DHMO
「人に魔力がない理由を知っている? 今の文明の前に、魔法文明があったけど、それはミトコンドリアに滅ぼされたのよ」
知り合いの変わり者、大馬 鹿奈子君の持論だ。そいつが言うには、細胞の中のミトコンドリアの位置に、魔法を使うためのエネルギーを作り出す細胞器官が昔はあったそうだ。
魔力を持ってして築き上げた文明だから、現代科学では解明できない建造物や、芸術が存在するんだ。ということらしい。
漫画で読んだか、映画で見たのか、夢で見たのか、色々主張が破綻していて、言い返すのも面倒でいつも聞き流していた。
そのうち、怪しい宗教のようなものにはまり、高そうなガラス瓶に入った透明な液体を売り始めた。
「水道水はとても危険なのよ。これを飲めば、破滅から免れるんだから、友達価格で特別に500円よ!」
その瓶には、[DHMO]と書いてあった。
「バカ言うな。それ、500mlも入っていないだろ? せいぜい頑張っても150円だ。俺なら安売りスーパーにでも買いに行くよ」
「スーパーに売っているわけがないじゃない!」
「そうか? まあ、価値を認めてくれる人に売ってくれ。俺は要らん」
新興宗教なのか、無限連鎖講なのか知らないが、情報弱者を騙す商売は、さぞや儲かりそうだなぁと、俺は呆れていた。
押し売りに負けて買ってしまったらしい人が、相談に来た。
「これ、なんか可哀想で1本買ったんだけど、どうしたら良いかな?」
「心配なら、沸かして使えば?」
「まあ、そうだな。中身は捨てて、瓶の代金だと思うことにしよう」
確かに、少し凝った感じのデザイン瓶の代金と思えば、500円くらい出してやれば良かったかなぁと、思い直した。
一輪挿しに使用すれば、お洒落かもしれない。
翌日、教室で売り込んでいる大馬 鹿奈子を捕まえて、聞いてみた。
「結局、それは何を売ってるんだ?」
「特別な水よ!」
容器ではなく、水を売っている自覚があるらしい。
「一酸化二水素の自覚はあったのか」
「一酸化二水素? そんな物騒な化学薬品じゃないわよ!」
何言ってるんだこいつ? と思ったが、言い方を変えてみた。
「ジハイドロゲンモノオキサイドか?」
「似てるけど、少し違うような」
「ジヒドロゲンモノオキシドか?」
「そうよ! それそれ! さすが、知っているのね!」
俺は呆れた。
「あのな、Dihydrogen Monoxideの読み方の違いだ。その瓶に書いてある、DHMOも同じ意味だし、一酸化二水素は、それの日本語だ。知らなかったのか?」
「そうだったのね。日本語表記は、なんか物騒な名前ね」
物騒? 物騒なのは、おまえの思考だ。もはやホラーだ。
「元素記号で表記すると、なんだか分かるか?」
「知らないわ」
「H2Oだ」
「え? は?」
「H2Oは分かるのか?」
「確か、水よね?」
「正解。それは、ただの水だよ」
大馬 鹿奈子が、泡を吹いて倒れた。