はと21
今回、三樹サイドです。
糸井君が、僕の隣のバスの座席に座って寝息を立てている。寝てしまったら、下りるバス停が過ぎちゃうよ。もう過ぎているのかもしれないけど……。
起こしてあげたいけど、今の僕の姿が糸井君に見える訳がない。触ろうとしても、自分の身体が透けているから触れることすらできない。
僕はもう、魂だけの存在と化したのだろう。
あの満天の星空の下で糸井君と誓った後、心の中で後悔した。僕が約束した「会いに行く」という言葉の中には、それまで「僕以外の大切な人を作らないでほしい」という自分の独占欲が含まれているのだと今更気が付いた。
糸井君は忠実な人だ。だからきっと、僕と交わした果たせるかすら分からない約束を、いつまでも守り続けようとするだろう。けれど守り続けると言うことは、糸井君に負担を与え、縛り付けることになるのではないか。陽子ちゃんとの約束を信じ続けた僕とは違って、糸井君にはまだまだ人生があるのだ。
これ以上糸井君に迷惑はかけられないし、かけたくないと思う。
だから、糸井君と過ごした日々の記憶は、全て無かったことにした。
糸井君の気持ちや行動を制限する権利は、僕にはないのだから。
寝ている糸井君の首元には、糸井君が以前僕にくれた小鳥のネックレスがぶら下がっている。見た途端、胸が締め付けられる感覚がした。
本当は、そのネックレスは土に埋めてしまおうかと思った。けれども出来なかった。
僕の単なるわがままだ。糸井君と僕を繋ぐ、唯一のアクセサリー。僕と過ごした記憶が詰まっているそれを、糸井君に身につけていてほしいと思った。少しでも、僕の存在を感じ取ってほしいと思った。
糸井君の記憶を取っ払ったのは僕自身なのに、僕のことを覚えていてほしいと思うだなんて、矛盾しているじゃないか。そう思うのに、衝動を抑えることができなかった。
糸井君には、幸せになってほしい。将来、仕事をして、結婚して、幸せな家庭を作ってほしいと思う。僕と一緒に作る練習をしたシチューを、好きな人に振舞ってほしい。
僕に見せてくれた、あの純粋な笑顔で、食卓を囲んでほしい。
じんわりと、目に涙が浮かびそうになるのを、上を見上げて誤魔化した。
「次は終点~、――駅前~、――駅前~」
気付けばもう、バスは終点に着いてしまった。
もう、糸井君とお別れだね。
プシューと空気の抜けるような音と共に、バスの折り戸が開く。
最後の最後に、糸井君を見ることができて良かった。この箱の様な場所で、糸井君の傍にいることができて良かった。
バスの運転手さんが、終点ですよと糸井君に言うが、全く降りる気配がない。しびれを切らした運転手さんが、糸井君が眠っている座席まで近付いてくる。僕は慌てて糸井君の隣から離れた。
糸井君が、状況が把握できていない顔で運転手さんを見つめている。その姿に思わず吹いてしまった。
ねえ、糸井君。
もしも僕が生まれ変わることができるのなら……。どんな糸井君の表情だって見ることができて、二度と離れることのない、そんな近い存在に生まれ変わるから。
糸井君の傍に居たい。そう思っているから。
次回、ついに最終話です。
読んでくださりありがとうございました。




