その夜、男はギルド職員から厳重注意を受けた
話のあちこちが下品です。
ガタガタと土の道を大型の馬車が連なって行く。その中には、魔獣の氾濫の兆し有りと集められた冒険者ギルドの面々と追加の物資が、ぎっしりと詰まっていた。
ガタガタと土の道を大型の馬車が連なって行く。その中には魔獣の氾濫の兆し有りと集められた冒険者ギルドの面々と追加の物資が、ぎっしりと詰められていた。
(こんな中寝られるなんて図太い奴だな)
自分の右側に寄りかかって眠っているフードを深く被った人物に、体幹を小揺るぎもさせない男剣士は、感心すれば良いのか呆れれば良いのか複雑な感情を持っていた。尚、寝ている人物は、フードを深く被っているのでその容貌を伺えないが、それを置いても顔も見たことの無い、全くの他人である。
(まあ、最近は暖かくなってきた所為で魔獣被害も増える時期だからな。きっと彼方此方で稼いで疲れているんだろ)
麦藁色の短い襟足を左手でガシガシと掻き、灰色の瞳を眇めて右隣のフードの人物を見遣って、諦めたように溜息をひとつ吐いた。
不用心だとは思うが、この馬車に乗っている間は足元の荷物を見てやるか、と男剣士は思った。
(どうせ日が沈む迄に目的地の森が見えるだろうからな。大した手間でも無い)
石を車輪が踏んだのか、一度大きく車体が揺れて彼方此方から文句が出るが、馬車は速度を落とすことは無い。当然だ。氾濫が本格的に始まってしまえば森から出た魔物達が広い範囲に散ってしまう。そうなれば街道の安全も脅かされるし、町の外の農地や畜産物に限らず多大な被害が出るのだ。
(今回は楽に済めば良いが、嫌な予感がしやがる)
先程の揺れが不快だったのか、男剣士の右側のフードの人物は、小さく唸りながら少しでもマシな体勢になろうとモゾモゾと身体を傾けてきた。その拍子に、男剣士の腕に何やら柔らかい感触がした。
(おい嘘だろ、女のクセにこの男所帯で無防備に寝てやがるのか?)
全く女性の冒険者が居ない訳では無い。それでも、身の安全の為に信頼出来る仲間や、同性で固まるのが普通だ。フードで美醜は不明だが、女というだけで食指が動く阿呆も居ないとも限らないのだ。本人もそれを分かっていて顔を見られない様にしているのだろうが、乗り込む時も独りの様だったし、余りに不用心が過ぎる。
(身体強化が使えるのか?でなきゃ余程良い護身用の何かを持ってんのか?)
疑問は湧くが、親しくも無く、ましてや顔も見た事の無い寝ている相手に説教をしても仕方ないので、役得と言うことにして腕に当たる柔らかさをそのままに、目を覚ますまでそのままでいることに決めた。
(これで玄人魔女のババアだったら今の俺を後で呪う羽目になるな)
そんな役にも立たない事を考える男剣士を乗せて、馬車群は走り続けた。途中、森に最も近い村の人々が避難を開始しているのを横目にしながらも止まらなかった。昼前から走り続けた馬車は、最低限の休憩を取りつつ、日が傾き始めた頃に目的地に到着した。
「おい!早く降りろよ!天幕の支度をしなけりゃ日が暮れちまう」
「腰が……!」
「やべぇ漏れる!」
到着と同時に冒険者達が好き勝手騒ぎ始める。男剣士も、ギルド職員に夜警等について聞きに行きたかった為に、ついに一度も起きなかったフードの人物を起こす事にした。
「おい。おいって。……おい!起きろ!」
「うぅぇぇえあ……え?」
人の腕を胸に抱き込んで寝続けた人物が、奇声を発して顔を上げた事でフードが後ろに脱げ、焦げ茶の乱れた髪の下の瞳と目が合った。思いの外若い女の顔が現れて男剣士は面食らったが、取り敢えず状況を理解して貰おうと続けて声を掛けた。
「おい、起きたんなら腕を離してくれ。いつまで胸に挟んでんだよ。誘ってんならこの討伐が落ち着いてからにしてくれ」
「へ……?」
寝起きで訳がわからないらしく、紫色の目を瞬いている女に分からせるように、男剣士は抱き込まれた腕を少し動かしてみせる。若い女、しかも垂れ目で色っぽい顔だと知って、柔らかさを堪能しようとした訳では断じて無いが、それによって女は自分がしっかりと抱えているモノが、隣に座る見ず知らずの男の太い腕だと、一拍の後に理解した。
「……うええぇぇ!わっ!す、すみま、っごめんなさい!」
「いんや、起きたんならそろそろ降りたほうがいい。直に日暮れだぞ」
ばっと勢い良く両腕を上げて謝罪した女に苦笑して、男剣士は足元の荷物を持ち上げて渡してやり、馬車を先に降りていった。
(うわぉ、これぞ冒険者って感じ〜!見た目厳ついのに親切でいい人っぽーい)
馬車を降りてから自分よりそこそこ年嵩に見えた男剣士の後ろ姿を見つめて、フードの女は何かあったら頼るようにしよう、と勝手に決めてから、ギルドの職員に天幕の場所を聞くべく歩き出した。揶揄いの言葉も言われた筈だが、寝起き直ぐだった事もあり彼女の中では無かった事になっていた。
荷物を確認したが無くなっている物も見当たらず、自分の衣服も多少胸元と袖が皺になっているがそれだけで、悪戯をされた様子も無い。馬車が出発してから、割と時間を置かず寝てしまったので、きっと長時間寄り掛かってしまった筈だが別れ際に文句も言われなかった。その事から、彼女の中で『いい人』判定をされて、いざという時のあてにされているとは、男剣士本人は麦のひと粒程も思い至ってはいなかった。
―――――――――――――――
「大きな天幕を二つ過ぎた先の、大きな魔導灯の側に女性が集まっていますのでそちらで夜を過ごして下さい。共用の天幕も二張り有ります。夜警は領主の私兵が受け持つそうです。食事はあちらに見える大鍋の中身か、ご自身の手持ちを」
忙しそうなギルド職員の案内を受けたフードの女は、自分の寝る場所を決めると荷物に防犯の結界を仕掛けて、食事を摂りに行った。
森からは距離を取ってここの待機所は設置されているが、何か、ザワザワと空気を揺らす様な気配が森の深くから漂っている気がして、フードの女は首を竦めた。
「あ、さっきの人!」
「あ?……あぁ、馬車の眠り姫か」
食事を貰いに大鍋の側に向かうと、先程の男剣士が中身の入っているであろう椀を持って歩いていた。フードの女は見付けてつい反射で声を上げてしまったが、可愛らしい渾名で呼ばれてしまい思わず顔を赤らめてしまった。咄嗟の返しのはずなのに古典の物語に例える辺り、何か教養を身に着けていた過去でもあるのだろうか。
「あ、あの、馬車では本当にごめんなさい。私がずっと寄り掛かっていて疲れましたよね」
「そっちこそ疲れてたから寝落ちしたんじゃねえか?無理して死んだら何にもならねえし、今夜もさっさと寝とけよ。今から飯か?」
謝罪を軽く往なして男剣士は大鍋を示しつつフードの女に聞いてきた。
(変な野郎に絡まれても可哀想だし、飯の間くらいは番犬してやるか)
フードの女の、人を見る目は確かだったらしく、先程の馬車でも似たような思考で長時間拘束されたのを忘れたように、またしても、連れらしき人物が見当たらないのを認めると男剣士はお節介を焼くことに決めた。フードの女は気付いていないが、ちらほらと若い女だというだけで、気付いた内の何人かが興味を惹かれたように視線を寄越していた。
「はい。寝る所も決まったのでこれからご飯を頂きます」
「じゃあ、早く持って来い。向こうに座れる場所があったから行くぞ」
フードの女を見ている周りの男共に軽く牽制の視線を向けながら、男剣士が言外に誘って来たので、きょとんとした顔をした後、フードの女は照れた様な笑顔を浮かべた。
「……はい!すぐに貰ってきますね。待ってて下さい!」
「おう、急いでコケんなよ」
早足で大鍋へ並びに行くフードの女を見送ると、男剣士の元に、他の馬車で来ていた知り合いの弓使いの男が近付いて来た。
「よう、随分可愛いのに懐かれてるじゃねえか」
「お前か……。止せよ。連れもいねぇのに馬車で寝てやがったんで、暫く番犬してやっただけだよ。……周りも見えてねぇようだしな」
弓使いは、男剣士が薄っすら威嚇の視線を投げる先で、素行の良く無い男が立ち去るのを見て取ると、一つ頷いた。男剣士が厳つい見た目の割に人が良いのを知っているので、どうせこの氾濫のアレコレが終わるまでは世話を焼くに決まっていると、揶揄う事に決めてにやにや笑った。
「それだけじゃ済まねえクセに。毎度生き物やらガキ共に懐かれて纏わり付かれてンのに、まァだ増やすのか?しかも今度は中々に美形なお嬢ちゃんと来たもんだ。イヤだねぇ、色男はコレだから」
「阿呆か。言ってろ!お前こそ小熊亭の給仕の赤毛のコはどうしたってんだ。……祭りの時に買ってたモンは渡せたのかよ、ヘタレが」
「ぐっ……!見てやがったのか、てか手前ぇいつから気付いてやがったんだよ……」
どうやら男剣士に返り討ちにされたやり取りが終わると、話題にされたフードの女が椀を持って合流して来た。痛い所に一撃貰った弓使いが、深緑の瞳を潤ませ、水を被った毛長鼠の様になっているのを見て、不思議そうな顔をして男剣士を見てきた。
因みに毛長鼠は被毛が濡れると二回り程小さく見えるし、皮膚がカビて病気になる不憫な生き物だ。
「飯にしよう。ソイツは放っておけ、唯のヘタレだ」
「はぁ……。あの、お知り合いなのでは?ご一緒しないんですか?」
弓使いは鈍色の頭をブンブン上下に振って、フードの女に精霊の奇跡を受けた様な目を向けた。人数は多い方が楽しいとフード女が言うので、面倒臭がった男剣士が折れて弓使いも一緒に食事を摂ることにした。
冒険者ギルドの臨時事務所の側には、丸太を数本切り倒した物が転がしてあり、大きな車座に座れるようになっていた。
「あ!あそこなら皆で座れますね」
フードの女が空いている丸太に小走りで駆け寄り、空けた片腕を振って男二人を呼び寄せた。
「無邪気なモンだねぇ。あんなんで今迄よくもまぁ無事だったもんだ」
呆れた様にへらりと笑って弓使いが手を振り返してやっていた。男剣士は、フードの女が夜に一人で寝る時の事を考え、碌な事が起こりそうにないと目玉をぐるりと回した。
二人の心配を他所に丸太を勧めるフードの女は、自分より大柄である男達が座った真ん中に、何の躊躇も無く腰を下ろした。
「では、精霊様と神々に感謝を!」
「「感謝を」」
楽しそうなフードの女の祈りに釣られて、普段は気にもとめない祈りの言葉が男二人の口から出た。弓使いはこの状況を楽しんでいるが、男剣士は苦い顔をしながら、椀に入った雑多な煮物を食べ始めた。
「そういえば、私ったら名乗りもしていませんでしたね」
フードの女は寝続けて空腹だったのだろう。黙々と食べていたが、椀の中身も減ってきてひと心地ついたのか、思い付いた様に自己紹介を始めた。
「私はルルーシャ・ローズベル・ティティアと言います。三つとも名前で家名は無いんですけど、ルルと呼ばれる事が多いです。これでも私、三級の冒険者証を持ってるんですよ!」
三つ名は魔力の多い一族が住んでいる地域で良く聞くが、冒険者を生業に選ぶ者は変わり者が多いと囁かれている。
どうだ、と言わんばかりの顔で、揺れる胸を張るルルに弓使いも続けた。
「俺は森走りの一族のトート、そいつと同じギルドで活動してる。若いのに三級は中々だねぇ。俺はちなみに二級だ。脂の乗った三十歳」
「わ!凄いですね!弓使いの二級の人なんて会った事ないです」
森走りの一族は名の通りに、障害物の多い場所でも身軽に動ける様に適応していて、斥候や単体の狩猟に向いている。
フフン、と得意気なトートに次はお前だ、と視線を投げかけられ、渋々といった様子の男剣士が名乗った。ちなみにルルの胸が揺れたのはばっちり見ていた。逆らえない悲しい性である。
「ガーランド。剣士で一部の聖句が使える。歳は三十一」
「……ぇ゙?! 手前ぇ聖句なんか使えたのかよ!そりゃあ一級になるはずだわ!てか、何で言わねぇんだよ。俺ァ、初めて知ったぞ!」
態々一級だったのを伏せて、微妙に気になりだした年齢も込みで自己紹介を済ませたのに、余計な事を喋ったらしく、トートに噛みつかれた上に等級もあっさりバラされて、ガーランドは益々渋い顔になった。
聖句は一部の神職等に許された支援や浄化の法術である。特権階級の場合、金を積んで許させる場合もあるが、そんなのは極々一部……という事になっている。
冒険者ギルドは納入される依頼物と、行動記録によって等級を振り分けている。詐称したとしても上の等級の依頼で死ぬだけだが、依頼者に詐称の被害が行かないように、強制的に等級に見合う腕があるかを測る定期依頼がある。
一番下の、十歳以上でなれる見習いの五級から始まり、四級、三級、腕利きと言われ始める準二級、二級、ギルドからの定期依頼が免除になる、準一級、一級、貴族やら有力者から指名が入る特級、といった具合に分けられている。
「うるせぇな。元聖騎士だっつったろうが。お前が酔っ払いのホラだって決めつけたんだろう」
「嘘だぁ……!こんなにガラの悪い聖騎士なんて居てたまるかよ」
「阿呆か。当時は今より身体も細かったし、何より見栄えも気を使ってたに決まってんだろ。所属した神殿の汚職が気に食わなくて、二十の歳になる前にトンズラしたわ」
長く見知っていたガーランドの意外な過去に、トートは口を閉じるのも忘れて目を見開いていた。ルルはといえば、英雄譚でも聞いたかの様に食事も忘れて、ガーランドの横顔をキラキラとした眼差しで見つめていた。
「強そうだとは思ってましたが、まさかそんなに凄い人だとは思いませんでした!……私も負けない様に頑張ります」
ふんっ!と気合を入れて、残りの食事をもりもりと食べ始めたルルを横目に、さっさと食べ終えたガーランドの空になった椀を見て、そういえば、とトートは一緒に飲んだ際の光景を思い出した。
「あァ……。手前ぇは飯を食い零したりしねぇもんな。こっちのギルドに来た始めの頃は、そういや浮いてたわぁ……。背筋が伸びてるって言やぁ良いのか、何ていうか、躾けられた飼い犬っぽい感じだったなぁ」
十年近く同じギルドで活動するトートのしみじみとした話に、片眉を上げただけで、ガーランドは返事をしなかった。そんな話を頭上でされていたルルだが、しっかりと食事を終わらせ、満足そうに大きく息を吐いていた。
その息で、はっとした様に食事を再開したトートだが、あっさりと他の二人に置いていかれてしまった。
「じゃあ、トートさん、私達食器を片付けるのでごゆっくり」
「むぐっ!ふぉっふぉまっふぇえ〜……」
哀れな声を上げたトートを置いて椀を片付けた二人だが、後は明日に備えて寝るだけになった事に気付いたガーランドが、再び不安を覚えてルルに確認をした。
「お前、……あ〜、その、夜寝る時は一人か?夜を一緒に過ごす奴は居るのか?」
「……えっ」
聞かれたルルが、何を思ったのか、焦った声を出してじわじわと赤面した。
「やっ、やだぁガーランドさん!私だって年下で頼りなく見えても三級なんですよ!防犯の結界もばっちりなんですからねっ。……そっ、そんな聞かれ方されたら、……一緒の毛布で添い寝されてる所を想像しちゃうっ!」
「…………はぁっ!? バッカ!お前、何考えてやがんだ!」
頬どころか首まで赤くなり、顔を両手で覆って、自分の言葉に激しく悶えるルルに、思ってもいなかった事を言われたガーランドが、思わず、馬車の中で腕に当たっていた柔らかさを一瞬で思い出した。お陰で反応は遅れるし、まともな理由も頭から吹っ飛びそうになった。
「ゔぅん!……断じて違うからな。……防犯、そうだ、荷物やらお前自身に悪戯でもされたら、明日は討伐どころじゃ無くなるだろうが。天幕に知合いはいたのか?」
真面目さを無理やり引き寄せて、ガーランドが諭すように尋ねた。
誰とも言っていない、想像の中の添い寝の相手をお互いに当て嵌めていた事に、どちらも気付いていない。そんな浮ついた妙な空気の中、トートが追いついてきた。
「何?何の話をしたらルルちゃんの顔がそんな真っ赤になるのさ?……まさか、手前ぇ。この討伐前に口説いたのか?!」
「阿呆!んな訳あるか!こいつが妙な妄想を暴走させただけだ!」
流石の剣士の踏み込みの速さでトートの頭を引っ叩いたガーランドが、ルルに再度尋ねた。
「で?知合いは?」
「……い、いません。私、本当にこっちのギルドに移動して来たばかりなんです。……ガーランドさん達しか、私……」
知合いの居ない心細さを初めて実感した様に、ルルの声が頼りなく揺れた。それを聞いたトートがバツの悪い思いで慰めの言葉を掛けるより先に、ガーランドが少し離れた魔導灯の向こうに解決の手を見付けて動き出した。
「……待ってろ」
「「え」」
慰めの言葉を掛けて貰うどころか置いていかれたルルと、気不味い空気の中で見捨てられた様なトートの声が揃うが、ガーランドは振り返りもせずに歩いていった。
「ケイ、ちょっと良いか?」
「あら、ランディちゃん!ついにワタシ達と組んでくれるの?」
ガーランドが話しかけたのは、同年代の爽やかなタレ目の人物だった。口調は可愛らしいのに、声はしっかり男性のものだった。赤毛も綺麗に後頭部で纏め、こちらも可愛らしい組紐を複雑に結んである。
「いや、そうじゃない。……面倒を一晩見てやって欲しい奴がいる。連れも居ないのに馬車で眠りこける様な奴で、若い女なのに俺とトートの間に危機感無く腰を下ろす。流石に危なっかしい」
「ま!それは危ないわぁ。どんな子なの?ワタシを怖がらなければイイんだけれど……」
説法よりも実際の体験だと思い、ガーランドは片腕を上げて、先程の場所から此方を見ているルルを呼び寄せた。
理由のわからないまま、小首を傾げはしたものの、素直に小走りでやって来るルルを親指で示して、ガーランドはケイに溜息を吐いてみせた。
「こうやって俺みたいなのにも直に懐きやがる。まるで生まれたての雛だ」
「酷いです。私だって近寄って駄目な人は分かってますよ!ガーランドさんこそお人好しが過ぎて、変な女性に騙されないか心配ですぅー!」
「あらぁ~。まぁまぁ!中々言うじゃない」
パチン!と両手を叩いたケイに、ルルが向き直って笑顔で挨拶をした。
「初めまして、ルルって呼んで下さい。えっと……ガーランドさんのお知り合いなんですよね。なんてお呼びしたらいいですか?」
「ケイオスよ。ケイって呼んでね、ルルちゃん。ところでルルちゃんは……何歳くらいなのかしら?」
「二十二歳になりました!……私、十代の頃は魔力過多症で保養所しか知らなかったので、中身が幼いって良く言われるんです」
男二人が気を使って聞かなかった事を、笑顔を浮かべたままズバッとケイが切り込んだ。後から来たトートと、静かに様子を見ていたガーランドが、お互いに、ルルの内面と年齢との乖離までは気づかなかった、と視線で頷き合っていた。
少し、幼く思われる事に恥ずかしさが有るのか、片手を頬に当てて目元を赤くする姿は可愛らしいが、発言の内容は可愛く無い。
魔力過多症は、肉体的な発育に問題が無いので発見が遅れる事が稀にある。彼女も十代になった頃発見されたのか、完治まで時間が掛かったのだろう。五歳になる前に見つかれば、割と年数を掛けずに治る病である。治療として柔らかい内から魔力の器を広げれば、より多く魔力を持てる。
大概は親や周りの大人達が気付くものだ。……きちんと養育されていれば、の話だが。
「そうなの……。それじゃあ、魔法の実力は期待出来るわね!今回の討伐も期待しちゃうわ」
「はいっ!頑張ります」
少ない会話と、ガーランドとの話を元にルルの内面の問題に気付いてみせたケイは、主に経験の少ない未成年や、ワケ有りな女性を纏めて面倒を見ている。「放っておけないわぁ」、等と言うが、確かに独り立ちできる様に見守れるだけの経験が有った。
「……今晩だけで構わない。天幕に入れてやってくれ」
「勿論だわ!今日は女の子も二人来ているし、朝は一緒に気合を入れて髪を整えまショ!」
ルルの中で、ガーランドとトートに加えて、『良い人』に加わったケイだが、このまま一緒に天幕に向かうのを少し躊躇したルルが、そっとガーランドの袖を引っ張った。
「ん……どうした?こいつはパーティメンバーに女がいるし、少なくとも一人で寝るより安全だろうが。」
「それは……そうなんでしょうけど、ちょっと……寂しい、ん、ですっ」
ルルの言葉にトートが口笛で冷やかし、ケイがそれはもう爛々と目を輝かせた。言われた張本人のガーランドは、思考が空回り声も出せずにルルと見つめ合った。
「……その、ちゃんと明日も会えますか?」
視線を少し彷徨わせた後の、寂しさに潤んだ上目遣いのルルに見つめられて……。
バクン、と心臓が大きく音を立てたのをガーランドは確かに感じた。
(討伐前夜だぞ、嘘だろ。……しかも中身はお子ちゃまじゃねえか!)
少し引き攣れているのを自覚しながら、片頬を上げて笑顔らしき表情をうかべ、内心でガーランドは自分に悪態を吐いた。
「討伐で生き残れりゃあ嫌でも会えるだろ。同じギルドで活動してさえいればな」
苦し紛れの応えだったが、ルルはパッと笑顔になりそのまま固まったガーランドの腕にしっかりと抱き着いて来た。
「はいっ!じゃあ明日は全力を出します!討伐が終わったら褒めて下さいね。……お休みなさい、ガーランドさん」
「……お休み」
「トートさんもお休みなさい」
「お休みぃ〜」
ガーランドが硬直しているうちに、ちゃっかりおねだりまでしてルルはケイと歩いていった。何とか返事をして見送り、二人の姿が見えなくなった途端にガーランドは力が抜けたようにしゃがみ込んだ。
ニタニタと粘着質な笑顔を浮かべていたトートが見下ろしていたが、ガーランドに気付く余裕はまるで無かった。
「かぁわいいねぇ。ダイスキなガーランドさんと明日も会いたいってさぁ〜。いつか俺も言われてぇなァ……。……おい。……おいって、何とか言えよ」
嗜虐性を満たされていたトートだか、余りの反応の無さに、小熊亭の娘に何も言えない自分の情けなさから来る苛立ちを紛れ込ませて、ガーランドの頭を小突く。
されるがままであったガーランドが、間を置いてからボソリと何かを言ったので、トートは聞き返した。
「……ってんだよ……った……」
「あ?なんだ?いい歳こいたおっさんが美人に甘えられてビビった訳でもねぇだ、ろっ!」
急に立ち上がったガーランドに、やり返されるかと身構えたトートだが、すっかり暗くなった空に響き渡ったガーランドの特大の叫びに、咳込むまで笑う事になった。
「胸を押しつけるんじゃねぇってんだよ!!勃っただろうが!」
その夜、男はギルド職員に厳重注意を受けた。
そりゃあ討伐前の緊迫した状況で忙しいのに、大声で下ネタぶっ放したら怒られるよね。そもそも大声は危険だよね。




