表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
灰色の誓い  作者: イスコ
2/2

霧の証言

薪のはぜる音だけが、静まり返った書庫に響いていた。


 リアンはミリエルを暖炉の近くに案内し、椅子をひとつ勧めた。自分はその対面に座り、じっと彼女を見つめる。


 「旅の精霊術師が、なぜこの町へ?」


 言葉にとげはなかった。ただ慎重に問いを選んだだけだった。


 ミリエルはマントを脱ぎながら、ゆっくりと頷いた。柔らかく波打つ銀髪が肩に流れ落ちる。年はリアンより少し若いかもしれない。けれどその目の奥には、長く重い旅を知る者の静けさがあった。


 「三年前、私はこの町のすぐ外にいた。西の森に精霊の反応があってね。そこで、“光”を見たの」


 リアンの指がわずかに止まった。

 火かき棒を置き、彼女を見据える。


 「……どんな光だ?」


 「青。夜の空に浮かぶ一輪の花のような、静かで……優しい光だった。すぐに消えたけれど、精霊の気配が強く残っていた。まるで、強制的に“和解”が結ばれたような痕跡だった」


 リアンは黙っていた。彼女の言葉が、胸の奥に響いていた。


 誰にも知られてはならないはずの、あの瞬間。


 「それが……なぜ私に?」


 ミリエルは懐から一冊の小さな手帳を取り出した。角が擦れて、表紙の革は色あせていた。開かれたページには、繊細な手書きの記録。そこにはこうあった。


 ---


 《第七日、夜:精霊信号と思しき青光、グリムアーク西方に出現。

 その直後、獣人勢の撤退確認。魔力反応、人間種・エルフ種の混合》


 ---


 「これは私の観察記録。あの日、森の中で一瞬感じた魔力の波は――間違いなく、“交種”のものだった」


 リアンは、拳を握ったまま動かなかった。


 「私は、あの夜“和解の印章”が使われたと思ってる。そしてそれを使えるのは、町では……あなた一人だけのはず」


 沈黙。

 長い、深い沈黙が書庫を包んだ。


 やがて、リアンが口を開いた。


 「……使ったよ」


 小さな声だった。かすれたそれは、まるで罪を認める告白のように弱々しかった。


 「じゃあ、なぜ黙っていたの?」


 その問いに、彼は少しだけ微笑んだ。笑ってはいけない場面で笑う人のように。


 「誰かを守るためだった」


 「誰を?」


 リアンは答えなかった。代わりに立ち上がり、書庫の奥へと歩いた。


 ミリエルは彼の背を追いかけるように立ち上がる。石造りの書庫は徐々に細い通路となり、やがて一枚の黒い鉄の扉に行き着いた。魔封印の紋章が、扉に刻まれている。


 「ここにあるのか、印章が?」


 リアンは頷いた。


 「証明はできない。だが、確かにあの夜、これを使った。だがその代償として、俺は“行使しなかった”ことにされた」


 ミリエルは静かに息を呑んだ。目の奥が揺れる。


 「それを命じたのは誰?」


 リアンは目を閉じた。


 「……市長。リュシア・アルメイダの父だ」


 名が出た瞬間、ミリエルの瞳が驚きに見開かれた。


 「リュシア……まさか、彼女が関係しているの?」


 リアンは何も言わなかった。ただ、目を伏せ、静かに背を向けた。


 そしてその沈黙が、何よりの肯定だった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ