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鳩飼いの少年  作者: らりなな
一章 鳩に導かれて
4/22

はと4

 赤い三角屋根の、レンガ造りの家。

 美しく輝いている樹木に花畑。

 自由気ままな鳩達。

 金色の髪、空色の瞳をした三樹みじゅと言う名の少年……。



 はあ、とため息をつく。

 まるでおとぎ話のようだ。



「糸井ー? お前聞いてんのか?」

「……」

「おい」

「うわああっ!」


 俺の目の前に中川の顔が現れて、思わず変な声が出てしまった。


「糸井さー、最近大丈夫か? 何か、自分だけの世界に行っちゃってる感じだけど」

「え、えー? そうか?」

「ああ。何か良いことでもあったのか?」

「別に何もないけどー?」


 そう言って、はたと気付いた。

 俺は三樹と過ごしたあの居心地の良い空間を、誰にも知られたくない。秘密にしたいと密かに思っているのだと。


 中川が、グラスに入ったアイスコーヒーをテーブルに置き、俺を横目にフッと笑った。


「ま、言いたくないならそれでいいけど」


 中川には俺の気持ちなんてお見通しのようだ。


「でも良かったじゃないか。元カノのことを忘れられる位に没頭していることがあるのなら、さ」




 今日も夕日がキレイだ。

 空を見上げながら、とぼとぼと舗装された道を歩く。



 ――でも良かったじゃないか。元カノのことを忘れられる位に没頭していることがあるのなら、さ。



 ……中川はそう言ってくれたけれど。

 実際のところ俺は、未だに日菜のことを思い出す。しかもふとした時に突然。そうだ、こんな夕日の日には特に。



「でさー、あの雑誌に載ってる男が超イケメンでー!」

「へー! その雑誌、明日持ってきてよー」


 後ろから、キャピキャピした女子の声が聞こえてくる。その声はだんだんと近付いて来て、ついに俺のことを抜かした。


 あ。


 こげ茶色の、さらさらとした髪。夕日の色が映った瞳。

 俺の……元、彼女。一回も声が聞こえなかったから、まさか日菜がいるとは気が付かなかった。



 彼女はこっちを見向きもせずに、つかつかと他の女子と共に歩き去っていった。



 呆然と立ち尽くしてしまった。

 日菜とすれ違った瞬間に生じた風を、未だ感じている。


 日菜はそっけなかった。俺の方を気にした素振りもない。別れた後の再開にそわそわしている様子もない。俺のことに気が付いていたのかすら怪しいところだ。


 俺は日菜と別れてから今まで、なんて無駄なことを考えてきたのだろうか。日菜には、過去の恋愛を引きずっている様子は感じられなかった。

 なのに俺は、今でも日菜のことを思い出しては、過去の思い出に浸かりそうになっている……。



 そんな行動に反省し、改めて日菜のことを忘れようと思ったけれど、やっぱりそれは出来なかった。


 もう日菜は、俺を求めていないのに。


 口からため息が漏れる。足元の影は次第に濃くなってゆく。


 夕日はいつの間にか、絵具をぼかしたような複雑な色を空に残して、山の奥に沈んでしまっていた。





 レンガ造りの家の裏庭に、三樹は居た。どうやら植物を摘んでいるようだ。


「三樹」

「あ、糸井君。来てくたんだ」


 三樹は俺を見るなり顔の表情を緩めた。


「それ、何だ?」


 三樹が持っている可愛らしい植物を指差す。


「これ? これはハーブだよ」

「ハーブ?」

「うん。これがローズマリーで、これがレモンバームで、これが……」


 三樹がせっかく丁寧に教えてくれているけれど、自分の頭の中の知識があまりにも乏しく、俺にはさっぱり分からなかった。




 俺達は家の中に入り、木で作られた椅子に座りこんだ。


(そういえば、今何時だろう……)


 俺はズボンからスマホを取り出し、時刻を確認する。


(一時二十分か)


 スマホをしまってから、俺はあることに気が付いた。


 この家には、電化製品が全然ない。一家に一台置いてあろうテレビも。まあ、古い家に住んでいる訳だから当然なのかもしれないけれど。

 けれども、古い照明があるから、決して電気が通っていない訳ではない。



「糸井君」


 後ろから声が聞こえて振り向くと、三樹が紅茶のカップを持っていた。その中には、ピンク色の小さなつぼみが入っている。三樹は机の上にカップを置くと、そこに独特な香りのする液体を流し込んだ。


 すると、さっきまでつぼみだった花が開いて、可愛らしい姿を現した。


「これは……?」

「これはね、ハーブティーだよ」

「さっき摘んでたあれか?」

「うん。さっきのとは種類が違うけどね」


 三樹は相変わらず優しい表情をしている。


「蜂蜜入れる?」

「あ、うん。少しだけ」

「分かった」


 瓶の中の蜂蜜をスプーンですくい上げる一部始終を眺めながら、俺は何だか懐かしいような感覚に陥っていた。




「なあ、三樹」

「何?」


 俺はハーブティーを飲みながら、三樹に質問した。


「三樹はさ、テレビとか要らないのか?」

「テレビ? 要らないよ?」

「じ、じゃあ、新聞は?」

「新聞? うーん、とってないよ?」

「そ、そうか……」


 驚いてる俺とは正反対に、三樹は平然とハーブティーを啜っている。


 まるで箱のような場所だな。


「僕が情報を得るには、本があれば十分なんだ。ここには、本がいっぱい残っているんだよ」

「へ、へえ~」



 俺には考えられない。「今」と言う名の情報を全く知らない世界だなんて。今の時代なんて、ネットでぱぱっと調べれば情報が得られるのに。


「ねえ、糸井君」

「何だ?」

「あの、さっき糸井君が持っていた小さな板みたいなの、あれって何?」

「……」



 三樹は小さい頃に、親にここへ置いて行かれたと言っていたが……。本当に「今」の情報を知らない、空っぽの箱に入れられたまま成長した子供なのだと知った。

次回、25日午前8時投稿です。

読んでくださりありがとうございました。

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