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鳩飼いの少年  作者: らりなな
一章 鳩に導かれて
2/22

はと2


「はあ、はあっ……」


 どこまで走ったのだろうか。洗ったばかりだった靴は、泥が付いてぐしゃぐしゃになっていた。


 気が付けば、少し湿り気のある森の中に一軒の家を見つけた。赤い三角屋根のレンガ造りの家で、二階建てだ。洋風で、どこか落ち着いた雰囲気のあるこの家は外国の絵本に出てきそうな、そんな雰囲気が漂っている。


『ぽっぽー』

「……」


 犯人は今、家の屋根の上で優雅に休んでやがる。でも、今のチャンスを逃したら、もう一生手に戻すことができないような気もする。


「どうすればいいんだよ……」


 地面に膝を抱えて座り込むと、その周りに鳩がぞろぞろと集まってくる。


「たく、どんだけ鳩がいるんだよここは」


 ぽっぽぽっぽと首を振りながらこっちへ来る鳩の大群。疲れているせいなのか、世界がぐるぐると回っているような気さえする。


 どうしようと項垂れていると、近くで草をかき分ける様な音が聞こえてきた。




「大丈夫?」

「……?」


 俺の目の前に、誰かの片足が現れた。黒色の、綿でできたズボンをはいている。


 目の前の人は、そのまましゃがんで俺と視線を合わせてきた。俺は相手の美貌に思わず言葉を飲み込んでしまう。



 とても質量の軽そうな、ふんわりとした金色に輝く髪に、澄んだ空色の瞳を持った少年がこちらをじっと見つめていた。



「あの、体調が悪いのでしたら……」


 おとぎ話に出てきそうな、どこか美しい目の前の少年は、俺に気を遣ってくれている。


「い、いえ。大丈夫です」

「そっか、良かった。……ところで、ここまで来たってことは、何か用かな?」


 彼の一言で、はっと思い出した。

 そうだ、俺は鳩を追いかけ回していて……。


「鳩!」

「え?」

「鳩に、スマホ盗られたんです。で、今その鳩が……」


 屋根を見上げると、犯人はまだその場で寛いでいた。


「分かった。今から取ってあげるよ」


 そう彼が言い残すと、彼は立ちあがり、口に手を添えて、口笛を吹くような体勢になった。



 ピィー!



 彼が大きな音を発生させると、音の波紋に引きつけられたかのように鳩が一斉に彼の周りを取り囲んだ。

 俺はその光景に、唖然とする。


 彼は犯人である鳩の近くまで歩いていき、そのくちばしにくわえられているものをそっと手で掴んだ。


「こら、人のものを盗んだらだめでしょ」


 小さな子供に優しく叱りつけるような、美しい声色。


 彼は俺の方へと戻り、俺の愛用しているスマホを渡した。


「あ、ありがとう……」


 俺はそれを受け取り、電源をつけてみる。するといつもの画面が出てきてホッとした。


「良かったね。大切なものなんでしょ?」


 笑顔でこちらを見ている少年は、風に吹かれてキラキラと輝くオーラを放っているように見えた。


「ああ……」

「そっか」


 もう一度何気なく家を見上げると、二階のベランダ部分に大きな金網の鳥小屋? のようなものが取り付けられていた。そこに鳩が五、六羽いる。


「なあ」

「ん?」

「あれは何だ?」


 さっき俺が気付いた、金網がある方を指さす。

 すると彼は、ああ、とでも言いそうな感じで二階の金網を見上げた。


「僕、鳩育ててるんだ」

「は、はい?」


 鳩を育てる?


「うん。ここら辺、昔から鳩がたくさん生息してるから……でもよっぽどのことがない限り、ほぼ放し飼い状態で、たまに食べ物をあげたりしてるよ」

「へ、へえー」


 世の中にはいろんな人がいるなあ、と、再び地面を歩く鳩を見つめながらそう思った。



「あ、そうだ、君の名前は?」


そういえば、名前を聞くのを忘れていた。


「俺は糸井悟いといさとし。十七歳」

「僕は……三樹みじゅっていうんだ。僕も多分、十七歳位」

「へえ、三樹……」


 あまり見かけない名前だな。


「名字は?」


 何気なく訊くと、三樹は俯いて黙り込んでしまった。あえて三樹が言わなかった理由に、もっと早く気付いていればと後悔した。


「三樹?」

「……分からない」

「覚えてないのか?」

「……ううん」


 三樹は空を見上げた。ペンキで塗りつぶしたようだった空は、少しだけだいだい色に色づいていた。


「僕の親は、僕をここに置いてどこかへ行っちゃったんだ。多分僕は、捨てられたんだと思う……。だから、僕の名字は本当に自分のものであっていいのか分からないんだ」


「……ごめん」


 声を振り絞った。


「いいんだよ、別に。僕こそごめん。変なこと話して」


 茜色の夕日は、三樹を包み込むように優しく照らしていた。





「おい、糸井、どうした」

「ん?」

「ん? じゃねえよ。お前、目が逝ってるぞ」

「はあ!?」


 机をバン! と両手で叩くと、中川に大笑いされた。


「今度は何だ? 良い相手でも見つけたか?」

「んな訳ねーだろ」



 教室で中川に話し掛けられて、我に返った。中川は不思議そうに俺を見つめている。


 別に女のことを考えていた訳ではない。昨日の三樹という名の少年のことを考えていた。


 昔、家族に捨てられたとか言っていた。ということは、あそこで一人暮らししてるのか? それとも誰かほかにも住んでいるのか? 高校は通っているのか? というか、捨てられたって、本当なのか?


 いつの間にか考えが堂々巡りになっていることに気が付き、項垂れてしまう。


 疑問はたくさんある。別に少し話しただけだからそんなの気にしなくていいことなのに。それでも何だか気になり、もう一度話してみたいと考えていた。


 授業中、先生の話に耳を傾けつつ、開いた窓から青い空を見上げた。青い空は昨日よりも澄んだ感じで、三樹の瞳の色とおんなじだった。





「三樹……」


 帰り道、中川と帰っている時も三樹のことを思い出しては山の方をチラチラ見てしまう。


「何だ? 今度は山ガールに恋か?」

「ちげーよアホ」

「アホとはひどいな」


 冗談を言い合いながらも二人楽しく帰る。俺にとっては毎日の当たり前の光景。



 ……そういえば、三樹には話す相手がいるのだろうか。



 もしかしたらあの家には三樹以外誰も住んでいなくて、だからいつも、鳩と戯れているのだろうか。

 話す相手がいなくて、寂しいのではないか。


 それに、彼女のことを忘れられるきっかけが欲しい。新しい出会いで、心に空いた喪失感を埋め尽くして欲しい。


「糸井?」

「……」


 土曜日、もう一度会いに行こうと決めた。


次回、23日午前8時投稿です。

読んでくださりありがとうございました。

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