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10話

(※夏木玲視点)


昼過ぎ、私は紙袋を抱えてカフェの扉を開けた。

 ドアベルの音が鳴ると、自然と胸が高鳴る。


「こんにちは。……また来ちゃった」


 ハヤトがカウンターから顔を上げた。

 その目が私を見つけ、少しだけ笑った。その一瞬で、喉が詰まりそうになる。


「玲。いらっしゃい。……その袋は?」


「手作りマフィン。あんた、甘いの好きだったでしょ? ……よかったら、後で食べて」


 ハヤトの表情が、ほんの少しだけ揺れる。


「ありがとう。……嬉しいよ」


 その笑顔に、胸がきゅっとなる。

 昔と同じようで、でも違う。今のハヤトは、私だけのものじゃなくなった──そう思うと、焦りが滲む。


(……でも、まだ間に合う)


 そんな自分を奮い立たせるように、私は軽く笑って言葉を続けた。


「ねえ、今度さ……飲みに行かない? あんたに会いたがってる友達もいるし。」


 軽く言ったつもりだった。でも、声が少し震えていた。ハヤトの返事を待つ間の数秒が、やけに長く感じる。


 彼は視線を少し逸らしてから──


「……時間が合えば」


 そう、曖昧に返した。


(……よし)


 だけど、それで十分だった。

 “断らなかった”という事実だけで、私の中に確かな手応えが残る。

 


(※冬原ハヤト視点)


 仕事終わり、店の裏で後片付けをしていると、ふとした違和感に気づいた。


 ロッカーが、少しだけ開いている。


(……閉め忘れたっけ?)


 中には、昼間もらったマフィンの紙袋。  手を伸ばすと、ほのかに香水の匂いが移っていた。


 そのとき、背後から気配がした。


 振り向くと、薫さんが静かに立っていた。


「帰る準備? ……お疲れさま」


「はい……すみません、少しだけ片付けてから──」


「ううん、大丈夫。……それ、幼馴染の子からの?」


 一瞬、言葉が詰まる。


「……ああ、はい。差し入れ、だそうです」


 薫さんは、微笑んだ。


 ──だけど、その笑みに、何かが混じっていた。


「ふふ。……いい匂い。彼女、料理上手なのね」


 そのまま彼女は、そっとカウンターの裏に戻っていった。


 俺は動けずに、ただ、その背中を見つめていた。



(※霧島薫視点)


 閉店後のバックヤード。


 私はハヤトのロッカーの前に立っていた。  ……もう、あの子は帰った。


 ロッカーをそっと開ける。


 中にあった制服に指を滑らせ、そっと顔をうずめた。

 微かに汗と柔軟剤の香り。彼の匂い。


 ──あの夜、彼の身体に触れたときの記憶が、ありありと蘇る。

 大きな手。熱。優しさ。


 でも彼は、「昨日のことは忘れましょう」と言った。

 なかったことにしようとした。


 ──それでも、私の中には、まだ“彼”が残っている。


 気づけば、制服を握る指先に力が入っていた。

彼の匂いを逃さないように、しがみつくように抱きしめる。


 お腹の奥から、熱いものがじわじわと滲んでくる。彼の制服に顔をうずめたまま、気づけば自分の指先がスカートの内側へと滑り込んでいた。

自分が何をしているのか、理性では分かっていた。──でも、止まれなかった。


この気持ちを、彼は知らない。

それがたまらなく、寂しくて──悔しかった。


 私は息を殺して、静かに目を閉じた。


 せめてこの時間だけは、彼が“私のもの”であってほしいと願いながら

※ノクターンノベルズでこの後の薫の行為を投稿してます

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