最後だと知らず
主人公・佐藤景
ヒロイン・篠原せな
まだせなちゃん、います。
あの日から、なんだか仲良くなった気がする。
笑わそうと冗談を言えば笑ってくれて、昨日観たテレビの話を話題にして話し掛ければちゃんと相槌をしてくれて、課題を見せてと頼めば叱りながらも笑って見せてくれた。教科書を忘れたフリして見せてと頼んだらしょうがないなって笑って机をくっ付けて見せてくれた。左利きの彼女と右利きの俺の腕が触れそうなくらい近い距離に、バクバクと張り裂けそうな心臓の音が教室に響きそうだった。
それだけで、すんげぇ幸せ。
彼女はよく、女子から相談を受けていた。恋愛相談。
「恋愛経験少ないんですけど」と苦笑しつつも話を聞いてアドバイスをする彼女の横顔を見た。
優しく笑いかけて励ましてる。
キュン、とした。
いつも彼女の周りに人が集まる。その輪にちゃっかり入った。
彼女のそばはなんだか、落ち着くから皆集まる。女子も男子も。
雰囲気かな?
落ち着いた雰囲気に包まれるんだ。
だからきっとライバルは多いと思うけど、全然告白に踏み出せなかった。
仲の良い友達止まり。
「せなっち! あのさ」
「ん?」
部活のない放課後は話し掛けてさりげなく一緒に帰る。
部活のある放課後も好きだけど、彼女と帰る放課後も好きだ。
彼女が笑ってくれる冗談を言いまくって笑わせた。すぐ横で聴こえてくる笑い声、微笑む笑顔、口元に添えてる手。
何処を見ても、好きだと思った。
学校の近くの信号機で立ち止まる。
────二人っきりだ。
今、告白のチャンス。
すう、と秋の冷たい空気を吸い込む。バクンバクン、と暴れる心臓のせいで唇が震えた。
「景くん」
いきなり呼ばれて肩を震わせる。
見れば隣に立つ彼女が見上げてきてた。俺の方が背が高いけど、あんまり変わらない。それでも彼女は革鞄を背中の後ろで持って、見上げてきた。
彼女が俺を呼ぶ時、他の女子とは違う響きがする。
「もうすぐ大会だね」
「あ、うん」
「頑張ってね、景くん」
「うん! 頑張る!」
「優勝できるよ、きっと」
君に励まされると頑張れる。
「優勝してやんよ!」と腕を突き上げれば、「調子にのり過ぎ」と笑われた。
「景くん、調子に乗るからシュートミスるんだよ? 集中しなさい」
「うっ、集中してるよ!?」
「ほんとかなぁ?」
母親みたいに叱るのは、彼女の癖だ。狼狽えた俺を彼女は笑った。
顔が真っ赤になったと思う。けど夕陽のおかげでばれてないはず。
七月の球技大会でサッカーの試合。ドリブル三人抜きに舞い上がって、興奮しすぎてシュート外した。ゴールにかすりもせず、隣のテニスコートに入って爆笑されたっけ……。
それは三ヶ月前のことだ。俺は成長した!
「あ、あのさ! せなっち」
「なに?」
優勝したら付き合ってください。
言え。言うんだ俺。
付き合ってください。好きです。
言うんだ俺。
言おうと口を開くけど、全然声が出せない。彼女は黒い瞳で俺を見上げて、言葉の続きを待つ。
言うんだ、俺。
心臓がもう爆発しそうだ。
「────好」
「あ、信号青だよ、景くん」
「うっ……うん」
っっっ信号機ぃいい!!
言いかけたのに、言いかけたのに、信号機のせいで!
手を振って笑いかける彼女は、信号を渡っていく。後から俺も渡った。
渡った先でお別れだ。
「じゃあね、景くん」
「じゃあね、せなっち」
向き合って手を振り返す。
先に背を向けて彼女は歩いていってしまう。ぐっ……タイミングが……。
また言えなかった。何回目だろう。チキンめ。
いつか、あの隣に誰かが歩いたらどうするんだよ、俺。
そう思えば焦るのに、やっぱり言えない。
「せなっち!」
呼べば彼女が振り返った。
「また明日!」
腕を大きく振って言えば、彼女は笑みを溢して手を振り返す。
「また明日」
───橙色に照らされて微笑む彼女に、明日こそ告白すると決意した。
それが最後になるとも知らずに───。
これで最後。