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神様が




 部活は辞めた。情熱がなくなったまま、続けることに意味なんてないから。

 笑って生きようと、頑張ってみた。

でも上手く笑えなくて、叱ってくれるなら幽霊の姿でも構わない。なんて思っても、夢でさえ彼女を見ることはなかった。

 二年生になって、クラスが変わって多分前の俺に戻ってきたと思う。

でもポッカリ空いた穴は、埋まらない。

夏は陽が暮れる前に家に帰って、冬は暗くなってから家に帰って、夕陽を見ないようにした。

泣きたくなってしまうから。

 それでも目を閉じると、浮かんでくる。


 橙色に照らされた彼女が手を振って微笑んで、「また明日」って言う。


どうしもなく、胸が苦しくなるんだ。

この苦しみが、取れない。

この苦しみがなくなった時は、きっと彼女を忘れてしまった時なんだろう。

なら、ずっとこの苦しみを抱える。

忘れたくない。

ずっとずっと、忘れたくない。




「好きです」

「……ごめん。俺、忘れられない人がいるから」


 首を振って告白してくれた子に断る。三年になって何度か告白された。

付き合うって選択は浮かんでこなくて、全部断った。

告白される度、彼女達の勇気が羨ましく思う。度胸のない俺なんかより、ずっといい人を見付けられるといいね。


「景の忘れられない人ってさ」


 帰り道。隣を歩く中学からサッカー部の仲間だった友だちが口を開く。

忘れられない人のことは、話してない。

きっと断った子から聞いたのかな。


「……ずっと、忘れないつもりか?」

「……うん」


 誰かは問わなかった。

多分気付いていたんだ。一年の時、同じクラスだったから。

俺がサッカー辞めても、問い詰めたりしなかった。遊びに誘ってくれて、断ってもまた誘ってくれる。

親友って呼べるくらい、俺のことわかってくれるいい奴。

それ以上、訊いてこなかった。

いい奴だ、ほんと。


「今日お前にコクった子さー」

「?」

「おれ、狙ってたんだよね」

「……」


 それ、俺に言っちゃう?

ごめんって言うべきなのか、どんまいって言うべきなのか、わからない。

友だちは怒るわけでもなく、切れ目を何処か他所に向けて呟く。


「伝えられるうちに、コクるよ」

「……だな。がんば」

「うん。頑張る」


 すんげぇ淡々と友達は頷く。

大人だな、って思う。

伝えられるうちに……か。


「……タイミング、気にしてちゃ……だめだよな。……また明日、来るかどうか、わかんないから」

「……そうだな」


 きっと情けない顔をしているであろう俺の顔を見ないで、友だちは他所を向いている。

超優しいな……。




 明日で、二年になる。

長かったようで短かった気がする二年。

高校三年生の秋、進路が未だに決まらなかった。目標もなくて、決められない。

二年前の今日の俺なら、間違いなくサッカーの名門大学を選んでいたと思う。そのための勉強とか、してたんだと思う。

この二年、毎日なんとなく過ごしてきた。

 友だちと別れて、一人で花屋にいって、花束を買う。

それを抱えて学校へ引き返して、あの信号へ行く。

信号機のそばに、花束を置く。

 急いだつもりだったけど、間に合わなくてそこは夕陽に染まる。

 今日だけいいか。今日くらいいいか。

見たくなかった橙色の中、彼女を探したけど見付かるわけなかった。

朧気な記憶の中からあの声を探す。違う響きで俺を呼ぶ声が、どうしても思い出せない。

 また明日。そう言って笑って手を振る彼女は鮮明に残っているのに、他のことは今にも消えていってしまいそうだった。

来年には、忘れ去ってしまいそうで怖い。


「……忘れたくないよ……せなっち……」


 橙色に染まる花束を見下ろして呟く。

忘れたくない。忘れたくない。

泣いてしまいそうになって、俺は目を閉じた。

 せめて、記憶の中だけでも。

 彼女を消さないでください。

 お願いします────神様。






「────…え?」


 目を開いたら、真っ白だった。

何処を見ても、白。下も上も右も左も前も後ろも白だった。

そこは広くも感じたし、狭くも感じて、何もないけどその場所に俺はいる。


「なんじゃ、ここ」


 なに、俺死んだの?

ここは天国?


「違う」

「あ、違うのか…………って誰!?」

「我は神だ」

「あ、神様か…………ってえぇ!?」


 俺しかいないのに、男っぽい声が聴こえてきた。

三百八十度回って探したら、自分が最初何処を向いていたのかわからなくなって、くるくる回りすぎて目が回って尻をついた。


「神様!? 俺死んだ!?」

「生きておる。落ち着け」

「生きているなら落ち着きます」


 なんだ、そっか。

生きているんだ。

正座をして落ち着いてみた。

………………え? なんなのこの状況。


「あの、神様? ……何故俺はこんなところに? 死んでいないんですよね?」

「佐藤景。お主に頼みたいことがあって、ここに連れてきた」


 頼みたいこと?

姿が見えないが、俺は上を見てその頼みたいことはなにかと神様が告げるのを待った。


「これからお主を送る世界を、救ってほしい」


 世界を救う?

俺を救ってほしいんだけど。

 好きな子と最後に会った日から、二年。

神様に呼ばれて、言われる。

 世界を救え、と。

先ず俺を救ってくれと思った俺が、何故世界なんて壮大なものを救えと頼まれているんだろう。

俺はサッカー部辞めた落ちこぼれなんですが。


「お主でなくては、救えないのだ」

「え? ……俺しか救えないの?」


 まるで俺の思っていることが聴こえたみたいに、神様と名乗る声が言う。

俺にしか、救えない?

俺に出来ることなのか?

想像がつかない。


「具体的にどう救えば……」

「お主自身で考えよ」

「えっ!?」


 なにそれ! どう救えばいいかわかんないじゃん!?


「力を与える。それをどう使うかは、お主次第だ」

「ち、力?」


 説明が少なすぎる。

というか、なんだこれ。まるで神様は俺を試すみたいな口調。

俺、神様に頼まれているんだよね? なに、俺試練を受けるの?


「……神様」


 不意に誰かが神様のことを言っていたことを思い出した。

神様に願っても、生き返らない。

誰かがそう言った。

神様に願っても?

生き返らない?


「──────…一つだけ、たった一つだけ、お願いを聞いてくれませんか? 女の子を、死んでしまった女の子を、生き返らせてほしいんです! その願いを叶えてもらえるなら! 世界を救います! なんでもします!!」


 また会えるかもしれない。期待で一杯になった胸を押さえて、俺は逆に頼み込んだ。

また会えるなら、なんだってする。

世界だって死に物狂いで救ってみせる。



 ────忘れかけている彼女の声を聴くためなら、どんな試練も乗り越えてやる。

 今度こそ君に、好きだと告げるために────。




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