしている。
俺から見たらどちらも女物っぽい服だと思うけれども、あえて突っ込まないことにした。
「試着してみれば?」
「あ、そうだね。えっと……」
三樹がどうしたら良いのか狼狽えている。
「すみません、この二点、試着したいのですが」
思わず俺は、声を張り上げていた。
あの後、三樹は買った服を、元々はいていた黒色のズボンと合わせていた。女物なのに、見事に似合っている。
仮に女子だったら、このお出掛けはデートになるんだろうなー……なんて一瞬変な考えが頭に浮かびあがり、慌ててかき消す。
「うわあ~あれおいしそう!」
俺の邪な考えなどお構いなしに、三樹が目を輝かせた。視線の先には、ピンク色の塗装がされた移動店舗があった。どうやらクレープ屋さんのようだ。
『悟、このクレープ、特にクリームがおいしいね』
彼女の声がふと頭の中を通り過ぎる。やまびこのように、その響きが頭の中をこだまする。
「糸井君?」
「あ、ああ、何?」
「せっかくだから買おうよ」
いけない。また彼女のことを思い出してしまった。しばらく三樹のことで頭がいっぱいで忘れていたのに……。
二人でクレープを買い、開いている席に座った。周りには友達同士や家族、カップルなどがテーブルを囲み、それぞれが楽しい時間を共有していた。
「それじゃ、いただきます」
ぱくん、と大口開けて食べる様子は、何だか可愛げだ。ちなみに俺は上手く食べられなくて、クレープのクリームが口や手にべたべたひっ付くのに四十八苦している。
「んー! 甘くておいしいー! 特にこのクリームがおいしいね」
「……!!」
元彼女と同じ発言。
一瞬だけ、目の周りがぼやけた気がした。人が行き交う音も、耳の奥に響いていた。
そうか、彼女とデートへ行った時も、こんな風に満席で、人々が机を囲んで楽しそうに、幸せそうに過ごしていて……。
この先彼女とずっと一緒に居られるのだと、あの頃はそう根拠のない自信を抱えていた。
「糸井君?」
「……!」
イチゴクレープを食べていた三樹が、こっちをじっと見つめてくる。どうしたんだ、と心配した目で。
「なんでもないよ」
そう言って、チョコソースがたっぷりかかったクレープにかじりついた。
ただちょっと、元彼女のことを考えていただけだ。あの時の俺達と同じように、俺と三樹もいつか別れが来るのかもしれないって、少しだけ未来に不安を覚えただけなんだ。
その後、本屋さんや雑貨屋さん等とうろうろ回った、屋外ステージでマジックショーがやっていたので、ついでにそれも観てきた。
(……そうだ)
ある小物売り店を通り過ぎようとする三樹を引き止めて、立ち止まる。俺達の後ろにいた人々は、次々に俺達を抜かしてゆく。
「あの店へ行こう」
目の前にある、レンガ造りのこじんまりとした小物売り店を指差した。
ドアに取り付けられたベルが、軽快な音を立てて客を迎え入れる。
入った店には、主にシンプルな柄の物が売っていた。三樹はお店に並べられた陶器をまじまじと見物している。
その間に、俺はアクセサリーが置かれた棚の一角を見る。
あった。
アクセサリーを片手にレジへと向かった。
「あーっ! 楽しかった!」
買い物袋を両手に提げ、三樹は人の多い街道から外れた道を楽しそうに歩き、満足そうな顔を俺に向ける。昼間より暗くなった道を、点いたばかりの外灯がぼんやりと照らしていた。
「そういえば、三樹」
「何?」
「今日、普通にお金使ってたけど、一体どこで手に入れたんだ?」
さっきから、少しだけ気になっていた。もしかしたらバイトでもしているのかもしれない。
しばらく沈黙が広がる。
「それはね、秘密だったんだけど……、実は僕の家、地下に金塊がたくさんあってね、それを近くの店でちょこちょこ買い取ってもらってるんだ」
「……」
いや、嘘だろ。三樹も苦笑いしている。
あまりにも白けた表情をしていたのかもしれない。ここはギャグとして、流すべきだったのかもしれない。
とりあえず気まずい雰囲気が流れない様、話題を変えることにした。
辺りは、もう暗闇に包まれかけていた。唯一建てられた電灯の周りに虫が寄り始めている。
三樹は駐輪場の前で止まった。俺の自転車が置いてある場所だ。
「此処まででいいよ。わざわざ送ってくれてありがとう」
「え、でも」
「夜の山の中は危険だし。僕は行き慣れてるから」
そう言い残し、三樹の足が俺の反対方向へと向かう。
「あ、あのさ」
別れ際に、慌てて三樹を呼び止める。
「何?」
「これ、プレゼント」
ピンク色の袋を手渡す。表面に粘着テープで貼り付けられた青いリボンが、暗がりでも異様な存在感を放っている。
三樹はそれを受け取ると、開けていい? と聞いてきた。もちろん、開けることを促す。
気に入ってもらえる……と思う。なぜかそれだけは確信していた。
「うわあ、鳥のネックレスだ! ありがとう!」
銀色の、至ってシンプルなネックレス。真ん中のおなかの部分に青色のストーンが埋め込まれた小鳥が一羽ぶら下がっている。
「大切にするね」
ネックレスを両手でぎゅっと握りしめる三樹は、まるで宝物を扱っているかのようだった。
闇は次第に濃くなり、頼りない電灯が俺達を淡く照らしていた。
次回、27日午前8時投稿です。
読んでくださりありがとうございました。