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第1話 あかい

 朝。身支度をして朝食をとりにリビングダイニングに出れば、もう両親は仕事場に行ったらしい、蛻の殻だった。食事も適当に済まして、家を出た。普段通り。何も、変わらない。親は昔から仕事で朝はいない。

 なのに、何処か辛い。


「和実!」


 声に気付いて、振り返ったら今一番仲のいい高知まり[コウチ マリ]が立っていた。

 ・・・ああ、そういえば一緒に登校していたな。ここで待ち合わせしていた。何故だか・・・私は忘れていて、彼女の前を通り過ぎたようだ。

 まりは、不思議そうな顔をして私を見つめた。


「どうしたの?大丈夫?」

「ごめん、ボーっとしていて・・・」


 素直に答えれば、まりは私を気遣うように顔を覗き込んできた。「無理しないでね」と、本当に心配したような顔をする彼女は、普通にいい子だ。出会った当初は心の中で偽善者と思ったこともあったが、今はそうは思わない。・・・なんで、だったかな。


「大丈夫、大丈夫。」


 笑って、嘘をつけるようになったのも、いつからだったか。


 学校に着いて、昇降口に行って上履きを履いた。古い下駄箱は、いつでも少し靴の嫌な臭いを纏っていて、あまり長くは居たくない場所なのに。


「おはよ。今日、定例会あるから放課後生徒会室。他の奴にも伝えといて。」

「・・・分かりました。」


 態々、ここで話さなくてもいいと思う。会話をするために息を吸わなければいけない。口からでも私の嫌う臭いはくる。気の利かない男――英田響は、現在生徒会副会長を務める彼は、さっさと下履きを履き替えて教室に続く階段の方へ歩いていった。


 つまんない男だ。気の利かない上に、世間話の一つも出来ない。まぁ、彼は元々無口なわけではないと思うが、かといって目立って女子と話すほどのフレンドリーさはない。言ってしまえば普通だ。平凡。平凡ではないのは、彼の『副会長』という肩書きだけであろう。


「大変だね、生徒会。」

「そうかな?書記なんて楽なほうだけど。」

「無理しないでね」


 先程と、同じ台詞をかけられた。

 ・・・そんなに無理をしているように見えるのだろうか?


 無理・・・ってなんだ?


 教室に着いて、鞄から教科書を取り出し机の中にいれる。前のまりも同じことが終わったようで、私にまた心配そうな顔を向けてきた。


「顔色・・・悪いような悪くないような。」

「そう?気のせいでしょ。」


 笑って、そういえば、と続ければすぐに表情をコロっと変える。まりちゃんは素直だねってお兄ちゃんも言っていた。・・・あー、あー、もう駄目だ。何を言っているんだ。また『兄』『兄』。これじゃあまるで幼稚園生だ。

 ・・・考えるのはやめよう。バカみたいだ。


「和実?今、聞いてた?」

「うん。まったく」

「オイ」

「ごめんごめん」


 丁度、チャイムが鳴りそれと同時に中年の担任が入ってきた。いつ見ても思う。何でここまで、この初老を迎えたであろう担任は表情が重いのか。このクラスになってすぐの頃はずっと考えていた。

 学級委員の「れい」の掛け声で本当に『れい』をするのはごく少数で、半数以上が頭も下げずに着席する。・・・私は、もちろん『れい』する。もう、クセだ。

 ・・・私からしてみれば、それが普通なのだが。他の人からしてみれば、『私』が変、なんだろう。

 あー嫌だ、嫌だ。暗いぞー自分。・・・頑張れよ。

    

 担任の長い話を聞き流しているうちに簡単に一時限に突入した。

 一時限は社会。しかも歴史。・・・・寝てしまったらごめんなさい、坂本せんせい。まぁ坂本先生は若いし、人気もあるため他の人が起きているだろう(多分)。


 社会は、嫌いじゃない。歴史も嫌いではないのだが・・・、いや、先生の話がつまらないわけではないが、興味のないことを話されても頭は興味のある睡眠を優先させるのだ。どうしても。

 でも、たまに先生が話すことで興味のあるものもある。そう、例えば


「いじめってこの頃からもずっとあったんだよなー」

「どの社会にもあるものなんですよね。」


 ・・・ちなみに先生は上の台詞。下はうちのクラスの委員長の台詞だ。次の見出しを書きつつ生徒と会話できる先生は微妙にすごい。私は眠くて先生に『起きてます』アピールのため顔を上げているが・・・


「おーまぁな。この出来事はイジメっていうより人種差別に近いが・・・」


 先生はふっと笑うと「集団は怖いんだ。」と、それだけ言ってまた授業の内容に入った。


 二時限、三時限・・・すべてをそれなりに真面目に受けて、昼も入り、午後の授業も受けた。普段ならこのあとは、私の所属する美術部へ行っていた。だが今日は定例会だ。この間は学校が休みで定例会が開けなかったから臨時のだが・・・。放課後生徒会室。他の役員にも伝えたのに、自分が行かないわけには行かない。


「お、来た。」

「・・・どうも。今日は何をするんですか?」

「球技大会の運営についての資料作り。パソコン打ち頼むわ。」

「はい」


 生徒会室には七人中三人がいた。会長と庶務二人。会長に言われた通り、生徒会室にある2台のパソコンのうち、窓際の型が新しい方の前を選んで座った。

電源を入れ文書処理ソフトを開いて会長の指示を待つ間に、副会長二人と書記が来た。来る前から仕事をしている庶務二人は今までの球技大会の資料を部屋中探し回って、会長は来た三人に今日やる仕事について説明しているようだった。何もすることがなくなった私は、暇と連続で打ってみる。つまらない。


「榎原、残りやるから。」

「ありがと。」


 もう一人の書記に自分が座っていた場所を譲り、荷物をまとめて部屋を出た。「お先に」といえば、同学年からの「おう」という返事と、後輩からの「お疲れ様でしたー」の爽やかな返事を背に受けた。扉を閉めようとしたときに、書記の彼の笑い声が聞こえたのは、私の連続『暇』を見たからとは思わないようにしよう。


 ゆっくり歩く。本当は急ぎたいところだけど、生徒会室は東の最端にあるため、真ん中より少し西よりの美術室まで走っても息切れするだけのような気がしたからだ。美術室の古い扉を開けて「遅れましたー・・・」とテンションを下げて言えば、部長であるまりが笑顔で迎えた。


 だと、良かったんだけど。

 私が入った途端、美術部の皆が一斉に私の方を見た。どの顔も同じような複雑な顔をしている。


「どうしたの?」

「・・・これ。」


 まりが指したのは私が製作途中だった、海の絵。皆で同じテーマで描くということになっていて冬なのに『海』というのは、部内でも結構好評だった気がする。しかし、まりが指した私の絵はまるで『海』じゃない。


 真っ赤。ポスターなどを描くときに使うサラサラの絵の具だ(多分)。それが、絵全体にぶちまけられていた。ふと、昨日の夕焼けを思い出した。


「・・・。」

「・・・今日、美術の授業なかったからこの部屋開けてなくて・・・放課後私が鍵開けて待ってた人たちと一緒に入ったら・・こうなってた・・・」


 言い訳、っぽいなって思っちゃったよ。駄目だなぁ、本当。まりが、嘘を付いてるとは思えない。なんか・・・駄目だ・・・



「・・・誰がやったの。」




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