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鳩飼いの少年  作者: らりなな
三章 縛られた思い出
12/22

はと12

「ごめんね、糸井君……」


 三樹はソファに、背すじを棒のように伸ばして座っていた。


「あの、糸井君……」


 言いかけたきり、三樹は黙ってしまった。俺もなんて返せばよいのか分からず、頭の中で思いついた言葉が泡のように浮かんでは消えている。


「驚かないの?」

「いや、驚いたというか」


 三樹が透けているという有り得ない出来事を上手く飲み込めず、うろたえている。俺がこの前体験したことは幻ではないのだと、そんな事実を突き付けられていることに。


 無言で三樹の手を握り、確認してみる。三樹の手はしっかりと俺の両手の中に収まっていた。ただ、その存在が少し冷たく感じる。


「……もしかして、気付いてた?」


 探るように訊かれる。俺は間をおいた後、ああ、と軽く返事をした。


「そっか、ずっと隠してたんだけどな」


 三樹はあっけなく笑った。

 どうしてそんな風に笑うんだ、と突きつけたくなったが、結局喉の奥で留まるだけだった。



「三樹は、どうなるんだ?」


 抗えない不安のようなものがせり上がってくる。傍にいるのに、三樹が俺の掴めない、遠くへ行ってしまったような感覚がする。もしかしたら、このまま景色と溶け合うように消えてしまうのではないか。そんな不安が俺を取り囲んだ。


「……今度、話さないといけないかな」


 三樹は俺の質問には答えず、リビングの棚に飾られた、花が活けてある花瓶を眺めながらそう話した。


 三樹が話すべき内容は分からない。ただ、三樹といられる時間は限られているのかもしれない。なんとなく、そう感じた。





 あの後、俺は家へと帰ることとなった。どうやら三樹自身、落ち着いて話がしたいらしい。一週間後、またここへ来てほしいと言われた。



 緩いカーブができた坂を、自転車で一気に下ってゆく。風を勢いよく切った時の低い音と交じって、ヒグラシの鳴き声が聞こえてくる。

 蝉は、暑さに弱い。夏に生まれると約一週間しか生きられないといわれている。なら、どうして夏に生まれようとするのだろう。この短い寿命の中で木に留まりひたすら鳴き続けることに、どんな意味を込めているのだろう。

 蝉は、そんな生き方に誇りを持っているのだろうか。


 加速しすぎるのを防ぐため、ブレーキをかけた。ふと不思議なことを考えてしまったことに、自分自身に苦笑いした。






 ものすごい数の鳩が、無という字が当てはまるような表情で輪を作っている。その中心にいるのは、俺と三樹だ。


「糸井君、二人でどこか遠くへ行ってみようよ」


 隣にいる三樹が、口に手を当てピィーと音を鳴らす。すると鳩が俺と三樹の肩や服の裾を足で掴んだ。身体がふわりと浮くのを感じる。


「うわあ、すげーっ! 俺達浮いてるぜ!」


 俺は、はしゃいだ。傘で空を飛ぶことに憧れている、心の純粋な子供のように。


「行こう、糸井君」


 俺達は雲のない青空を飛んで行った。鳩は俺が思っていたよりも飛ぶのが速く、どんどん地上から遠ざかっていく。

 二人で日本国内を回る。

 山地を廻った。果樹園を見た。都会の町並みを見下ろした。富士山も、寺や庭園も見た。

 普段見ることのできない美しい光景が、俺の目の前に広がる。まるで風船になった気分だ。風に乗って、自由にどこまでも旅をするのだ。

 九州辺りへ来た時だった。

 俺は心を躍らせながら、これなら外国まで行かないか? と言った。


 隣にいる三樹はただにこやかに笑う。瞬間、光を放ち始めた。三樹の背中に、三樹の髪と同じ色をした光輝く羽が生えたのだ。

 三樹は鳩の力を借りずに、自分自身で飛んでゆく。


「三樹! 速いって、待てよ三樹!」


 追いかけても、追いかけても、到底追いつけない速さだった。なぜかもう三樹は帰ってこない気がして、目に涙が浮かぶ。


「三樹、一人は嫌だよ。置いて行くなよ。先に行くなよ!」


 俺の声に振り向きもせず、三樹はただ先へと飛んでゆく。


「俺、まだ三樹と一緒に居たいんだ。頼むから……」


「一人にするなよ……!」


 叫んでも、その声は風によってかき消されてゆく。と、同時に三樹の姿は空と同化してしまい、もう俺の目にも届かない場所へと静かに消えてしまった。


 まだ叫びたいのに、喉がカラカラで声が出ない。


 俺を飲み込む雄大な空の中、迷ってしまった風船のように俺と鳩だけがぽつんと取り残されていた。




「三樹!!」


 叫びながら、飛ぶように起き上がる。視界はうす暗い闇に包まれていた。


 ……夢、だったのか?


 辺りを見回し、今居る場所が自分の部屋のベッドの上であることを認識した途端、肩の力が抜けた。


 空を飛ぶ夢。非現実的なのに、本当に起きるんじゃないかと思わせる夢だった。


 (……怖かった)


 三樹が消えた途端、視界が真っ暗になった気がした。俺の周りを照らしてくれる光が消えてしまった気分だった。心臓が、ばくばくと鐘を鳴らし続けている。


 ベッドの脇に置いてある長方形の白いデジタル時計が、午前三時を示している。

 自分が涙を流していたことに気が付いたのは、もう少し後のことだった。

次回、3日午前8時投稿です。

読んでくださりありがとうございました。

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