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勇者でした




  スパァアンッ!


 無駄に高い天井が跳ね返して、その破裂音は鳴り響く。

生まれて初めて、ビンタを食らいました。

それも、すんげぇ美人のお姫様に。

じんわりと熱くなる頬が、ひりひりする。目の前のお姫様は、黄緑色の瞳に涙を浮かべて俺を睨む。そうさせた自分が情けなくて、申し訳なく思った。





 真っ白な世界にいたはずの俺は、異世界の王国の王宮の玉座の前にいた。

十メートル先にある天井にポカーンとした。こんなに天井高くしなきゃいけないほどこの世界の住人は大きいのかと思ったけど、どうやら俺の世界と同じくらいの身長でただのデザインだったみたい。

 いきなり王様の前に現れちゃったから、焦ったけど「神様に頼まれてこの世界を救いに来ました!」と言えば、警戒体制で俺に槍を向けていた甲冑を身に纏った騎士達が警戒を解いてくれて、それから「勇者様だ!」と騒がれた。

 神様にこの世界を救う方法は自分で考えろ、的なことを言われたけど、その方法は簡単にわかった。

 この世界は魔物と人間が対立している。

魔物は人間と似た姿をしているものと、獣の姿をした二種類いて、魔術に優れた生き物。

人間を食べることがあって人間を滅ぼそうとしている人間の宿敵。


「魔王を倒せ、勇者よ」


 サンタみたいな白い髭の王様が、簡潔に俺がやるべきことを教えてくれた。

つまり、悪者の親玉を倒せばいいんだ。


「はい! わかりました!」


 やる気満々で行こうとしたけど、剣を使ったことないと言ったら、鍛練しろと言われてしまい、一ヶ月しごかれた。

神様が魔力や魔術の知識をくれたから、魔術に関しては不便なく使えたけど、剣だけは一から覚えることになった。

 鍛えてくれた人は、この国一の剣士。こりゃまた厳しい人。

うん、死ぬかと思った…。

容赦ないのなんのって。

剣士は鬼だった。

見た目草臥れた中年おっさんなのに、超強いのなんのって。

吐くほどしごかれた。


「んー、たった一ヶ月にしては上達したな。運動神経が優れてることと呑み込みが早いことが、幸いだったな」

「それ、褒めてますか?」

「おう。お前みたいな根性ある男はそうはいねぇさ」


 多分褒めてる。

城の中庭で一旦休憩しながら、鬼師匠ことジェスさんと話した。

こっちは好きな子生き返らせるために命懸けだからな。

上達しなきゃ、先には進めない。


「それにしても、俺には平和にしか見えないけど……人間は危機に晒されてるんですか?」


 中庭には花が咲いてて蝶まで飛んでる。平和そのもの。

城壁から見た街は、勇者の登場でお祭り騒ぎしていた。

なんか魔物に貶められてる感じが全く感じない。


「そりゃあ、ここは国の中央だからな。国王様を守るために、警備はしっかりしてる。が、魔物の王国に近付けば魔物被害が嫌でも目に入るさ」

「ジェスさん達は強いのに、魔物退治には行かないの?」

「そりゃ無理だ。魔王が時々訪ねてくるんだからな。その時にオレ達が不在だとこの国がおわっちまう」

「魔王自ら来んの!?」

「毎回砲弾の雨を浴びせるが……無傷で帰っていきやがるんだ。オレ達は勝てねぇよ」


 城の武装は前に見せてもらった。あれに集中砲火されても無傷で帰るのか、魔王は。つえぇ……。

でも俺も一応神様から力もらってるし、その力は使い方がわかってるから問題ない。超ハイスペック。

うん、きっとオレは勝てるぜ!


「じゃあ俺は魔王討伐の途中でなるべくジェスさん達の代わりに人々を助けるよ。俺が出来る限りのことはする」

「……そーゆーとこに、うちのお姫様は惚れたんだろうな」

「え?」


 人を助けたくても優先して守らなくちゃいけない存在がいるジェスさん達の代わりに、魔物被害にあってる人々を途中で助けていこう。俺は勇者だし。

そう決めて背伸びをしたら、隣に立つジェスさんが笑った。

 キョトンとしてたら近付く足音が聴こえたので振り返ると、侍女を二人連れた麗しいお姫様。


「勇者様。休憩ならば、わたくしとお茶を楽しみませんか?」


 俺より二つ下のお姫様は可愛い微笑みを浮かべて誘ってきた。

多分今まで俺が会った中で、一番美人だと思う。

ふわふわした長いハニーブラウンの髪は、お人形みたい。顔立ちも幼くて目が真ん丸で、着ているのはピンクを基調にしたドレスだから人間サイズのお人形みたいだ。

日本人とは違う顔立ちは見慣れたけど、やっぱりこんだけ美人だとぽけーとするな。


「オレは失礼します」


 とジェスが一礼すると去る。

あ、俺今またお姫様にお茶に誘われたのかと我に返った。

お姫様に誘われたならいかなきゃな。

 頷いてついていきながら、ジェスが言っていたことを思い出す。

勇者だから俺をもてなしてくれてると思ったけれど……まさか。

 いつものようにバルコニーに用意されたテーブルについて、お菓子と紅茶をご馳走してもらった。

ケーキに似たお菓子、美味いんだよなぁ。


「お姫様は魔王みたことあるんですか?」

「勇者様、わたくしのことはヘンゼルとお呼びくださいと言ったでしょう?」

「あ、うん。ヘンゼル様?」


 クスクス、笑う感じは気品があって女の子らしい。

おまけに美人だもんな。


「見たことがあります、先代の魔王も、今の魔王も」

「代わるんだ?」

「はい。どうやら娘が継いだようです。先代の魔王は、男の姿でした。ゾッとする容姿なのです。この世とは思えないシルバーの髪色で、硝子のような獣の眼。おぞましい者でした。……今の魔王は少女の容姿です。長い髪は同じくシルバーで、硝子のよう獣の眼。耳は鋭く尖っていて、背中には蝙蝠の翼がありました」


 ヘンゼルの話を聞きながら想像してみる。魔物と言っても人間と似た姿らしいから、銀色の髪と目の男と女の子を想像した。

派手そうだな……。


「勇者様。どうか相手が少女の姿でも油断なさらないでください。相手は巨大な力を持つ悪魔ですわ……わたくし怖いです」

「大丈夫!俺が絶対にこの世界を救うから!」


 怖いと言う彼女に俺は胸を張って答えた。

それからケーキを掴んで口に入れる。


「頼もしいですわ、勇者様」


 ヘンゼルは頬を赤らめて上目遣いをした。

思わず、ケーキをポロっと落としてしまう。

黄緑色の瞳がキラキラと俺を見上げた。おおっと……まじか。

 何でだ。俺は普通に接してるのに、なんでこう……こんな風に見つめてくるんだろうか。

罪悪感がのし掛かる。

出来れば、傷付けたくないんだけどなぁ……。


「あ、俺はもう訓練に戻りますね」

「明日旅立つのならば、今日はもうお休みになられた方がいいと思いますが」

「最後にジェスさんに手合わせしてもらいたいんで」


 一先ず逃げることにした。

んで、ジェスさんの元へ行く。

「なんで教えてくれなかったんですかっ!!」と文句を言う。


「なにがだ?」

「お姫様だよ、お姫様!」

「告白されたのか?」

「違うけどっ」

「何が問題なんだ?」


 一緒に中庭へ廊下を行く。ジェスさんは俺に腕を回すと小声で問い詰めてきた。

いやいや問題あるっしょ!

あの子、お姫様じゃん!


「我が国の姫様じゃあ、だめなのか?」

「なにくっつける気満々なの!?」

「そりゃ世界を救う勇者に、オレ達が誇る麗しのお姫様ならベストカップルだろ? それともあれか? お前まさか……これか?」

「違うし!!」


 自慢のお姫様だってことはわかる。彼女に好かれて喜ばない男はいない。

けど例外はいる。

ジェスが過った属性だからではない、断じて!

手の甲を頬に当てて距離を取るジェスに全力で否定した。


「俺はっ……俺には他に心に決めた女の子がいるんだ!! 俺は彼女のためにこの世界を救いに来た!」


 天井が高いその場に、俺の声は木霊する。

木霊した自分の言葉に、恥ずかしさを覚えた。

ジェスの驚いた顔を見たあと、顔が熱くなる。なんかすげー大胆なこと盛大に言っちまった!


  コツン。


そこに響いたヒールの音に、俺もジェスも振り返った。

その先にヘンゼル姫がいて、俺の方に歩いてくる。

うおっ……。身構える。

カツンカツン、と大理石の床を叩いて歩む。

俺の目の前に来ると足を止めてそれから。



  スパァアンッ!


 冒頭に戻るわけだ。

無駄に高い天井が跳ね返して、その破裂音は鳴り響く。

じんわりと熱くなる頬が、ひりひりする。

目の前のヘンゼルは、黄緑色の瞳に涙を浮かべて俺を睨む。

そうさせた自分が情けなくて、申し訳なく思った。

謝罪の言葉が出るよりも早く、ヘンゼルは去ってしまう。


「……早く、教えてくれれば、お茶は断ったのに……」

「……すまん。お前も早く、言ってくれれば……」

「……すまん」


 取り残された俺達は互いに謝った。

予め言うべきだったね。好きな子のためにこの世界を救いに来たって。


「……大丈夫か? お前泣きそうだぞ」

「……女の子に殴られたことないでしょ」

「いや、あるけど。なんだ初めてか」

「生まれて初めてだよ!」


 なにその殴り慣れてるみたいな言い方! アンタ何してたの!?

女の子に、しかもすっげえ可愛い女の子に叩かれたショックは大きい。


「んで? お前が心に決めたって言う彼女は……どんな娘なんだ?」

「……」


 ジェスは笑いながら問う。

その答えに少し迷った。


「────今最も会いたい女の子」


 笑って答える。

そうすれば「会えるといいな」とジェスは笑い返した。

 この世界を救ったら、会う。

会って彼女に今度こそ伝える。

また会えると思うだけで胸が高鳴る。他の女の子がどんなに可愛くても、俺が会いたい女の子は彼女だけだ。

 翌朝、魔王討伐に一人旅に出た。頬はまだヒリヒリしていた。




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