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第0話 いない


 沢山の声が、ここでは聞こえる。


 ただ、ひとり立つ自分を惨めだとは思わない。それは自分が選んだのだ。ならば、惨めだと、悲しいと思うことこそ惨めで。自分に酔っているみたいだ、と。

 あぁ。そうだ。この言葉もあの人が言っていた。自分が考えることが、自分で考えたことが、私の中には何一つもない。私は・・・本当、人間を何年間やっていると思っているんだろうか。まったく駄目だな。・・・悲しいと、思えないことが、悔しい。私は、どれだけあの人に迷惑をかければいい。素直に、なれと。言われたはずなのに。


「会いたい、とか。言えないから。」


小さく、でもはっきりと呟けば、今しがたすれ違った誰かとも分からない他人がこちらを見た。

まだ、夕方。夕陽が差すこの街に、私―榎原和実[エバラ カズミ]は宛のない言葉を残す。この街に、いない、あの人へ。

沢山のことを教えてくれた。間違っていることを、間違っていると、言ってくれた。そのくせ自分は、親に心配かけるようなことばかりやっていて。

憧れていたのだ。その、真っ直ぐな瞳に、笑顔に、優しさに。私には、出来ないであろう、その、生き方に。


 ・・・夕焼け、って、綺麗だな。本当に焼けているみたいで、熱そう。赤くて、いや、朱、かな。絵の具を乗せたような色。流し込んだんじゃなくて、乗せたような。

この空は、端っこなんてないんだろうな。そう、ふと思うと、風が強く吹いた。寒い。

 でも、きっと、今家に帰っても自分は親に上手く言い訳出来ないだろうから、あと、一時間、この人波にのまれて歩いていよう。帰り道が分からなくなったら、兎に角駅を探せばいい。そうすれば、なんとかなる。


 ね、そうだよ。

 だから、ここに、帰ってきてください。


 お兄ちゃん。


 私の兄―榎原基樹[エバラ モトキ]は、私とはまったく似てなかった。いや、私のほうがあとに生まれたのだから、私が兄に似てなかったのか。

 お兄ちゃんは、自由奔放で真面目なのか不真面目なのか分からないような人だ。真面目にふざける。でも、それでも、自分の道をしっかりと作っていて。何事も生真面目にやっている私とは違う。

 ――本当に、私とは遠い人だった。2コ上。私は今中二で、もうすぐ中三。で、兄はもうすぐ高二。そんなに年が離れているわけじゃないのに、まったく違う世界で生きていたような気が今になってする。容姿も、性格も、頭脳も、思想も、好みも、体質まで違った。昔は、それが気になったことがあって親に「本当に兄妹?」って聞いたことすらあった。私が煩かったから戸籍まで見に行った。本当に兄妹。それは、間違いないのに。

 お兄ちゃんの、考えていることが分からない。平凡で、大衆的な考え方しか出来ない私に兄は突拍子もないことを言い出しては、私を困らせて。多分、私が今思うことの8割は兄の受け売りなのだろう。


どんなことにも言い訳しない。


勝つ気のない奴を倒すのは簡単。


話は視線がきちんとぶつかってから話す。


言葉を飲み込まない。


躊躇ったり、迷ったりしたら負ける。


死ぬために生きる。


 正直言って、意味が分かんないのも少なくない。でも、なんとなく、信じられると思っている、のに。

 いきなりいなくなってしまった。つい、三日前。


 お兄ちゃんは、いなくなった。


 私の尊敬する、あの人は。







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