婚約破棄?誰の妹に言っている。〜お兄様は最強魔塔主ですが聞いていません〜
魔塔の秘密主義にはうんざりだ。
魔塔主の正体は誰にも悟られてはならない?そんなふざけた慣例は僕の代でなくしてやる。
「オリヴィエ・エンター。貴様との婚約に意味はない。ここで破棄させてもらおう」
耳障りな声が響く。カルハンは壇上で高らかに宣言した声を主を睨んだ。
――老害達が決めた慣習を律儀に守っていなければ、僕の妹がこんなに侮辱される事はなかったはずだ。
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カルハン・エンターは没落寸前の子爵家の長男として産まれた。経営に才のない父親と、浪費の激しい後妻。借金は増え続け、不仲な両親との暮らしは辛いものだった。5歳下の妹と、両親の顔色を伺いながら過ごしていた。
とうとうたった2人の使用人の給料すら払えなくなった月に、カルハンは魔塔に売られた。
今の時代、魔力持ちは珍しい。昔はたくさんいたという魔法使いは、今ではほんの一握りだ。
魔塔に属する者は家門から籍が抜かれるが、その変わりに、家族に高い譲渡金が支払われる。
エンター子爵と子爵夫人は、嬉々としてカルハンを魔塔に差し出した。カルハンが10歳の時だった。
それから12年。死に物狂いに努力した。もともとの魔力値もカルハンは高かった。功績を残せば、名誉爵が貰える。そうすれば実家から助ける事が出来るはずだ。子爵家に残して来た妹と、首都を出ることが出来れば。
18歳の時、名誉爵を賜るためにドラゴンを討伐した。
カルハンにとってそこまで難しい事ではなかったが、功績を認められ子爵位を賜った。
19歳の時、隣の帝国から依頼を受けて、またドラゴンを討伐した。爵位が伯爵に上がった。
20歳になる年、少々強引に前魔塔主に引退してもらい、最年少の魔塔主になった。
妹が成人するまでに間に合わせたかった。成人すれば、父は迷うことなく妹を有力貴族と政略結婚をさせるだろう。
魔塔主になって1年。魔塔のほぼ全てを管理出来るようになった頃に、カルハンは妹の元へ急いだ。
それが、――今日だ。
(大丈夫か?変じゃないか?)
カルハンは一度自分の姿を確認した。
妹のオリヴィエと会うのは10年ぶりだ。魔塔の見習い期間は外部との連絡を禁じられる。手紙のやり取りすら許されなかった。3年の見習い期間が終わり、カルハンはすぐにオリヴィエに手紙を書いた。
『辛いことがあったら、お兄ちゃんに連絡しろ』
少しして返ってきた返事を、カルハンは飛び上がりながら読んだ。
『ありがとう。お兄様と久しぶりに連絡が取れて嬉しいです。オリヴィエは元気でやっています』
それが嘘なのは分かっていた。従属させた鴉の魔獣をエンター家にたびたび偵察に向かわせていたからだ。
鴉の目を通して見る度に、オリヴィエは寝る間も惜しんで内食をし、家事もしていた。服もボロボロだ。
カルハンは魔塔から出る給金をエンター家に送った。だがやはりオリヴィエまで届かない。服を送っても、装飾品を送っても、オリヴィエに行かずに両親によって使われていく。
カルハンは一度諦めて、帝都の銀行にオリヴィエ専用の口座を作りそこに貯め始めた。いつか渡せるようにと。
オリヴィエとの手紙のやり取りはずっと続けている。最初は遠慮していたオリヴィエも、今ではだいぶ打ち解け色々相談してくれるようになった。
――それなのに。
(婚約などと、聞いていないぞ)
カルハンはオリヴィエの貴族院卒業に合わせて会いに来た。この日は卒業パーティーの最中だったはずだ。
にも関わらず、なんだこの雰囲気は?祝いのムードなど欠片も感じず、皆がオリヴィエと対峙している婚約者とやらを好奇の目で見ていた。
耳障りな声で婚約破棄を宣言した男を睨み、出て行った方がいいかと悩む。
カルハンは魔塔に籠もっているものの、グレイム伯爵として社交界にも顔を出している。
(あの赤い髪と赤い目はドーラン侯爵家の者か?確かオリヴィエと同じ年の次男がいたな)
オリヴィエが口を開いた。
「アーノルド様、説明してくださいませ。何故···」
「何故だと?我が侯爵家に支援を受けている分際で、えらそうに。憐れんだ父上が一年前に私と貴様の婚約を決めたが、私はずっと不満だった!」
アーノルドと呼ばれた男は、オリヴィエの言葉を遮り、押さえつけるように声を張り上げた。
カルハンのこめかみが痙攣する。湧き上がる怒りを、血が滲むほど拳を握りしめることでなんとか抑えた。
(今は出ていけないな。ドーラン家の次男を殺してしまう。オリヴィエ···)
オリヴィエの様子次第ではドーランの次男など息の根を止めても構わない。
しかし意に反してオリヴィエは震えてすらいなかった。むしろ意思の強さを持った瞳がキラリと魅力的に輝いている。
オリヴィエは大人しい女の子だ。自分の色素の薄い銀髪とは相反した深い藍色の髪を持ち、知性に溢れた紫暗の瞳を持っている。
「アーノルド様。婚約を破棄したいのでしたら、明確な理由を仰ってください。気に入らないと言われましても、私達の婚約は王命でごさいます。簡単に破棄出来るものではありません」
周りで耳を立てていた生徒達も違和感にざわついた。
オリヴィエ・エンターは、こんなに物事をはっきりと言う人ではなかったからだ。
(よく言ったオリヴィエ···!)
背筋を伸ばし、凛とした声で言うオリヴィエをカルハンは脳内で褒め称えた。
(王命の婚約だと?王家が僕の素性を調べたのか。憐れに思って婚約したって何だ。欲の深いドーラン侯爵がそんな訳ないだろう。息子は自分の家の事業の事を理解していないのか?)
ドーラン侯爵家の事業には、魔塔の関与か不可欠だ。
(王家が魔塔の脅威を削ぐ為にドーラン家にもちかけたんだな)
「明確な理由だと?それは···」
口籠るアーノルドを見て、オリヴィエは目元にハンカチを当てた。
「良いのです。私の事は気にせずはっきりと仰ってください。婚約破棄を望む理由が、アーノルド様にはあるのでしょう?そうですよね?リーリア・アステラ伯爵令嬢」
「なっ?」
アーノルドが狼狽える。オリヴィエの視線の先にいる令嬢が口を開いた。
「ええ。私とアーノルド様は愛し合っています。ですから、アーノルド様とオリヴィエ様の婚約解消を望みます」
堂々と宣言した女生徒はアーノルドに駆け寄り、腕に絡みついた。
「リ、リーリア。何故出て来たんだ」
アーノルドの様子を見る限り、彼女がリーリア・アステラ伯爵令嬢なのだろう。活発そうな桃色の瞳でオリヴィエを睨んでいる。
「まぁ!婚約者がいるにも関わらず、他のご令嬢と懇意にしてらしたの?」
「侯爵家のご子息ともあろう方が、なんて軽薄な」
この国は伴侶の不貞には寛容ではない。周りの生徒たちが騒ぎ始める。
「ほう···」
アーノルドの不貞による婚約破棄ならば、王命とはいえ破棄出来るだろう。
チラリとアーノルドの後ろを見ると、真っ青な顔をしている人物がいる。金髪金眼。この国の王族の証を持つ、おそらく王太子だ。
王太子が口を開きながら、一歩前に出た。カルハンは素早く魔法陣を引き、王太子をその場に張り付けた。更に口も開かぬように魔術で縫い止める。
王太子はアーノルドの後ろでピタリと固まり、声も出ない事に気付くと、視線だけ左右に動かした。会場の二階席に視線を移すと目を見開く。カルハンの姿を捉えると、ため息を吐き諦めたように下を向いた。
(はは。王太子は賢いんだな。だがドーランの愚息に婚約の意味を伝えきれなかったことが間違いだ。それとも伝えずとも気付く事を期待したのか?まあどちらにせよ、もう遅い)
アーノルドの後ろで不自然に固まった王太子を見て、オリヴィエも振り向いた。カルハンと目が合うと、花が咲くように微笑んだ。
その微笑みにはカルハンだけでなく、その場を見合わせた生徒たちも驚いた。生徒たちの反応で、どれだけオリヴィエが普段微笑わないか分かる。
カルハンは二階席からふわりと飛び、オリヴィエの前に降りた。
「オリヴィエ、僕が分かるのか?」
「もちろんです。顔も髪色も瞳の色も、覚えておりますので」
カルハンは久しぶりに感じる高揚を抑えるのに苦労した。
改めて見ると、当たり前の事だが、6歳のオリヴィエと目の前の16歳のオリヴィエを見るとどう接して良いか躊躇う。
カルハンは社交の時に使う淑女に対する挨拶をした。手にキスをする。
「オリヴィエ。会いたかったよ。僕の愛する妹」
普段どうでもいい令嬢達にする時とは違い、胸に満足感が広がった。顔を上げるとオリヴィエの顔が赤くなっている。
「わ、私も会いたかったです。お兄様」
慌てながら言うオリヴィエに、思わず顔が綻ぶ。
「だ、だれだお前!」
耳障りな声もオリヴィエが近くにいるからか、それ程気に障らない。つい、と冷めた視線を向けた。
「はじめまして。妹の、元婚約者殿?僕はカルハン・グレイム。魔塔主だ」
アーノルドは嘲笑した。
「魔塔主?ふざけた奴だ。魔塔主はアイビー・レビウム。黒髪の女性だろう!謀ろうとしても無駄だ。私はドーラン侯爵家の次男だぞ。魔塔主にお会いした事もある。そこらの貴族と一緒にするな!」
「はははっ」
つい嗤ってしまった。
(何だ。魔塔主を降りたら用無しになるのか?すぐに情報を売った奴がいるとは。まぁ売られた所で師匠は気にしないだろうが)
「不敬な奴だ。衛兵、何してる?怪しい奴を拘束しろ!」
アーノルドが叫ぶと、近くに居た騎士が剣の柄を握った。カルハンは手をかざすと、騎士たちの腕に魔法陣が浮かぶ。バチバチっと火花が弾けると、口を縫い付けられていた王太子が叫んだ。
「魔塔主!彼らに非はない!やめろ」
カルハンは王太子を一瞥した。
(ふん。僕の拘束を解くとは)
騎士達の腕を吹き飛ばそうとしたが、止めた。王太子に止められたからではない。
「心配するな。オリヴィエに血がついたら困る」
騎士たちは腕が固まったかのように動かない。
「さて、ドーランの次男。帰って魔塔の主が代替わりをした事を父親に伝えろ。新しい魔塔主はドーランに魔石を卸さないとも」
「なっ――うっ!」
何か言いかけたアーノルドの口を封じる。
「口は開くな。お前の声は耳障りなんだ」
オリヴィエは力強くアーノルドを見据えていたが、肩が少し震えていた。
(頑張ったんだな)
「行こう。オリヴィエ」
着ていた深緑のローブをオリヴィエに優しくかける。肩に手を起き出口に促す。
会場の扉前で止まり、カルハンは一度振り向いた。
「王太子殿下。貴方に言っても仕方ないが····王国は妹を利用しようとした事を後悔するでしょう。魔塔はどの国にも属していないことをお忘れなきよう」
カルハンは声に魔力を混ぜた。
威圧と脅威を感じて王太子は青ざめる。それでもしっかりとカルハンを見て言った。
「分かった。過ちを認めるよう陛下に進言しよう」
会場の重たい扉は無人で開き、カルハンとオリヴィエが通るとまた閉まった。静まり返った会場で、アーノルドはがくりと膝を付いた。
❉❉❉❉❉❉
停めておいた馬車に乗り、カルハンとオリヴィエは向き合って座っていた。
カルハンは頭をがしがしと掻き、目線を下に向けたまま言った。
「オリヴィエ。遅くなってすまない。婚約の事も知らなかった。お前に無駄に心労をかけた」
「いいえ。お兄様が魔塔の主になられた事を知っていましたので、利用されないよう破棄出来て良かったです」
カルハンは驚いてオリヴィエを見た。
「えっ。知っていたのか?どうやって····」
オリヴィエは微笑んでいる。深い紫色の瞳が魅惑的な輝きを放つ。
(笑って誤魔化している?)
カルハンはオリヴィエがただ大人しい娘ではないことを感じていたが、ここまで謎めいているとは思わなかった。もしや自分の助けなど要らなかったのでは。
「ふっ」
(まぁいいか。僕の妹が普通な訳がないよな)
オリヴィエはそれ以上追求されない事が分かると、窓の外に目を向けた。
「ところでお兄様、どこへ向かっているのですか?エンター家?」
「魔塔だ。エンター家からは籍を抜けろ。お前があの家の負債を負う必要はない」
「魔塔···ですか」
「嫌か?王都にある僕の邸でもいい。エンター家を抜けてグレイムを名乗れるようにしよう。僕の妹なのだから」
「あ、それは嫌です」
「そうか····えっ」
カルハンはオリヴィエを二度見した。
(え?嫌?)
聞き間違いだろうか。
「グレイムを名乗るのが嫌か?あっ、そういえば先月もう一匹ドラゴンを討伐したから、爵位が侯爵に上がったぞ」
カルハンは慌てて言った。
「遠慮します」
オリヴィエの返事にカルハンは愕然とした。
(な、なんだって····)
ショックすぎて泣きそうだ。
真っ白になっているカルハンに、オリヴィエは言った。
「グレイムは他の方法で名乗ります。お兄様とは別の形で家族になりたいのです」
カルハンは「家族」という言葉に少しだけ気力が戻った。
「どういう意味だ?」
オリヴィエはまた微笑っている。
それを見たカルハンは諦めた。
(なるほど。答えたくない事は笑顔で誤魔化すのだな)
「まあいい。いずれ家族になってくれるなら」
(少し遠出してもう一匹ドラゴンを探すか?)
公爵まで上がればオリヴィエも考えを改めるかもしれない。
ふとオリヴィエを見ると、まだ微笑んでいる。先ほどの誤魔化す微笑みとは違い、柔らかい笑みだ。
カルハンの心臓が跳ねた。
(なんだ?)
オリヴィエが口を開く。小さな愛らしい口が動くたび、カルハンに感じた事のない渇きが生まれた。手を伸ばして触れてもいいものか。
「魔塔には行きます」
カルハンは我に返って手を引っ込めた。
「え?ああ」
呆けた返事を返す。
「お兄様と一緒に居たいので」
その言葉が嬉しくて、思わず下を向いてしまった。
しかしやっと顔を見れると言うのに、下を向くのはもったいない。カルハンが顔を上げると、思ったよりずっと近くにオリヴィエの顔があった。
「お兄様、迎えに来てくれてありがとうございます」
オリヴィエはそう言うと、カルハンの頬にキスをした。口に近い場所だったが、頬だ。
固まったままカルハンは言った。
「······オリヴィエ。妙齢の兄妹はこんなことをしない」
オリヴィエがまた微笑った。
「まぁ。ふふ。お兄様。小さかったから覚えていないのですか?私は母の連れ子です。お兄様の妹ではありませんよ」
目眩がする程、綺麗な笑顔で言うオリヴィエに、カルハンの考える力は失われた。
しばらくして頭を抱えて呟いた。
「だとしたら、もっとまずい···」
御者のいない、カルハンの魔力で進む馬車はしばらくウロウロして魔塔を目指した。
終わりです。
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