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鳩飼いの少年  作者: らりなな
三章 縛られた思い出
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はと14

「糸井君」


 一歩、足が近づいてくる。俺は咄嗟に椅子から立ち上がったが、身を引くことが出来ず、今突き付けられた真実にただ硬直していた。

 もう一歩と足が近づいてきて、俺の前で止まった。


 涙を含んだ、小動物のような瞳でじっと見つめられた後、身体に腕を回された。


「糸井君、糸井君……!」


 三樹の柔らかい髪が頬に触れる。陽子ちゃんとの思い出に浸っているのか、滞ることなく溢れ出す涙が、俺のTシャツの襟をゆっくりと濡らす。


「良かった……会えてよかった……」


 三樹の手に力がこもる。


 三樹の言うことに偽りがないのなら、三樹はいつか消えてしまうかもしれないのだ。

 ……そんなのは、嫌だ。



 このまま、三樹に抱きしめられたまま、三樹の存在に浸っていればいい……。



 三樹の髪が、ふわりと風になびいた。

 頬にくすぐったさを感じた瞬間、静かに口を封じられる感覚がした。



 一瞬、何をされたか分からなくなる。が、時間と共にぼやけていた思考回路が元に戻ってゆく。


「――!!」


 気が付けば、三樹を思いっきり突き飛ばしていた。体の軽い三樹は、少し離れたキッチンへと続くドアの手前まで飛ばされ、背中を強く打ちつけた。


 分かっている。そんなことしたらいけないと。


 しかし、怒りのような、悲しみのような感情がとぐろを巻き始めた。

 ……キスされた位で、何ムキになってるんだ。こんな感情抑えてしまえと心が叫んでいる。けれども口から溢れ出しそうな怒りを、俺が止められるはずもなかった。


「……俺は、陽子ちゃんの代わりじゃねえ!」


 途端に自分の行った行動に罰が悪くなり、俺はそのまま家を飛び出した。




 あの後、自分の家の玄関に入るなり、靴を脱ぎ散らかし勢いよく二階へと駆け上がった。自分のベッドに寝っころがる。怒りに乗って、口も洗おうかと思った。けれどそれを躊躇ってしまう自分に、余計に苛立った。

 落ち着いてくると、今度は申し訳ない気持ちでいっぱいになった。三樹は俺にだけ過去を教えてくれたのに、怒り出すだなんて。しかも、だんだん自分が何に怒っているのかすら分からなくなってくる。


 色々考えてみたが結局堂々巡りで、呆れて布団をかぶった。だんだん闇へと堕ちていく感覚に身を任せた。





「ねえ、今日一緒にご飯食べない?」


 午前の授業が終わった後、日菜を含む女子三人に声を掛けられた。俺と中川を含む五人で、教室で昼食を摂ることにした。


 さすが高校生。男女で人数が揃うと、自然と恋愛の話が始まる。女子三人がすごい勢いで話し始めた。俺と中川は次第について行けなくなる。

 とりあえず、聞き流すことにした。


「でね、彼が実はアイドルオタクだったのー」

「えー!?」

「そうなの?」

「別に引いたりはしなかったよ。今時どこにでもいるし。ただ、私のことをもっと見てほしいなって、ちょっと嫉妬したなー」


 途端に女子の話が耳に引っ掛かった。



 ――私のことを、もっと見てほしいなって。



「まー今はラブラブなんでしょ?」

「そうだと言ったら?」

「爆発しろ」

「アハハハハ」



 引っ掛かった言葉。どこか俺と似た感情だと思ったのは、気のせいだろうか。

 三樹を突き飛ばしてしまった時、どうして怒り狂ってしまったのかと考えていたけれど……。心の奥底で疑っていた感情に気が付かない振りをしていただけなのかもしれない。



 つまり――俺を「陽子ちゃん」としてではなく、「糸井悟」として見てほしいのだと。

 三樹が口づけした時、三樹は俺を陽子ちゃんとして見ていた。そのことに苛立ちを覚えたのだと。



 でもそれって、今の俺に向けてキスしてくれと言っているのと同じじゃないか……。


 ハハッ、と乾いた笑いを漏らす。


 俺って、本当に変な奴だ。

 前世かもしれない人に嫉妬するなんてさ。


 様々な色の絵の具を混ぜたような感情が、俺の心の中を交差していた。





「おい」

「……」

「おい!」

「う、うわ、何だよ」


 目の前で中川が腰に手を当て、俺の行く道を塞いでいる。


「さっきから話し掛けてんのに、気付けよー」

「あー、ごめんごめん。で、話って何だよ」


 再び、帰路を歩きだす。


「お前の元カノとはもう気まずくないんだなと思ってさ。今日、一緒に弁当食べたし」


 さらりと訊かれる。そういえば、中川に病院での出来事を言ってなかったなと思い、この前日菜と話し合って互いに友達として付き合うことに決めたと話した。


「ふーん。まあ、良いんじゃね?」

「ああ」

「でも、何かあればいつでも言えよ?」

「え?」

「だってさ、弁当食べてる時、何か考え事してるような顔してたじゃん」


 気付かれていたのか。中川が軽く笑った。


「相談したいことがあればいつでも言えよ? 親友なんだから」


 親友。その響きが、今の俺の心をフッと軽くする。頼れる人は傍にいるのだと、間接的に伝わってくる。


「ありがと。本当に良い親友を持ったよ」

「そうか? なら良いけど」


 そっけない返事をされるが、中川は嬉しそうな表情を見せていた。


 そうだよ。伝えようとしないと、伝わらない。……もしかしたら三樹は、俺に嫌われたと思っているかもしれない。けど、それは違う。

 三樹と話さなければならない。自分の本音を伝えなければならない。そうじゃないと、三樹との関わりがなくなってしまう。それに……三樹が宝物のように大切にしている思い出に、傷をつけてしまったかも知れないのだ。


 三樹を突き飛ばしてしまった時の光景が、脳裏をかすめる。


 三樹にはもう、陽子ちゃんとの時のように後悔をさせたくなかった。

次回、5日午前8時投稿です。

読んでくださりありがとうございました。

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