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鳩飼いの少年  作者: らりなな
三章 縛られた思い出
11/22

はと11

 三樹から目を離せなかった。もしかしたらこのまま、景色と共に消えてしまうのではないか、そんな不安が俺を支配していたからだ。

 あれから三樹は一時間ほど眠っていただろうか。


「あ、糸井君……」

「三樹」


 むくり、とソファから起き上がり、ポケーっとしている。しばらくして三樹は立ち上がった。


「紅茶でも飲もうかな……糸井君は要る?」

「俺はいいよ。疲れているんだろ?」

「そんな、もう元気だよ」


 そう言って明るく振舞うので、結局貰うことにした。拒否し続けて怪しまれるのもどうかと思った。

 やがて、紅茶特有の香りが、部屋の中を満たす。さらに、俺が持ってきた菓子類が皿に並べられた。


 三樹と机を挟み、向かい合わせで木の椅子に座る。二人は紅茶を啜った。


(……やっぱり、透けてないよな。……やっぱり、幻だったんだよな)


 嘘を言って、誤魔化していることは分かっている。けれどもどこかでそれを信じたかった。


「……あのさ」

「ん?」

「三樹がこの前雨にぬれた日、自分には忘れられない大切な人がいるって言ってただろ? 実はそれ、俺もだったんだ」


 三樹が、持っていたティーカップをソーサーの上に置いた。カチャリ、と音がする。


「ずっと忘れたいと思っていた。どうしたら忘れられるか、そればかり考えていた」

「うん」

「けれど昨日、忘れられない人と話してみた。そして気が付いたんだ。忘れることが大切なのではなくて、相手と分かち合って、いままで過ごしてきた思い出を大切にすることが、俺には必要だったんだって」


 三樹が微笑んだ。


「その子と付き合ってたの?」


 一瞬、息が止まったかのように感じた。その人と自分の関係性について、何も話していないのに、見事に当てられるとは。


「ああ。これからは恋人じゃなくて、友達として付き合っていくつもりだ」


 もしかしたら友達としての方が、今よりも互いに楽に、正直に「本当の付き合い」ができるのではないかと、どこかで思っている。


「良かったね。その人と離れることがなくて。人との関わりって、一度なくすと二度と訪れないかもしれないから」


 三樹は何ともない風に紅茶を啜った。けれどもその行動が微妙にぎこちないのが、見ていて分かった。

 もしかしたら、この話をしたのは失敗だったのかもしれない。裏庭にある墓のことを思い出させたかもしれない。咄嗟に謝ろうと思ったが、どう謝ればよいのか分からなかった。第一、これ以上三樹の心にひっかかる様なことはしたくなかった。


 それからも俺達は、お互いの話をたくさんしたが、いつもは興味深そうに聞いている三樹が今日はどこか大人しく、切ない表情をしていた。紅茶も半分位残していた。




 平日は学校へ通って、友達と話す。休日は時々三樹に会いに行き、お喋りをしてゆっくりと過ごす。それはもう日常と化していた。

 元々俺が三樹の元へ会いに行くのは、彼女と別れた時にできた心の穴を埋める為だった。けれども、もうその必要はない。


 それでも俺は、三樹の元へ会いに行く。


 なぜだかは分からない。けれど――なぜか惹きつけられるのだ。

 鳩と自然に囲まれた美しい少年の元へと会いたくなるのだ。


 これからも、そんな幸せな日常が続いてゆく。と、そう思っていた。




「糸井君、いつもお菓子ありがとう! 早速お茶いれるね」


 そう言って、三樹が嬉しそうにキッチンへと消えてから、しばらく経った時だった。


 パリーン!


「!?」


 俺は飛びのき、読みかけの本をテーブルに置いてから三樹の所まで駆け寄った。


「あ、糸井君……」


 床には透明なガラスの破片が散らばっていた。どうやら暑い季節に合わせて、アイスティーでも用意しようとしたのだろう。

 三樹はどこか険しい表情を浮かべながら、手足を震わせその場で固まっていた。


「三樹、怪我は――」


 手に触れようとした時だった。

 俺の両手は、三樹の両手をすり抜け、ただ虚しく風を切っただけだった。


「三樹……」


 三樹がソファーで寝ていた時の光景がフラッシュバックする。

 三樹は苦い表情で手を引っ込めた。その瞳には、僅かに涙を浮かべているように見えた。


「……とりあえず、俺が後始末するから。三樹は座って待っていていいから」


 一瞬、三樹は躊躇っったが、俺が後始末を始めると、やがてとぼとぼとリビングへと戻っていった。


 ガラスの破片をほうきで集める。幸い中に飲み物は入れていなかったようで、床は濡れていなかった。

 ちりとりに集めた破片を捨てようと、ブリキのゴミ箱を開ける。


「……」


 そこには、いくつもの陶器の破片が捨てられていた。異常な量の破片一つ一つが、三樹の辛さを表しているようで、驚きと同時に胸の奥から苦しい何かが湧きあがってきた。

次回、2日午前8時投稿です。

読んでくださりありがとうございました。

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