第7話 頑張った子にはご褒美
1
12月13日 金曜日
僕は、わりと本気であのまま学校から逃げ出そうとしたが、生じた疑問にふと足を止めた。
パンツが丸出しになってた人達って、どこにズボンやスカートを置いてんだろ。
我ながら、すごくどうでもいい疑問だと思った。
でも僕は気になってしまった。
学校のみんながパンツ丸出しになってから今の今まで、僕は一度も脱いだズボンやスカートを見ていない。
思い返すとホームルームが始まる直前まで何事もなかったし、そもそも脱ぐ時間なんてなかったはずなんだ。
それに僕が吉住さんの脱衣シーンを見過ごすはずがない。いやだって前の席だし。
みんな突然パンツ丸出しになっていた。
そうとしか思えない。
つまり
「ズボンやスカートは脱いだのではなく、消された?」
んなアホな。
地味に怖いわ。
「ちょ、なにこれ最悪なんですけど……」
「もうやだー」
見ると校舎のあちこちでパンツ丸出しの人がうずくまっていた。
中には泣いてる人もいた。
………穿くものがないんだ。
やっぱり脱いだのではなく、消されたと考えたほうが当たってるのかも。
山岸君、君何やったの!?
ひょっとしたら吉住さんもパンツ丸出しで泣いてるかもしれない!
そう思ったら居ても立ってもいられなくなってしまった。
同時にちょっと見てみたいとも思ってしまった。仕方ないよね、だって男の子だし。
『行われた処理は原子分解』
「げっ、げんし…………?」
え?なにそれ怖い。
また誰かの声が聞こえた。
2
山岸君、パンツ丸出しのために、そんな大仰なことやってたの?
声の主はあらかたもう見当がついていた。
僕は右手に持ったままになっていたピンク色の玉に聞いてみた。
「無理を言ってごめんね、その、原子分解で消えたみんなの制服って元に戻せるのかな?えと、こっちの玉がやったことだと思うんだけど」
ビー玉に相談する光景は、傍から見るとさぞや異常に見えるだろう。
でもそんなこと言ってられない。
僕は左手に持っていた山岸君から取り上げた玉をピンク色の玉に見せた。
実際取り上げたのは僕じゃないけど……。
山岸君から取り上げた玉は黒色に変化していた。
ほんとにもうカメレオンかっつーの。
『スキャン完了。原子分解で拡散した物質の特定完了。99.9%再構築可能。実行しますか?』
少しして玉から返答があった。
スキャンて………。
聞こえてくる内容がいちいち怖い。
残り0.1%はどうなるんだろう?
「ちょっと待って」
どうせなら。
「ねえ、今回の騒ぎに関わった学校中のみんなから、今朝のパンツ丸出しの記憶だけ消すことってできるかな?」
こんなくだらないことを、この先ずっと引きずって生きていくなんて不幸以外のなにものでもない。
僕はそう思った。
また少しして返答があった。
『範囲内の特定完了。地球時間でおよそ40分間の記憶の抹消になります。実行しますか?』
もうそんなに経ってたのか、
「ごめん頼むよ」
記憶の抹消………。
感情がまるでこもってない、とても怖い言葉だったけど、今はそれに頼ることにした。
『原子分解された物質の再構築、および記憶の抹消を実行します』
こんなのが玉との最初の会話になるなんて思ってもみなかった。
そしてまたバカでかい拳銃の発射音のような音があたりに響き渡った。
3
改めまして 12月13日 金曜日
遠藤が学校に来なくなって4日目。
なんやかんやあったけど、この日僕は早退しなかった。
みんなの消えたズボンやスカートのこと。それと40分間の記憶の抹消がどうなったか確認したかったからだった。
あわよくばもう1回吉住さんのパンツ丸出しの姿を拝んでおこうかな、なんて決して思ってなかった。ホントだよ。
「ていうか僕だけフツーに記憶残ってるよね」
玉は何も答えない。
山岸君のことといい、遠藤のことといい、玉のことといい、未だに何がなんだかわからないことだらけだったが、悩んだところで答えは得られそうになかったので、僕はわからないまま納得することにした。
僕の疑問は教室に戻ってすぐに結果が分かった。
いや、戻る前、校舎内を歩いているうちに分ったことだった。
昨日と変わらない今日がそこにあった。
みんな、至極フツーにズボンやスカートを穿いてたし、悲鳴をあげてる人も、うずくまって泣いてる人もいなかった。
担任の先生や、中庭で掃除してた用務員の人も、ちゃんとズボンを穿いていた。
心配していた40分間の記憶の抹消については、その間のことを誰も何も覚えてなかったので、疑問に思った人はいたかも知れないが、怖いくらい何も起こらなかった。
そして今日の帰りのホームルームが終わったあと、
「藤原君、その、今日はうちに来るの?」
吉住さんが昨日と変わらない感じで聞いてきた。
「ごめん今日はやることがあるんだ」
「そうなんだ」
吉住さんが残念そうに見えたのは僕の思い上がりだろうか。
「スーパーで買い物。母さんからいろいろ頼まれてて」
「ふうん」
「そうだ吉住さんも一緒に来る?良ければだけど」
「……うん、行く」
母さんに大量の買い物を頼まれていたのは本当のことだった。
ところでなぜ僕は吉住さんを誘ったんだろう。
僕にもよく分からなかった。
特に何も考えてなかったけど、吉住さんが快く承諾してくれたことはとても嬉しかった。
僕は吉住さんと一緒に教室を出た。
「藤原、お前やっぱり……」
ケンヤが寂しそうにこっちを見ていたが
サッカー部のミーティングがあることは知っていたし、それよりも、
そういえばあいつってブリーフ派だったっけ。
見るたびにケンヤのブリーフ姿を思い出してしまっていたので、今日一日ナチュラルにスルーしてしまっていたのだった。
べっ、別にブリーフが悪いってわけじゃないんだからね。
ケンヤすまん。週明けはフツーにするから。
4
「たくさん買うんだね」
僕と吉住さんはカートを押しながら縦に並んでスーパーの店内を歩いていた。
「ほとんど食材だけどね」
「牛肉、鶏のモモ肉にささみ、春菊に長ネギ、ブロッコリーにベーコンにじゃかいも、にんじん、木綿豆腐二丁、ほたてに子持ちししゃも、ゴマにちくわ、かまぼこにスイートコーン、あっ、薄口醤油!醤油うちと同じのだね」
「ははは」
なぜか吉住さんのテンションがいつもより高い気がした。
まるで美咲と接しているような錯覚に陥る。間違えないようにしないと。
美咲のヤツ、ここんとこ毎日吉住さんちに入り浸ってるみたいだし、吉住さんあのアホの影響を受けてないと良いけど。
「あとは玉子と……………」
買い物のために母さんから大枚を預かってたけど、こういう日に遠藤みたいな面倒な奴に絡まれなくてホントに良かった。
学校に来なくなった遠藤のことは心配だったけど、絡まれてお金を取られるなんて考えるだけでもゾッとすることだったし、もうあんなやつ学校に来なくて良いよ、と思ったり思わなかったり。
いやダメでしょ。
そんなことはおくびにも出さず、僕が吉住さんとスーパーであれこれ物色していたら
「おー、いたいた」
美咲に声をかけられた。
「あれ?美咲どうしたの?」
「へぇーふうんーほぉー、いやー、そーですか、そーですか」
美咲が僕たちを見つけるなり、ものすごい勢いでニヤニヤしている。
「なんだよ」
「べーつーにー」
気がつくと吉住さんがクスクス笑っていた。
「吉住さん?」
「ふふっ、私がね美咲ちゃんに教えたの。さっき美咲ちゃんから連絡が来てたから、2人でスーパーでお買い物してるって」
なるほど吉住さんもグルでしたか。
5
「お兄ちゃん、今日の晩ごはん何?」
美咲がカゴの中を見ながら呟くように言った。
「ん?今晩は冷え込むみたいだからシチューにするつもりだったけど、なんかリクエストある?」
「おー」
「ホタテ入れたら美味しいって聞くから試してみようかなと思って」
「……え?藤原君が作るの?」
吉住さんが口に両手を当てて、私の年収低すぎのポーズでびっくりしていた。
いやそんなに驚かれても困るんだけど。
「うちは母さんがいつも帰りが遅いから、晩ごはんはだいたい僕の役目かな」
「へぇ、そうなんだ」
「お兄ちゃん料理作るの上手だし、こうしてみたら優良物件だよね。人畜無害だし」
「おー」
吉住さんが「おー」なんて言ってる。
ヤバい、吉住さんの美咲化が進んでる?
「それにしても、こんなにたくさんジュース買うの?それに豆乳も。まだうちにあったでしょ」
「ん?ああ、ちょっと試したいことがあるんだ」
「試したいこと?」
「まあいいじゃん。ジュースは僕の小遣いで買うし。美咲は他に欲しいものある?」
「はい!冬季限定の源氏チョコパイが欲しいであります!」
「あ、それ私も好き!」
吉住さんの身長は、美咲とだいたい同じくらいで、少しだけ吉住さんのほうが高かったが、
こうしてみると本当に仲の良い姉妹に見える。
なるほど、吉住さんの「あります」はお前の影響だったか美咲。
スーパーで買い物が終わったあと、ちょっと名残惜しかったが、僕は家路につくことにした。
「じゃーね、お兄ちゃん」
美咲は吉住さんにくっついて行くことになった。
「美咲、遅くならないうちに帰るんだよ。吉住さんすみません、妹のこと頼みますね」
「はい、頼まれました」
「行こ、お姉ちゃん」
ホント言うと買い物袋がすごく重くなっていたので、美咲に手伝って欲しかったけど、とりあえず何も言わずに吉住さんと美咲を見送って僕は家路についた。
「よーし、だいたいこんなもんかな」
わりといい感じにシチューが出来上がった頃
「ただいまー」
美咲が帰ってきた。
「おかえり、晩ごはんできてるよ」
「おっ、予告通りシチューですね」
「手を洗ってうがいしておいで」
「ほーい」
こんな感じで、やたら長く感じた今日が暮れていった。
6
さてと、美咲はリビングでテレビを見てるし、やるなら今か。
僕は机の上にスーパーで買ってきたジュースをズラッと並べておいてみた。
お前は今日は頑張ったもんな。
僕は玉を取り出して味海苔の外蓋の中に置いた。さっきまでピンク色だった玉はいつの間にか透明になっていた。
ホントにカメレオンみたいな奴だな。
山岸君から取り上げた玉は、壁にかけた制服のポケットに入れてある。
近付けるとまた一体化するかもしれなかったので、距離をおいたつもりだった。
「えー、今日は豆乳以外を与えたらどうなるか実験………、じゃなかった、頑張ったご褒美としていろいろ準備してみました」
ビー玉に向かって話す僕のこの姿は絶対に人に見せられないな。
きっと恥ずかしさで死んでしまうと思うんだ。
「まずはリンゴジュースから。果汁100%です」
僕はそう呟きながらリンゴジュースを玉にかけてみた。しかし玉は透明であることを維持したままで、それ以上の変化はなかった。
ちょっと吸っているようではあったが豆乳ほどではなかった。
僕は味海苔の外蓋から玉を取り出して、蓋に残ったリンゴジュースを味海苔のカラ瓶に捨てた。
「これは、もったいないから試すのは少しずつのほうがいいかも。次は牛乳です。これなら」
僕は今度は玉に牛乳をかけてみた。
玉は、依然透明のままだった。
これはちょっと意外だった。
「ごめんな、お前牛乳苦手だったか」
さて次は………
今回試したのは全部飲めるものだった。
リンゴジュース、牛乳、オレンジジュース、ジンジャエール、サイダー、コーラ、烏龍茶、午後の紅茶、ミルクティー、コーヒー牛乳などなど。
何をかけても玉は透明を維持したままで、それ以上の変化はなかった。
成分的には同じようなものが入っていそうなものまで何をかけても反応はなかった。
最後に
「変なことに付き合わせて悪かったね」
と言いながら玉に豆乳をかけてみると、
玉が瞬く間に虹色に輝き始めた。
「やっぱりお前、豆乳が好きだったのな」
玉は何も答えない。
かわりに万華鏡みたいな光の筒で、部屋の一角を明るく照らしていた。
7
「そうだ山岸君の玉も豆乳を試してみるか」
僕がそう呟くと
突然、味海苔の外蓋に置いた玉から、細長いムチのようなものがきゅーっと伸びたかと思ったら、
一瞬で壁にかけてあった制服のポケットまで届き、きゅるきゅるという変な音とともに山岸君の玉を絡め取ってきて、味海苔の蓋の中に引きずり込んでしまった。
「ぅお!?」
僕がワンテンポ遅れてびっくりし終わる頃には
玉は ブン と音がして、どうやら一体化が終わったようだった。
や、山岸君の玉に豆乳を与えるのは嫌だったのかな?
(1/6)物語内の曜日設定が曖昧になっていたので訂正して加筆致します。大変失礼致しました。
(10/6)改行の訂正をしました。




