可視
――ッったく……。
弁護士は憤慨しながら警察署に入る。
受付で主任刑事を呼び出しながら昨夜見た取調べ映像を思い返す。
依頼人と三人の刑事。
簡素な机を挟んで向かい合う顔馴染みの主任刑事が荒々しい口調で依頼人を尋問していた。
更にはその周りを檻の中の熊のようにうろうろしていた刑事が時折机を激しく叩いて威嚇。
そしてもうひとりの刑事は部屋の隅に立ち、依頼人に冷たい視線を送っていた。
取調べの可視化が始まったといっても追求は厳しい。
繰り返される恫喝に依頼人が供述を始めるまでそれほど時間は掛からなかった。
問題はその後だった。
本件と類似する未解決事件に話が及ぶと、急に部屋の隅にいた刑事がすうッと依頼人に近づき首元に両手を伸ばした。
と、同時に事態を隠蔽するように初老の男――恐らくは刑事――がカメラと依頼人の間に割って入った。
わずかな時間ではあったがその男が画面から消えると、依頼人に近づこうとした刑事の姿も画面になく、酷く咳き込む依頼人の姿があった。
この直後から依頼人は未解決事件についても供述し始めた。
――こんなものは認められない。
別件捜査に人権無視の過剰な取調べ。それ以上に暴力行為を組織的に隠蔽するかのような行動に苛立ちを覚えずにはいられなかった。
どうも、と主任刑事が現れた。
弁護士は大袈裟にため息をついてみせる。
「依頼人の首を絞めるとはどういうことだね」
「首を絞める?」
「とぼけてもらっては困るよ。確かに君たちの機敏な行動によって首に手を掛けたシーンは記録されていないがね、依頼人が激しく咳き込んでいた様子をもってすれば、首を絞めたのは明白だ」
「ちょっと待ってください」
刑事は首を捻る。
「確かに一度激しく咳き込んだことは覚えていますが、私や部下が首を絞めた事実なんてありませんし、私どもも映像を確認しましたがそんな場面はなかったはずです」
「しかしだねェ、私は見たんだよ、はっきりと……。君がどう言おうとこの件については追求させてもらうよ」
「実際にそういうことがあったならそれも仕方がありませんが……しかし、おかしいですねェ」
あれほどはっきりと映っていたのにとぼけるつもりか、と弁護士は思ったが、それにしては刑事が落ちついているのが気になった。
――このまま押し問答を続けても仕方あるまい。
弁護士は映像を見ればはっきりする、と刑事に一緒に映像を確認することを望んだ。刑事もそれを承知した。
「この男だ」
弁護士が画面を指差すと、刑事は画面を食い入るように覗き込んだ。
弁護士は問題の場面まで早送りする。
「この後だよ」
壁際の刑事が依頼人に近づき首に手を伸ばす。と、同時に初老の男がカメラと被疑者の間に割って入る。そして依頼人が激しく咳き込む姿。
何度見たって同じだ。
「どうだね、君は目を瞑るつもりなのかね」
弁護士の問いに刑事は目を見開いたまま微動だにしなかった。
「君ィ!」
弁護士が声を荒げると、刑事は曇らせた表情を弁護士に向けた。
「信じられません……」
「なにが信じられンのだよ。君は居合わせていたんだ。寝ていたようには見えないがね」
「仰りたいことはわかります。ただ……」
「ただ、なんだね」
と、弁護士が言うと、刑事は少々お待ちを、とだけ言って部屋を出て行った。
刑事はすぐに部屋に戻ってきた。手にファイルを持っている。
「これを見てください」
弁護士はなんだね、と言ってファイルを受け取った。表紙には事件名が書いてある。
「あなたの依頼人が自分の犯行だと認めた未解決事件だったファイルです。被害者の写真をご覧になってください」
弁護士は妙な胸騒ぎを覚えながらファイルを開いた。そして――。
「これは……」
弁護士は血の気がひくのがわかった。
「信じられないかもしれませんが、取調べにあたったのは映像には映らない位置にいた記録員を除くと私ともう一人だけなんです」
「ばかな……」
「それに……。カメラに割り込んできた初老の男ですが、まったく不可思議としかいえないですが、あなたは怒りで気づかなかったようですね。あの男は恐らく、我々にとってもあなた方弁護士にとっても苦い思いを拭えない先日無罪を訴え続けたまま獄中死したあの元死刑囚――」
ホラーとしては扱いたくなかったので。