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第4話 初めてのお散歩

12月9日 月曜日


「あ、藤原君おはよ」

「おはよう吉住さん」


ついこの間まで、何の接点もなかった吉住さんだったけど、子猫の一件から少しずつではあるが会話する機会に恵まれ、今では吉住さんのほうから挨拶してくれるようになったのは正直嬉しい。


「美咲ちゃん、昨日もうちに来てたよ」

「へえ」


くそ、聞いてないぞ美咲。それにいつの間にかちゃん呼びに変わってるし。


「あいつ、迷惑かけてない?」

「ううん、そんなことない。美咲ちゃんすごく良い子だし。たまのこと、ちゃんとお世話してくれるし」


「子猫どんな感じ?」

「おじいちゃんがね、まだ保育器から出さないほうがいいかもって」


まさか吉住さんちのおじいちゃんが元獣医さんで、動物用保育器を完備していたとは知る由もないことだった。


余談だが、あの子猫が保育器が必要なくらい未熟児だったってことは、引き取ってもらったあとに吉住さんから聞いた話だった。


「でもね、やっぱり人肌であたためるのが、あの子も安心するみたい」

「そっか」

「みてこれ、美咲ちゃんとおばあちゃんがね、一緒にたまにミルクあげてるの」


……う、僕よりめっちゃ親しげ。負けた。


「よーフジワラ、おはようゴザイマス」


唐突に僕と吉住さんの話に割って入って来た奴がいた。

遠藤だった。


「や、やあ遠藤おはよう」


トゲが立たないような返事を返す。

吉住さんが一瞬で他人の顔になった。

ちょっと寂しい。


「わりぃフジワラちょっと来て?」

「もう予鈴がなるよ、遠藤」


僕は冷静を保つフリを続けた。


「そんなのいいから、ちょっと来いっつってんだろ」


いきなり肩をぐいっと抱かれた。

やだなあ。



あれよあれよのうちに遠藤に連れられて校舎裏まで来てしまった。

本令のチャイムが聞こえる。

……遅刻確定……皆勤賞だったのに。


「フジワラ」

「何?」


野郎と2人校舎裏。嫌すぎる。


そういえば確かこの校舎って、この間の夢騒ぎで吹っ飛んでたんだっけ。

幻の記憶が思い出されてしまう。


「あー、うん。やっぱおめーだわ。間違いねえ」

「だから何?」

「どっかで見たことあるヤローだなーって、ずーっと思ってたんだけどよ、おめーさ、俺んちの隣りにブロックぶっ込んでたろ?」

「は?」


…………あ。


「毎晩騒いでる自称Youtuberのバカが俺んちの隣りにいるんだけど、この間そいつんちの窓が、工場現場とかで使うブロックでカチ割られる騒ぎがあったんだけどよ」

「!?」


まさか


「俺見てたんだよね」


うげっ、アレを見られてた?


「何の話?」

「バックレてもだーめ、動画撮ったし」


撮られてるしー。


「なんのことだかわからんのですが」


しらばっくれを継続。もう泣きそう。


「俺よりバイオレンスなことする奴いるんだなーって、面白くてよー、ぎゃはははははははは!」

「ごめん、何のことだかわからないんだけど」


それでもしらばっくれてみた。


「んでよ、ケーサツにツーホーされたくなかったら、ほんのちょっとでいいから金貸してくんない?貸してくれるよね?」


どうやらこいつの目的はお金だったっぽい。マジ最悪。


そういえば、あの夢騒ぎでYoutuberの家が粉々に吹っ飛んでたってことは、こいつの家ももろとも木っ端微塵に吹っ飛んでたってことになってたのか。


不謹慎だけど、もったいないことをしてしまったと思ってしまった。


「ごめん遠藤、正直に言うけど僕今、お金30円しか持ってないんだ」

「ビンボーか!」

「いやマジで」


本当のことなのがあまりにも切ない。


「じゃあ今日の帰り頼むわ」


逃がしてくれそうにない。やだなぁ。



その日の放課後


「じゃ、じゃあね吉住さん」

「………………」


朝の遠藤との一件以降、今日一日吉住さんは昔の他人行儀な感じに戻ってしまった。

うう、寂しい。


そう思っていたら、吉住さんが教室を出るところで振り返って、こっちを向いて手を小さく振ってばいばいをしてくれた。

ほんのちょっぴり嬉しかった。


「藤原すまん」

「いいってことよケンヤ」


僕が今朝、遠藤に捕まって校舎裏に連れて行かれたことはクラス中が知るところとなっていた。

ただ、なんで僕をターゲットにしたか理由は明かしてないようだった。

遠藤なりの流儀なのだそうな。知らんがな。


「ようフジワラ、一緒にかえろーぜ」


今まで生きてきた中で、一番一緒に帰りたくないかえろーぜだった。


僕は遠藤の取り巻きたちと一緒に校門を出た。


「今日は全部フジワラのおごりだしな!とりあえずギンコー行こーぜ、カードはあるんだろ?」


どうしよう。無いって言おうかな。


「いや、あるにはあるけど」


正直に答えてしまう僕が憎らしい。


このままだと、この先ずっとズルズルいってしまいそうで心底嫌だった。

そして悩んだ末に一つの結論に達する。


やっぱり奥の手を使おう。


願わくば、どうか粉々に吹っ飛びませんように。


「遠藤」

「なんだよフジワラ」

「僕は1つ君に嘘をついてたんだ」

「あ?」


「実はケンヤに100円借りたから持ち金が130円になってたんだ」

「…………………は?」

「で、売店でこれを買ったから、今はまさにゼロ」


僕はポケットから豆乳パックを取り出して、流れるような所作でストローを挿した。

よしシミュレーションはバッチリだ。


遠藤と取り巻きたちが、変な顔でこっちを見てる。

そりゃそうだ。


「朝から思ってたけど、よゆーあるよなフジワラ、さすがブロック」

「いやぁ、実はもう限界なんだ。かけるね」


僕がパックの豆乳を玉にちょーっとかけると、


玉が激しく虹色に輝き始めた。


「……何だソレ?」


ああやっぱり豆乳だったんだ。



玉がすごい勢いで虹色に光ってる。

こんなに光るんだ。


何が起こるか見当も付かない。

そりゃそうだ。なんの勝算もない。単なるやけっぱち。

なんならあのブロックの晩からやり直す覚悟だった。


虹色の輝きがしゅるんと収まっていく。

どうやら爆発はなかった。


……え?終わり?光っただけ?


玉の輝きが終わる。


あれー?


でも玉は虹色のままだった。


何もなし?あれだけ中二病丸出しで、これで終わり?

やだもう恥ずかしい。

こうなったら走って逃げるしかないかなと思ったら、


「……………」


遠藤たちの様子がおかしい。


「遠藤?」


遠藤が動かない。ピクリともしない。

取り巻きもそうだった。虚ろな目で棒立ちになっている。


「もしもーし」

「……………」


逃げるなら今かなと思って、その場を離れようとしても遠藤たちは依然動かない。


「お金を下ろしに行くんじゃないの?」


心配になって声をかけてみると、


「お金…………下ろす…………」


遠藤たちが、ボソボソ呟きながらゾロゾロと動き始めた。


「ああ、待って!ちょっと待って!」


遠藤たちがピタリと止まる。

いやまさか、ひょっとして……


「ねえ、君たち右手を挙げてみて?」


遠藤と取り巻きたちが虚ろな表情のままズザっと右手を挙げた。

マジかよ。


「えー、ごほん、あー君たち、今日はもう家に帰るんだ。そして目が覚めたら今起こったことは全部忘れるんだ」


なんてな。……まさか、ね。


「家に………帰る………忘れる………」


遠藤たちが右手を挙げたままゾロゾロと動き始めた。

うひゃー、なんだこりゃ。


「ああ、えと、遠藤だけちょっと待って!」


遠藤だけ動きが止まる。

取り巻きたちは、見えなくなるまで右手を挙げたままゾロゾロ歩き続けていた。


だ、大丈夫かな………



遠藤は右手を挙げたまま虚ろな目で立ち尽くしていた。


「右手はもう下げていいよ」


遠藤が右手を挙げるのをやめた。


「…………………」


あの遠藤がここまで従順になるとは。

もはや疑う余地はなかった。

ええい、こうなったらどこまでやれるか試すんだ!


………そうだ!


「え、遠藤!君、旅行が好きって言ってたよね、北海道の宗谷岬って知ってるかな。知ってるよね。北海道の北の一番先っちょまで歩いて行ってくるんだ。そして落ちてる小石を拾って持ってきて欲しいんだ」


小石なんていらないけど。


「北海道…………歩いて宗谷岬…………小石………」


「そ、そうだよー。北海道の宗谷岬まで歩いて旅行!あ、あと旅行のお金が足りなくなったら、現地でバイトとかして臨機応変にね!向こうに着いたら連絡してね!」


なにやってんだろ僕。


「お金………足りなくなったらバイト………臨機応変………向こうに着いたら連絡………」


遠藤がノロノロ動き始めた。


……だ、大丈夫かな。

でもまあ、人にたかる遠藤が悪いんだし、無事を祈ろう。


まあ北海道なんてフツー無理だよな。

何キロあるんだよ。


僕は見えなくなるまで遠藤を見送っていた。


正気に戻ったら怒るかな?怒るだろうな。

やだなあ、今度は走って逃げよう。



12月10日 火曜日

今日は遠藤来てないなーと思っていたら、


「えー、遠藤から、しばらく学校に来れなくなるという連絡があった」


担任がホームルームで教えてくれた。


クラスにどよめきが走る。


ホームルームのあと、担任が遠藤の取り巻きたちを呼んで何か聞いてるみたいだった。

取り巻きたちは何もわからないと答えていたようだった。


僕しーらない。

……そんなわけにもいかず、変な汗が止まらない。


「藤原君、藤原君」

「な、なに吉住さん」

「昨日、遠藤君にからまれてたけど大丈夫だった?」

「え?ああ、うん、なんとか大丈夫。それに僕ケンカ弱いし。ダメダメだよね」

「でも無事で良かった。昨日はごめんなさい、私あの人怖くて」


吉住さんから謝られて逆に罪悪感を感じていた。


はたして良かった……のだろうか。

いやいや、良いわけないだろ。

どうしても昨日のことを思い出してしまう。


マズいなあぁ

……遠藤大丈夫かな。……大丈夫だよね。

(1/6)物語内の曜日設定が曖昧になっていたので訂正して加筆致します。大変失礼致しました。

(1/15)改行を訂正しました。

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