はと11
三樹から目を離せなかった。もしかしたらこのまま、景色と共に消えてしまうのではないか、そんな不安が俺を支配していたからだ。
あれから三樹は一時間ほど眠っていただろうか。
「あ、糸井君……」
「三樹」
むくり、とソファから起き上がり、ポケーっとしている。しばらくして三樹は立ち上がった。
「紅茶でも飲もうかな……糸井君は要る?」
「俺はいいよ。疲れているんだろ?」
「そんな、もう元気だよ」
そう言って明るく振舞うので、結局貰うことにした。拒否し続けて怪しまれるのもどうかと思った。
やがて、紅茶特有の香りが、部屋の中を満たす。さらに、俺が持ってきた菓子類が皿に並べられた。
三樹と机を挟み、向かい合わせで木の椅子に座る。二人は紅茶を啜った。
(……やっぱり、透けてないよな。……やっぱり、幻だったんだよな)
嘘を言って、誤魔化していることは分かっている。けれどもどこかでそれを信じたかった。
「……あのさ」
「ん?」
「三樹がこの前雨にぬれた日、自分には忘れられない大切な人がいるって言ってただろ? 実はそれ、俺もだったんだ」
三樹が、持っていたティーカップをソーサーの上に置いた。カチャリ、と音がする。
「ずっと忘れたいと思っていた。どうしたら忘れられるか、そればかり考えていた」
「うん」
「けれど昨日、忘れられない人と話してみた。そして気が付いたんだ。忘れることが大切なのではなくて、相手と分かち合って、いままで過ごしてきた思い出を大切にすることが、俺には必要だったんだって」
三樹が微笑んだ。
「その子と付き合ってたの?」
一瞬、息が止まったかのように感じた。その人と自分の関係性について、何も話していないのに、見事に当てられるとは。
「ああ。これからは恋人じゃなくて、友達として付き合っていくつもりだ」
もしかしたら友達としての方が、今よりも互いに楽に、正直に「本当の付き合い」ができるのではないかと、どこかで思っている。
「良かったね。その人と離れることがなくて。人との関わりって、一度なくすと二度と訪れないかもしれないから」
三樹は何ともない風に紅茶を啜った。けれどもその行動が微妙にぎこちないのが、見ていて分かった。
もしかしたら、この話をしたのは失敗だったのかもしれない。裏庭にある墓のことを思い出させたかもしれない。咄嗟に謝ろうと思ったが、どう謝ればよいのか分からなかった。第一、これ以上三樹の心にひっかかる様なことはしたくなかった。
それからも俺達は、お互いの話をたくさんしたが、いつもは興味深そうに聞いている三樹が今日はどこか大人しく、切ない表情をしていた。紅茶も半分位残していた。
平日は学校へ通って、友達と話す。休日は時々三樹に会いに行き、お喋りをしてゆっくりと過ごす。それはもう日常と化していた。
元々俺が三樹の元へ会いに行くのは、彼女と別れた時にできた心の穴を埋める為だった。けれども、もうその必要はない。
それでも俺は、三樹の元へ会いに行く。
なぜだかは分からない。けれど――なぜか惹きつけられるのだ。
鳩と自然に囲まれた美しい少年の元へと会いたくなるのだ。
これからも、そんな幸せな日常が続いてゆく。と、そう思っていた。
「糸井君、いつもお菓子ありがとう! 早速お茶いれるね」
そう言って、三樹が嬉しそうにキッチンへと消えてから、しばらく経った時だった。
パリーン!
「!?」
俺は飛びのき、読みかけの本をテーブルに置いてから三樹の所まで駆け寄った。
「あ、糸井君……」
床には透明なガラスの破片が散らばっていた。どうやら暑い季節に合わせて、アイスティーでも用意しようとしたのだろう。
三樹はどこか険しい表情を浮かべながら、手足を震わせその場で固まっていた。
「三樹、怪我は――」
手に触れようとした時だった。
俺の両手は、三樹の両手をすり抜け、ただ虚しく風を切っただけだった。
「三樹……」
三樹がソファーで寝ていた時の光景がフラッシュバックする。
三樹は苦い表情で手を引っ込めた。その瞳には、僅かに涙を浮かべているように見えた。
「……とりあえず、俺が後始末するから。三樹は座って待っていていいから」
一瞬、三樹は躊躇っったが、俺が後始末を始めると、やがてとぼとぼとリビングへと戻っていった。
ガラスの破片をほうきで集める。幸い中に飲み物は入れていなかったようで、床は濡れていなかった。
ちりとりに集めた破片を捨てようと、ブリキのゴミ箱を開ける。
「……」
そこには、いくつもの陶器の破片が捨てられていた。異常な量の破片一つ一つが、三樹の辛さを表しているようで、驚きと同時に胸の奥から苦しい何かが湧きあがってきた。
次回、2日午前8時投稿です。
読んでくださりありがとうございました。




