第9話 その日は朝から土砂降りの雨だった
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12月18日 水曜日
遠藤が学校に来なくなって7日目。
今日は朝から土砂降りの雨だった。
でも、この憂鬱な気分の原因は、雨ではなかった。
「おはよう吉住さん」
「ひゃう!………あ、藤原君、えと、……………おはよ……………」
おとといの音楽室の一件以降、様子がおかしくなった吉住さんだったけど、昨日から更に酷くなっていた。
「雨すごかったよね」
「…………」
「吉住さん?」
「えっ!?……………………う、うん、………そだね…………」
「顔色悪くない?大丈夫?」
「あ…………えと、その、だ、大丈夫、でござる」
ござる?
更にヘンテコになっていた。
それになんか冷たい。
美咲、お前吉住さんに何言ったの?
真鍋さんも、ことあるごとにすごい勢いで睨んでくるから、怖くて話せてないし。
しかもクラス中の女の子が、まるで生ゴミでも見るかのような辛辣な目で見てくるし。
いったいなんなの?
もう泣きそうなんですけど。
僕なんか悪いことしたかな。
「モテモテだな藤原」
ケンヤがにんまりとした笑顔で言ってきた。
「は………はは…………」
ちくしょう、どこがモテモテだ。
ニューギニアの珍獣だと言われても僕は否定しないぞ。
少なくとも、ヘンテコな態度で冷たくされたり、無言で睨まれたり、生ゴミを見る目で見られることじゃないと思うんだ。
その日の朝はだいたいこんな感じだった。
いろいろ問題だらけだったけど、それまでの出来事を全部忘れてしまうようなあんなことが起こったのは、午後の授業が始まったときだった。
2
「何アレ」
最初に声を上げたのは木下さんだった。
木下さんは、5限目の数学の授業がもう始まってるというのに、立ち上がって窓の方を見ていた。
僕もつられて窓の方を見た。
「!?」
何アレ。
僕も木下さんと同じ感想だった。
きっとそれを見たクラス全員がだいたい同じ感想だったに違いない。
窓の外にすごく大きな2つの目があった。
鳥?カラス?
色は黒かった。
でも僕の知ってるカラスはこんなに大きくない。
くちばしだけでも何メートルあるんだろう。
いつの間にそこに現れたのか、バカでかい黒い鳥が土砂降りの雨の中、校庭から僕たちの教室を見下ろしていた。
えと、ここ2階ですよね。
ボオォオオオオオオオ!
黒い鳥が雄たけびをあげた。
お前らカーやアホーじゃなかったのかよ。
窓は閉まってるのにこの轟音。
クラスのみんなが悲鳴をあげた。
「なにあれなにあれ藤原君!」
吉住さんが僕にしがみついて後ろに隠れる。
いや、隠れられても困るんですけど。
「すっげえ怪獣だ!」
クラスの誰かが叫んだ。
叫んだそいつはスマホを取り出して撮影をはじめた。
やってる場合か!
ほか何人かもスマホを取り出してカメラを向けていた。
いや、シャッターチャンスかもしれないけどさ。
黒い鳥がくちばしの先で、僕たちの教室の窓をごんごんと叩き始めた。
えー!なんでピンポイントでこの教室を!?
悲鳴を上げていち早く教室から逃げ出す者。
その場で立ちすくんでいる者。
うずくまって泣き出している者。
スマホを向けて撮影を続けている者。
もう授業どころではなくなっていた。
3
僕は吉住さんを後ろにかばったままその場に立ちすくんでしまっていた。
ガシャンと音がして教室の窓が割られた。
「ぎゃ!」
スマホで撮影してた奴が飛び散ってきたガラスの破片を被って悲鳴を上げた。
そら見たことか。
怪我してなきゃいいけど。
「藤原逃げようぜ!」
ケンヤはそう言って教室を出ていった。
「吉住さん、逃げよう!」
僕がそう言うと、吉住さんは青ざめた顔で、何も言わずにコクコクと頷いた。
僕たちが教室を出ようとしたとき、真鍋さんがうずくまって泣いてるのが見えた。
「何やってんの!君も逃げよう!」
「ふえ……」
泣いてる真鍋さんの返事を待たず、僕は真鍋さんの手を掴んで無理やり立ち上がらせた。
「痛い!」
「あっ、ごめん。行こう吉住さん!」
僕はまた真鍋さんの返事を待たず、左手で吉住さんの、右手で真鍋さんの手を握って教室を出た。
ボォオオオオオオオオオオ!
また雄叫びが聞こえた。
次の瞬間、突風が校舎内に巻き起こる。
同時にあちこちでガラスの割れる音と悲鳴が聞こえた。
まるで怪獣映画だ。
なんだこれ、どうしてこうなった。
僕がそう思った時、
『あの生命体の体内に、別の子の反応を検知しました』
玉の声が聞こえた。
「え?」
声に出てた。
「藤原君?」
吉住さんが訝しげな面持ちで僕の顔を覗き込んできた。
「ああ、うん、とりあえず玄関まで行こう」
えー?アレ玉のせいなの?
「藤原君……藤原君だ………」
「真鍋さん?」
「藤原君だ藤原君だ藤原君だ!」
唐突に真鍋さんがずいっと寄ってきて胸が当たった。
うっ、特盛!?
「あの、真鍋さん?」
「藤原君だー!」
あれだけ僕を睨んでいた真鍋さんだったのに。
なんなんですかこれは?
「真鍋さん、今そういうのいいから!」
いつも物静かな吉住さんが声を荒げた。
はっとして気付く。
突風が止んでいた。行くなら今だ。
「行こう」
4
玄関に着くと、すごい人だかりができていた。
ズゥウン とどこからか地響きが聞こえたかと思うと突風が玄関から入ってきた。
ボォオオオオオオオオ!
雄叫びが聞こえた。
たまらず耳を防ぐ。
「藤原君………」
吉住さんが僕の制服の襟を握ってきた。
この子は僕が守らなきゃ。
「藤原くーん」
後ろから真鍋さんに抱きつかれた。
うっ、やっぱり大きくて柔らかい。
この柔らかさも守らなきゃ。
いやそうじゃなくて。
一気にいろいろ起って頭の混乱が止まらない。
そ、そうだ玉なら。玉なら何とか……。
僕がそう思った時、
『あの生命体は、別の子を体内に取り込んでおり、オーナーとして認識されている為、同朋への処理は無効化されます』
え?つまりどういうこと?
『どうするかは、あなたに任せます』
「またかよ」
声に出てた。
「藤原君?」
「あ、いやなんでもないです」
吉住さんが眉にシワを寄せて僕を見ている。
なんでもなくないよね。
そんな顔しないで吉住さん。
まさか思ってるだけでも会話って可能なのかな。なんて。
『処理の起動条件はオーナーが強く希望した意思であり、それに基づいて最適解を処理します』
このやろう、いつになくお喋りじゃねえか、こんちくしょう。
お前らってなんなの?何者?
『……………』
玉は何も答えない。
ダメだこりゃ。
っていうか、あんなの任されても困るんですけど。
どうみてもウルト◯マン案件ですよね。
……ウルト◯マン?
「体育館だ!お前ら体育館に行け!」
人だかりの向こうから担任が叫んでいた。
幾人かは担任の指示に従って体育館のほうに移動を始めたが、大半は立ち止まったままだった。
「そっか、ウルト◯マンだ……」
「は?」
声に出てた。
吉住さんが今まで見たことない表情で僕を見ている。
やめてそんな目で見ないで、恥ずかしい。
「僕ちょっと行くところがあるから!」
「あっ!藤原君!」
わざとらしくはあったが時間もかけてられない。
被害者だって出るかもしれない。
僕は吉住さん達と別れて、人混みをかき分けて進んだ。
あの鳥が玉の影響で大きくなったのだとしたら僕だって。
5
僕は人がいなくなった教室に忍込んで、窓から外に出た。
よし、やってみるか。
でもホントにできるのかな。
「ねえお願いできるかな?」
僕はピンク色の玉に言ってみた。
『オーナーの意思に従い、人体の再構築を実行します。不足分は周囲の物質を代用します』
やっぱり言ってる内容がいちいち怖い。
玉は虹色に輝いて、僕の身体はどんどん大きくなっていった。
見る間に僕の身体は変質して、ものの見事にウルト◯マンになっていた。
やっべー、これ絶対怒られるやつだ。
でも、すっげーホントにウルト◯マンになってるし。
右手の中指のシワの隙間にかすかに虹色の玉の光が見えた。
落とさないようにしないと。
誰かが叫んだ。
「あ、ウルト◯マンだ!」
ちゃんと聞こえた。
ウルト◯マンも聞こえていたのかな。
ってアレは特撮だっての。
よし、やったったんぞ!
僕が昔、雑誌で見たファイティングポーズを取った矢先、
ボォオオオオオ!
黒い鳥が雄叫びを上げて、こっちに向かって飛び上がった。
すると次の瞬間、
ブッ
でかい音がして校庭に排泄物がボタッと落ちた。
鳥は飛び立つ時、身体を軽くするためなのか排泄する生き物であることは知っていたが、大きくなってもするんですね。
来るか!?
いよいよ格闘戦かと思ったら、見る間に黒い鳥が小さくなっていった。
は?
ものの数秒で、バカでかかった黒い鳥は小さなカラスになって、ウルト◯マンになった僕の周りを飛んでいた。
えーと。
『対象が別の子を廃棄した為、処理が終了しました』
え?何これ、終わり?解決したの?
「ウルト◯マーン!」
誰かがそう叫んでいた。
見るとスマホで撮影してる奴もチラホラ見えた。
「アホー」
カラスの鳴き声が胸にしみる。
やだ、ちょっと待って、
僕すごく恥ずかしいんですけど。
6
「ウルト◯マーン!」
誰かの呼ぶ声がまた聞こえた。
どうしよう早く逃げないと!
でもどうやって?
そ、そうだ!
僕は学校の校舎の屋上に片足を乗せて、ゆっくりと重心を移動させた。
どうか校舎が潰れませんように。
そして右手の中指のシワの隙間に見える、小さな虹色の光に向かって
「あのう、元に戻りたいんですけど」
そう言うと、僕の体は次第に小さくなっていった。
よし!このまま校舎の屋上に……。
玉の効果が解除された僕は、まんまと誰もいない校舎の屋上に立っていた。
雨がひどかったためか屋上には誰もいなかった。制服もちゃんと元通りになっていた。ホントによかった。
でも、びしょ濡れ不可避だった。
僕が屋上の入り口まで行ったところで、数人が階段を駆け上がってきたのがわかった。
僕は急いで物陰に隠れた。
「あれ絶対ウルト◯マンだったよな!」
「ああ、見た!マジウルト◯マンだった!」
「俺撮ったもんねー!」
「探せ!まだ近くにいるはずだ!」
しょえー。
どうしてこんなことになってしまったのか。
責任感とか後悔とかそんなものは抜きにして、今はただただやべーって感じで、僕は2週間前のことを思い出していた。
(1/6)物語内の曜日設定が曖昧になっていたので訂正して加筆致します。大変失礼致しました。




