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鳩飼いの少年  作者: らりなな
四章 大切な人の傍で
19/22

はと19

「この場所でも、なかなかこんな星空見ることはできないよ。もしかしたらこれも、神様からのプレゼントかも知れないね」


 二人でレジャーシートの上に座り、身体に布団を掛けて星を見る。身体の中に澄んだ空気が取り込まれ、するりと溶けてゆく。あれからしばらく経つと、三樹の顔に浮かんでいた疲れの色が、次第に消えていった。

 ふと右を見たら、三樹と目が合った。すぐに目を逸らされて、あれ? と思っていたら、手に温かい感触がした。


 三樹の左手が、俺の右手に触れたのだ。

 シートに手をつけたままじっと動かさずにいると、そっと俺の掌の上に三樹の左手が重ねられた。意識が、右手に集中してしまう。

 それだけで身体が芯から熱くなってしまうのは……。

 思っていると、三樹が口を開いた。


「……僕、何となく分かるんだ。そろそろ消えちゃうんじゃないかって」


 その途端、三樹の手の感触が薄れてしまった気がして、咄嗟に三樹の左手首を掴んだ。三樹は透けていなかった。

 これじゃあ、俺が三樹を求めていることがバレバレじゃないか……。恥ずかしくて、何も気にしてない振りをして掴んだ手首を手放した。重なっていた手が、離れて行った。

 三樹が少しだけ切ない表情を見せた。自分の胸の鼓動が、やけにリズム良く、震える位に響いている。


「けど、今本当に幸せで、心が温かいんだ。糸井君と一緒にいた頃の思い出がたくさん胸に詰まっているから。それと……」


 空色の瞳の中に、俺が映っている。どこか緊張した面持ちで、俺を見ている。


「今、糸井君が隣に居るから……」


 恥ずかしげに、三樹が俯いた。


「三樹……!」




 何とも言えない喜びが、心の中をいっぱいにする。……でも、こうして幸せなのは今だけであって。


 三樹は、「天国」という場所に行ってしまうのだろうか。

 時間を止められないだろうか。

 「運命」という名の川に、とてつもなく大きな石を投げ入れて、水の流れをせき止める様なことはできないのだろうか――。


 いけないことだと分かっている。俺は三樹を安心させることをすべきだろう? 初めて俺を迎え入れてくれた三樹を、今度は俺が送り出さなければならないのに。

 分かっている……のに。



 せき止めるべき欲望の波に飲まれてしまう。触れてはいけない、そっとしておくべきこの手を、三樹の元に伸ばしてしまった。


「……行くなよ」

「糸井、君?」


 急に抱きつかれて、戸惑うだろうに。


「どこにも行くなよ! 俺を置いて行かないでくれよ……!」


 泣きそうな声で叫ぶ。

 我慢なんて、できなかった。自分の心に逆らうことができなかった。まだまだ子供な自分に嫌気がさす反面、この手で捕えている者を、手放したくなどなかった。


「糸井君」


 子供を宥める様な手つきで、頭を撫でられる。


「僕ね、もう怖くないんだ。糸井君と離れることが」


 三樹が夜空を見上げた。俺もつられて空を見る。


「……僕、今までずっと約束だけを信じて陽子ちゃんを何十年も待った。一人で、ずっとずっと。そしたら糸井君に出会った。けど出会ったばかりの頃は、糸井君が陽子ちゃんの生まれ変わりだって信じたくて、糸井君と陽子ちゃんを重ねて見てしまっていたんだ」


 陽子ちゃんの名前を聞くだけで、嫉妬の様な、独占欲の様なものが渦巻く。今までの様に誤魔化すことは、もうできなかった。


「僕、今でも陽子ちゃんは大切だけど、糸井君の前世が陽子ちゃんであろうが、そうでなかろうが、どうだって良くなったんだ」


 陽子ちゃんのお墓の前で泣くほど、大切にしていたのに?

 何十年も、約束が果たせる時を待っていたのに?



「……どうしてだ?」


 俺は意地悪だ。三樹が曖昧に表した気持ちを、はっきりと言わせようとしている。

 三樹は抱きしめられたまま、俺から顔を背けた。

 抱きしめる俺の手も振り解こうとするから、余計に抱き締める力を強くしてやった。逃げるな、と訴えるように。


「糸井君、珍しく強引だね……」


 俯き、弱々しい声で呟かれる。


「答えて、三樹」


 捕まえていた手を解き、両手を三樹の両頬に添えてこっちを向かせた。

 言ってくれ、三樹。

 三樹の本音が聞きたいんだ。



「糸、井君自身が、とても大切で、愛おしいと思ったから……」


 三樹の照れて困ったような顔が、みるみると色づいてゆく。


「つまり?」


 どれだけ三樹を困らせるつもりなんだと思いながらも、もっと答えが聞きたくて堪らなくなった。



「……僕、糸井君が好きだよ」



 返事を言う前に、身体が先に動いた。今までよりもずっと強く三樹を抱きしめた。

 何だろう、この気持ち。やっと特別なものを手に入れた時の、はしゃぎたくなる感情がポンポンと泡のように弾ける。

 今だけでも良い。この幸せに、浸かっていたいと思った。


「もし僕が消えてしまっても、すぐに生まれ変わって糸井君に会いに行く。だから僕は、怖くないんだ。再び会えるって分かっているから」



 前から、気が付いてはいた。陽子ちゃんに対する嫉妬心、三樹のことが大切だと思う理由、ずっと一緒に居たいと思う理由。



「……俺も、三樹のことが大切なんだ。ずっと一緒にいたいと思う位、愛おしいんだ」


 顔を向かい合わせに、見つめ合う。三樹が星の様にきらめく涙を流した。


「……僕、ずっと待っていて良かった。諦めないで良かった……」

「ああ」


 流れ星に三回お願いをするよりも難しい約束を果たそうとした三樹。その約束があったからこそ、三樹が守ろうとしたからこそ、俺達は出会うことができた。

 奇跡のような出会いだった。


「もしも今、僕が消えてしまっても、決していなくなる訳じゃないと思うんだ。だから、約束するよ。絶対に、糸井君に会いに行く」


 三樹の眼差しが、より真剣な気持ちなのだと表している。

 三樹が発した言葉が、力強く、切れることのない絆、そして約束と化した。


「……誓ってでも?」

「誓ってでも」


 三樹に、はっきりと答えられた。


 ぼんやりとした言い回しで、伝わったかは分からない。けれども、三樹の鎖骨辺りをやんわりと押すと、ゆっくりとレジャーシートの上に仰向けで倒れ込んでくれた。

 俺を真剣にとらえていた空色の瞳が、今は虚ろになっていて、どこか色っぽさを醸し出していた。


 思い切って三樹に跨り、耳元でもう一度確認の言葉を掛ける。三樹がこくん、と頷いた。


「約束……だからな」




 黒い海に散らばる無数の星や、太陽の光で輝く黄金の星。それらが放つ光によって生じる二人の影が、俺達の初々しい口づけを、静かに見守っている様に感じた。

次回、10日午前8時投稿です。

読んでくださりありがとうございました。

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