最終話
最終話は、未来の話です。
今日は久しぶりに、都会からさと兄が帰ってくる。
「三樹、そんな笑顔見せて、よっぽど嬉しいのね」
「! そ、そんなこと」
リビングのソファーで大人しく座って、込み上げる喜びを隠しているつもりだったのに、やっぱりお母さんにはばれてしまう。僕、そんなに嘘が下手なのかな。
「悟お兄ちゃんも、久しぶりに弟に会えて嬉しいでしょうねえ」
「そ、そう、かなあ?」
「そうに決まっているでしょ~」
そう答えながらお母さんが昼食を作っている。お母さんの言うことが本当なら嬉しいな。考え、思わず頬が緩む。
糸井悟、という名のお兄ちゃんと僕は十七歳差だ。兄弟で年の差がある為か、さと兄は僕を、まるで自分の子供の様に思っている。その影響もあって、昔からお兄ちゃんのことは「さと兄」と呼んでいる上、今でもさと兄に頼りがちな所がある。もちろん改善しようとは思うのだが……。
玄関のチャイムが鳴り響く。今すぐにでも玄関に飛んで行きたい所だけれど、ここは大人っぽく、衝動を抑えつつゆっくりと玄関へ行き、鍵を開けた。
「三樹、ただいま」
スーツケースを片手に、さと兄が笑顔を見せていた。
久しぶりに会えたさと兄と、もっと喋りたいなと思ったけれど、お母さんに「せっかくだから悟お兄ちゃんに、春休みの宿題の分からない所を教えてもらいなさい」と言われたので、しぶしぶ机に向かうことにした。
さと兄は、高校の教師を務めている。担当は科学。僕も四月から高校生だけど、さと兄の務める高校に通えないのが残念だ。
問題集を開いて、解き始める。進めていると、分からない問題にぶつかった。
「さと兄、ここ……」
「ちょっと問題見せて」
そう言って、後ろから僕の体に覆いかぶさるような形で、机に置いてある問題集を見ている。
横に来ればいいのに……とは思うけれども、内心嬉しく感じてしまう。女の子みたいだなって、自分でも思うけれど。
さと兄、もてるだろうに、どうして独身のままなんだろう。
問題集を一通り解き終えた後、さと兄が「三樹はもう高校生か」と呟きながら僕の頭を撫で始めた。
「もう高校生だと思うのなら、何で頭撫でるんだよう」
抵抗するような仕草をしつつ、そう言ってみる。
「でも、まだまだ子供だろ?」
ごもっともな答えを返され、ふて腐れてしまう。そんな態度を示すこと自体、自分は子供ですと言っているようなものだけど。
さと兄が帰ってきた次の日、入学祝いも兼ねて昼に少し高級なイタリア料理店へ行った。次々とパスタを頬張る僕を、さと兄が微笑みながら見ていたことに気が付いたのは食べ終わる寸前のことだった。
「なあ、三樹」
「何?」
「今日、展望台の方へ行こうか」
唐突な提案に驚きつつも、付いて行くことにした。
来た場所は、展望台より少しだけ離れた山の中だった。けれど周りよりは木が少なく、足首位の高さまである雑草がたくさん生えている。そよそよと緩やかな風に吹かれた葉が音楽を奏ででいるのが聞こえる。
「さと兄、どうしてここに?」
「三樹が高校生だと思うと、ふとこの場所を思いだしてな」
さと兄がぽつりと呟いた後、草むらに座った。僕もさと兄の隣に座る。
「……昔、ここで誰かと大切な誓いをした気がするんだ」
「へえ、こんな所で。覚えてないの?」
「ああ。けどもう思い出そうとしなくても良い気がするんだ」
硬質な黒髪をなびかせながら、過去をぼんやりと見つめるかの様に、さと兄が遠い空を見つめた。
「……三樹、お前に三樹って名付けたの、俺なんだぜ」
「うん。知ってる。お母さんに教えてもらった」
「そうか。どうして三樹って名付けたのか、忘れてしまったけどな」
そんな軽い会話を交わしていると、白い鳩が一羽、よちよちと僕の足元に寄ってきた。
瞬間、心がほんわりと温かくなり、そのまま蕩けそうになる。
「僕ね、鳥が好きなんだ。お腹が丸々していて可愛いから」
ふくふくとした大福みたいな可愛らしさに、もっと鳩を集めたいなと思った。
すくっと立ち上がり、親指と人差し指を唇に添える。
ピィー!
久しぶりに口笛なんて吹いたけど、案外通る音が出せた。
鳩が、バサバサと羽音を鳴らして、僕の周りを囲んだ。物語で見ただけの方法なのに、本当に集まってくるとは思わなかった。
その様子に、さと兄が驚いた表情を浮かべている。何だか誇らしくなって、見せつけるように片手でピースを作った。
「……三樹」
「何? さと兄?」
さと兄が地面にいる鳩をかき分けながら僕に近付き、後ろに立ったかと思えば急に抱きついてきた。身体になぜか緊張が走る。
「……ありがとな」
「え?」
「生まれて来てくれて、ありがとう」
急に真面目な口調になったさと兄に対して、はは、と笑い声を漏らしてしまう。
「どうしたのさと兄? 急にそんな」
「ちょっと言ってみただけだよ……一瞬だけ、過去の色あせた記憶を鮮明に思い出した気がするだけだ」
なんだかよく分からないけど……。そっか、と答える。すると僕の首元に何かをかけられる音がした。
見てみると、首元に古びた小鳥のネックレスがぶら下がっていた。小鳥のお腹の部分の青いストーンが、淡い光を放っている。
「俺が高校生の頃から、ずっと大切にしてきたお守りだよ」
「僕にくれるの?」
「ああ。俺より三樹の方が、よっぽど似合ってる」
さと兄が、どこか切なさを含む瞳で、僕を見つめる。
「……大切にするね」
その時、何もかも吹き飛ばしてしまうんじゃないか、と思うほどの強風が吹いた。僕の少し長めの黒髪が顔に被さって視界を悪くする。
「……そろそろ帰るか。母さんが待ってる」
「うん……そうだね」
さと兄の車が停めてある駐車場へと足を進める。
ふと、振り返ってみた。
昔、一度ここに来たことがある気がする。が、いつだったのか全く思い出すことができない。
「三樹、行くぞ?」
僕が立ち止まっていることに気が付いたさと兄が、手を引っ張ってきた。
「うん」
「どうかしたのか?」
「……何でもないよ」
そう答え、さと兄の手を強く握りしめる。するとさと兄も強く握り返してきた。小さくて何気ない行為なのに、繋いだ手と手を二度と離さない、とでも語るような、そんな大きな感情が入り交じった繋がりだった。
鳩が一羽、最果てに向かって羽ばたいて行くのをぼんやりと見つめながら、家路を辿った。
おわり
自然が出てくる話を書きたいなと思ったことが、この物語を書くきっかけでした。今だからこそ書くことのできる物語を、これからも書いていけたらいいなと思います。
最後まで読んでくださり、本当にありがとうございました。




