はと3
午前十時。
家から自転車で移動し、展望台の近くの駐輪場に自転車を止めてからは歩いて移動した。
展望台から眺める景色はこの前と変わらず、キレイだった。まるで空になった気分で街を見渡す。
「えっと、ここからどう歩いたんだっけ」
この前、三樹に会ってから時間は掛かったものの、一人で普通に家へ帰れた。ということは結構単純な道のりで行けるんじゃないか?
辺りを見回すと、大木がある方向に鳩が二匹たむろっていた。そういえばあの方角に進んだなと思い出し、鳩のいる方向へと歩を進めた。
道とは言い難い、湿った土の上を歩く。初めてここを歩いた時は、スマホを盗んだ鳩しか見ていなかったから、こんなに地面が凸凹していることに気が付かなかった。よく転ばなかったな、と思う。
しばらく歩くと、赤い三角屋根のレンガ造りの家が、木々の間から見えてきた。
間違いない。この家だ。
この前はあまり見てなかったけれど、改めて見てみると敷地が整えられている上、結構広い。家の裏には庭があり、色とりどりの花が咲いている。
金属製の門に近づき、手で押してみると案外あっさりと開いた。
中に入り、キレイな彫刻が施されたドアの前に立つ。インターホンを探してみたけれどそんなものはなかったので、仕方がなくドアをノックした。
「三樹ー、いるかー?」
「糸井君?」
ドアはすぐに開いた。そんなにこの家は音の響きが良いのか。
ドアの隙間から、三樹の顔が覗きこんできた。空色の瞳が俺をしっかりと捉えている。
「どうしたの?」
「いや、ちょっと遊びに来ただけ」
ははっと、とぼけたように笑うと、三樹は優しい顔で「どうぞ」と言って、俺を家の中に案内してくれた。
「うわあ、何かレトロな感じ」
家の中は壁が木でできていて、全体的に温かな空間となっていた。家具も木でできたものが多く、それらがより自然の暖かな雰囲気を醸し出していた。
「糸井君、紅茶飲む?」
「え、良いのか?」
「うん」
「じゃ、貰うわ」
木製の、年季が入って少し削れてしまった茶色い椅子を勧められる。俺が座ると、三樹は多分台所があるのであろう場所に行ってしまった。
しばらくすると、三樹がカップを二つ持って来てくれた。そして俺の前に差し出す。
「糸井君、ミルク欲しければこの中に、砂糖ならこの容器に入っているから、好きに取っていいよ」
「ああ。ありがとう」
蜂蜜色をした紅茶が入った陶器には、小さな青い鳥の群れ一羽一羽が、小さな花をクチバシに咥えながら陶器の周りを一周している絵が描かれている。可愛い絵で客を和ませるデザインだ。
紅茶を一口飲んでみる。
「おいしい……」
何も入れなくても、まろやかでほっこりとした味。
「クッキーもどうぞ」
そう言って、どうやら手作りらしいクッキーも目の前に置かれた。真ん中の凹んだ部分に、イチゴジャムが詰められた可愛らしいクッキーだ。クッキーを手に取り食べると、紅茶との相性が丁度良くて、だんだんと早いペースで食べてしまった。
「あ、ごめん」
十個目のクッキーを掴もうとしたところで我に返り、思わず三樹に謝った。
「いいよ。もっと食べて」
三樹は笑顔で俺にクッキーを勧めてきた。
それからしばらく俺は、三樹と雑談をした。といっても、なるべく三樹にとって不都合な……例えば家族の話は避けた。会話が途切れそうになったら、何とか俺がネタを考え、また話し掛ける。三樹は俺の話をうんうんと興味深そうに聞いてくれた。
何となく、三樹とたくさん話してみたいと思った。一分でも無駄にしたくなかった。
「なあ、三樹」
「ん?」
そろそろ会話に慣れてきたかな、と思い、こんなことを訊いてみる。
「俺、また三樹の家に遊びに来てもいいか?」
一瞬、三樹の目が丸くなった気がして、しまったと体を強張らせたが、三樹がふにゃりと笑ったので肩の力がふっと抜けた。
「うん。僕、いつも一人だから、来てくれると嬉しいよ。またいつでも来てね」
木でできた机の上に置いてあるカップから、湯気が出ている。
いままで味わったことのない不思議な空間にいるような気がした。
これはおとぎ話ではないか? と思えるほどの、温かでどこか優しい空間。
澄んでいるけれどどこか深い色をした紅茶の水面を見つめながら、そんなことを思ってしまった。
次回、24日午前8時投稿です。
読んでくださりありがとうございました。