8話
薄暗い照明の下、カウンターに並んだグラスがカチャリと音を立てる。
俺と霧島薫は、ウィスキーのボトルを挟んで向かい合っていた。
「冬原、飲める口?」
薫さんがグラスを傾けながら、軽い口調で聞いてくる。
「まあ、そこそこ……ですかね」
俺はグラスに口をつけ、喉を焼くアルコールを感じた。最初は他愛もない話だった。
店の仕入れの愚痴、新しいメニューの案。
でも、ボトルが半分を切る頃、薫さんの声が少し低くなった。
「……ねえ、冬原。あの幼馴染ってさ、君にとって何なの?」
グラスを握ったまま、彼女がじっと俺を見る。
その瞳に、酔いの赤みが混じっていた。
「えっと……昔、好きだった子で。今は、どうなるかわからないけど……」
酒が回ってきて、言葉が少し緩む。薫さんは小さく笑った。
「ふぅん……昔ね。私、そういうの、馬鹿にしてたの。恋愛なんて、私には無駄に思えた。でもさ……」
彼女はグラスを置いて、俺に少し身を寄せてきた。
距離が縮まり、彼女の髪からほのかなシャンプーの香りが漂う。
「……君を見てると、ちょっとわかる気がする。」
「……え?」
俺の頭が、酒と彼女の言葉でぼんやりする。
「君ってさ、真面目で、不器用で……放っておけないんだよね。私、店長としてじゃなくて、ただの女として、そう思うの」
彼女の声が、かすかに震えていた。
酔ってるせいか、それとも──。
「薫さん、それって……」
俺が聞き返すと、彼女は目を細めた。
「何? ハッキリ言わなきゃわからない?」
グラスを手に持ったまま、彼女の指が俺の手の甲に触れた。
冷たい指先が、熱い何かを持って俺に伝わる。
「……君のこと、ずっと見てたよ。あの子が現れてからも、ずっと」
その言葉に、胸が締め付けられた。
玲との再会が頭をよぎる。
彼女の謝罪、大人びた横顔、照れた笑顔。
でも、今目の前にいるのは薫さんで──。
「俺……玲のこと、まだ整理できてなくて。でも、薫さんにはいつも助けられてて……」
酒のせいで、言葉が勝手に出てくる。薫さんは一瞬目を伏せ、苦笑した。
「……そっか。なら、私じゃ勝てないね。あの子には、君の過去があるもん」
「そんなんじゃないです。ただ……俺、どうしたいのか、自分でもわかんなくて」
彼女はグラスを一気に飲み干し、カウンターに置いた。
「……だったら、今夜くらい、私に預けてみたら?」
その声が、低く響いた。
バーを出た頃には、終電がなくなっていた。
冷たい夜風の中、俺はフラフラと薫さんの後をついて歩く。
「冬原、終電ないよ。どうする?」
彼女が振り返って、軽く笑う。
「……うーん、タクシーでも……」
頭が重くて、言葉がうまく出ない。
「よかったら……うち、来る? 別に何もしないから」
薫さんがさらりと提案してきた。
「……え? いいんですか?」
酔いで判断が鈍り、俺はぼんやり頷く。彼女の部屋は、店から歩いて数分のマンションだった。
シンプルで整った部屋。
ソファに座った瞬間、意識がふわっと遠くなる。
「水、持ってくるね」
薫さんがキッチンに立つ声が、遠くに聞こえた。
俺はソファに沈み込み、目を閉じる。
頭が回らない。
酒と疲れと、彼女の言葉が混ざり合って──。
──目覚めたハヤトが目を開けたとき、柔らかいベッドの中にいた。
体に何もまとっていないことに気づき、心臓が跳ねる。
「……え?」
慌てて周りを見ると、隣には、同じく裸の薫さんがいた。白いシーツを胸元まで引き寄せながら、穏やかに微笑んでいる。
「……おはよう。よく眠れた?」
彼女の声が、静かに響く。
「……おはようございます」
頭が混乱する。
記憶が曖昧だ。
バーの会話、彼女の部屋、水を飲んだことまでは覚えてる。
でも、その後が──。
熱い肌と彼女の喘ぎ声が断片的に浮かぶが、何もはっきりしない。
「冬原って見かけによらず激しいのね」
彼女は小さく笑って、俺の髪を軽く撫でた。
その顔は幸福感に満ち、目を細めた表情が艶っぽい。でも、何もはっきりしない。俺はただ、彼女の微笑みを見つめたまま、答えられなかった。
※ノクターンノベルズで薫とのセッ◯スシーン投稿してます