はと15
あれから、考えて、考えて。
結局、三樹の家の前まで来ていた。全身から疲れと緊張が混ざった汗が噴き出てくる。
何度も、何度も引き返そうかなと後ろめたい気持ちになったが、三樹の家についてしまった以上、今更後戻りもできない。
震える手で、ドアをノックする。蝉の鳴き声がやたらと大きく、響き渡るように聞こえる。
「糸井、君?」
三樹の顔に、驚きと戸惑いの表情が浮かぶ。
辺りが一瞬にして静まり返ったような気がした。
とりあえず中に入れさせてもらい、木の椅子にとりあえず座る。ここまで会話はなく、お互いに気まずい空気が流れている。
どう切り出そうか……。三樹は怒っているのだろうか……。
いざその場に立つと、つい迷ってしまうのは、俺の悪いところだ。
この前から、ずっと決めてただろ? 謝るって。今謝らないでどうするんだよ。と問いかける。
三樹と気まずいままで良いのかよ。
目を覚ました気がした。このままじゃ駄目だって分かっているのは俺自身じゃないか。
俯いていた顔をあげると、三樹が台所へと移動しているところだった。俺は思わず三樹の腕を掴んで引き止めていた。
「三樹、ごめん!」
「え……?」
「その、この前突き飛ばしてしまって……」
唖然としている三樹に対し、俺は言葉をぶつけ続ける。
「その、別に行為が嫌だったとか、そういうのじゃなくて、その、さ、三樹は俺のことを陽子ちゃんとして見てたのかなと思って、その」
落ち付け、俺。
「俺の前世は陽子ちゃんだったのかもしれないけど、今は俺、糸井悟として生きてるからさ……」
もどかしい言葉しか出てこなくて、これじゃあ三樹を困らせるだけだろと思い、考える間もなく勢いに任せて話すことにした。
「俺を陽子ちゃんと重ねて見るのではなくて、糸井悟として、男の俺として、見てほしいと思ったんだ!」
滝のような勢いで本音を告げた。後で反芻してみると、恥ずかしいこと言ったな……と思い、顔が僅かに熱くなった。
けど、これでいいんだ、とどこかで思っている
「ごめん、こんな自分勝手で」
俯き加減にそう呟く。
「良かった……」
三樹の口から出てきた、予測していなかった言葉に思わず目を見開いてしまった。
足の力が抜けたのか、へなへなと床に座り込む三樹。俺もしゃがみ込み、三樹と視線を合わせる。
「糸井君に、嫌われたかと思った。もう、ここには来ないと思ってた……。後で後悔したんだ、どうして糸井君にあんなことをしてしまったのだろうって。糸井君は糸井君なのに、どうして陽子ちゃんと重ねて見てしまったのだろうって」
「嫌われて当然のことをしたって、後悔した。だからもう、糸井君と会わない覚悟でいたんだ。一人で消えてしまうのを待とうと思った。けれど……何でだろ、怖く感じたんだ。一人で居るのはずっと平気だったのに」
三樹の目から、一筋の雫が零れ落ちる。
「ごめんね、僕にとって、とても大切な存在なのに……傷つけてごめんね……」
そっと、手を握ろうとした。が、俺の右手は空中を彷徨う。
触れることのできない三樹。どうして、こんな時に限って目で存在を確認することしかできないんだ。
「……やっぱり、消えてしまうのか?」
「そうかもしれない。日に日に、透ける時間が長くなっているんだ。いつかこの体も、建物も消えて、僕は再び霊として過ごすことになるのだと思う。糸井君が見ることのできない姿に、戻ると思う」
「……」
分かっていたけれど見て見ぬふりをしてきた事実を、いざ突き付けられると辛い。人が急に亡くなるのとは訳が違うのだ。だんだんと消えてゆくのを、どうにも出来ずにただ見守るしかないのだ。何もできないことが、ただ辛く、もどかしい。
「……俺、夏休みになったら三樹の所へ泊りに行くよ」
今の所は帰宅部だし、特に用事もないから大丈夫だ。
三樹は意外そうな表情を見せ、そこまでしなくてもいいよと遠慮がちに言った。
違う、違うんだよ三樹。
三樹が一人で可哀想だとか、三樹の為にわざわざ泊まりに行くとか、そういう気持ちじゃなくて。
俺が一緒に居たいから、泊まりに行くんだ。
嫌なら諦めるけど……と言いつつ、もう一度力を込めて三樹に伝えると、
「分かった。楽しみにしているよ」
と、どこか切ない眼差しを含んだ笑顔で言われた。
三樹の傍に居たい。
そんな、真っ直ぐな思いを噛みしめながら、透けている三樹の両手を、俺の両手で優しく包み込んだ。
次回、6日午前8時投稿です。
読んでくださりありがとうございました。




