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第20話 雪の舞う夜


旅館の部屋の窓から遠く見渡せる山々に、薄っすら雪が積もっているのが見えてとても綺麗だった。

客室には、こじんまりとだが露天風呂も付いていた。


「見てお姉ちゃん、ベランダがあるよ」

「うわー」

「はわー広いですねー」


客室内はカーペット敷と畳敷きで別れていた。カーペット敷の区画には、三人掛けのソファとテーブルが置いてあり、畳敷きのところだけでも4〜5人は寝られる広さがあった。

前回は詳しく見てなかったけど、これ全部で何畳あるんだろ?


「まあこれだけスペースがあったら心配ないか。綾人、おいたしちゃダメよ」


母さんが今まで見たことないようなにんまりした怪しい笑みを浮かべていた。

いやマジでやめてください。そういうの。


美咲と吉住さんと真鍋さんが一斉にこっちを見た。

ほらみんな困ってるじゃないか。


「ば、晩御飯まで時間あるし、みんなお風呂入ってきなよ。ね?2階の大浴場には岩風呂やサウナもあるみたいだし。ね?」

「あら綾人詳しいわね」


美咲と吉住さんが話してるの聞いてて覚えてしまったのだった。それにここに来るのくさっても2回目だし。


「お兄ちゃんはどうするの?」

「んー、この部屋にも露天風呂あるし簡単に済ませるのもアリかなと」

「えー、もったいないよー」


興味はあったけど1対4の男女比に気後れしてしまっていた。ケンヤを誘っとけばよかったと思わなくもない。


「藤原君も一緒に行こ?」

「は、はいそうです。そうしましょう!」


吉住さんと真鍋さんにも言われてしまった。


「行くわよ綾人。あなただけを客室に残しておいたら女の子の荷物漁るかも知れないし」


母さんがとんでもないことを口走っている。非日常的な環境に年甲斐もなくめちゃくちゃはしゃいでいるようだった。


「すみません僕も行きます!行かせてください!っていうかしませんから!」




「じゃ、じゃあね藤原君」

「はい、ゆっくり浸かっちゃってください」


真鍋祐来まなべゆうきは自分で自分がコントロールできなくなりつつあった。

おとといあたりから、頭の中の霞がかかっていた部分がほんのちょっぴりずつではあったがスッキリ晴れていく感覚があった。


一時は全てに絶望して、他界した両親のところに行って楽になろうとしていたが、彼によって命を救われ、彼の家で暮らすうちに空っぽになっていた心を満たしていた感情を思い出しつつあった。


彼の母親から今回の旅行用にと、彼のタートルネックセーター、わさわさが付いたフード付きのダウンジャケット、ジーンズを借り受けていた。

学校の制服以外を全て彼女自身が破棄していたので、今彼女が身につけているものは下着以外は全て彼のものだった。


どれも彼女にとって少しサイズが大きめだったが、彼女の空いた心の穴を埋めるには十分過ぎるエレメントになっていた。


ただし幸か不幸か、思い出せたのは今のところ感情だけだった。以前はどういう態度で彼に好意を寄せていたのか、というところまでは思い出せていなかった。


しかし彼女は思う。このことを彼に悟られてはならない。

なぜ彼女がそういう思いに帰結しているのか、彼女自身にも分からなかった。

もどかしさで彼女は自分自身をコントロールできなくなりつつあった。


「どうしたの真鍋さん?」

「え?う、ううん、なんでもないの」


彼と彼の家族とクラスメートの吉住さんと一緒に旅行なんて幸せ過ぎる。なにこれ夢?


「ほら2人共早く行こ!まずは岩風呂!」


彼の妹の美咲ちゃんも可愛いし楽しもう。

彼女はそう思っていた。




これが岩風呂ですか景観がすごいな。

僕は岩風呂の湯船にゆっくりと浸かり天井を見上げていた。


は〜。染みる〜。


僕は近くにカラの桶を湯船に浮かべて、桶の中に玉の入った味海苔の外蓋を置いて、温泉のお湯を手ですくって味海苔の外蓋に注いだ。


玉は味海苔の外蓋の中で器用にパシャパシャ泳いでいた。


『きゃっほー』


きゃっほーって。


『んー、あたしは温泉のお湯より、あの白いのが良いでしゅ』


なんのかんの言いながら玉もはしゃいでいた。っていうか、言い方。


どっかの知らんおっさんが桶の中を気にしていたので、しれっと桶にタオルを被せた。


『あーん、暗いでしゅ』


玉の話では、他の人には玉は女の子ではなく光学迷彩でビー玉として見えているらしい。すごいのかすごくないのかよくわからない。


「そろそろ出るか」


『それはそうとオーナー』


「なんだ」


『オーナーはヘタレでしゅね』


「な…………」 


この野郎。言うに事欠いてヘタレとか。


『だって、あたしらの能力を使おうともしないし。使い方次第で、一国の王にはなれると思うんでしゅ』


玉が山岸君みたいなことを言い出した。


「わ、悪かったな。そういうギラギラしたの苦手なんだよ」


一番最初に見たのがあの大爆発だったし。

あれがかなり堪えたのは確かだった。どうしても玉を色々使おうっていう気にはなれなかった。


『ヘタレー、ヘタレー、きゃははははははっ』


なんだこいつ。

前の玉の面影は全く無かった。


『でも嫌いじゃないでしゅ♡』


そりゃどうも。


窓の外では雪が舞っていた。




温泉から出たあと客室に戻ると、まだ誰も戻っていなかった。


好都合だった。


僕は客室のカーペット区画にあるソファに腰を下ろし、テーブルの上に玉の入った味海苔の外蓋を置いて、さっき売店で買っておいた豆乳を少しずつ注ぎ入れた。


『やーん♡白いの気持ちいいでしゅ♡あっ♡あっ♡あっ♡』


やめろ誤解されるだろ。

まあ客室には誰もいないし、そもそもこいつの声は他の誰にも聞こえないので、誤解もへったくれもないが。豆乳を与える度にこれでは気が引けてならない。


「そう言えば、前から気になってたんだけど、お前らにとって豆乳ってなんなの?」


『さあ?わかんないでしゅ。でも力がめちゃくちゃ湧くでしゅ。もうフルパワーでしゅ。むふー!』


……むふーって。


玉が女の子の姿のままゆっくりと虹色に輝き始めた。


ふむ、ところで豆乳はぬるくてもいいのだろうか?ホットはどうなんだろう。流石に腐ってるのはアウトかな?っていうか僕が嫌だ。


どうしようもないくらいしょうもないことを考えながら豆乳を注ぎ入れていると


『冷たくて新鮮なやつが良いでしゅ』


どうやら冷たくて新鮮なやつがいいらしい。


「豆乳以外で好きなものはないのか?」


ついでに聞いてみた。


『わかんないでしゅ。人間だって一度も食べたことないものを大好物かどうかなんて知りようがないんでしゅ』


確かに、その通りではあった。

めんどくさいなこいつ。

自分の好物くらい知っとけよ。


『んーとね、あたしがあたしであることを知覚できたのは、こないだファミレスで瓶の中からオーナーと前の子のリンクに割って入ったときだし。あたしはまだ生まれたてほやほやなんでしゅよ。きゃっほー』


マジかよ。


するとなにか?こいつは生まれたてほやほやで僕のことをヘタレと言ったり、山岸君のことをチー牛呼ばわりしてたってか。


こいつらのことは未だわからないことだらけだった。




しばらくして客室に吉住さん達が戻ってきた。僕は玉を味海苔の外蓋ごと半纏のポケットに突っ込んだ。


『あーん、暗いでしゅ』


しばらく大人しくしててくれよ。

玉のこと忘れないようにしないと。


「あ、お兄ちゃん戻ってたんだ」

「やあみんなおかえりなさい。どうだった?」


「かけ流し気持ちよかったよね。お姉ちゃん」

「うん、もう一回行きたいよね。そいえば美咲ちゃん転びそうになってて危なかったよね」

「そうよ美咲、祐来ちゃんが間一髪でナイスキャッチしてくれたからいいものの。気をつけなさいよ。ありがとね祐来ちゃん」

「いえ、そんな」

「あのにごり湯の床ヌルヌルだったんだってば」


客室が一気に騒がしくなった。


「そういえば祐来ちゃん、急遽買ったやつだったけど、サイズどう?キツくない?」

「ふえ、え?は、はい、だいじょぶです!」


え?サイズ?なんの?


「全く、部屋を見たとき驚いたわよ。まぁ詳しいことは話したくなったらで良いからね」

「はい」

「あなたの名目上の保護者である……ちょっと言葉は悪くなるけど、あのいけ好かないオジサマにはちゃんと話は通してあるから。あなたさえよければいつまでも家にいていいんだからね」

「ありがとうございます」

「真鍋さん良かったね」


「香穂ちゃんもごめんね、おばさんが無理して」

「ごめんね吉住さん」

「いや、あのその、わた、私は……別に……」

「おー、お兄ちゃん責任重大ですなー」


さらっと聞き逃してはいけない内容の会話だったような。


なぜか今、おとといの晩僕の部屋で行われたであろう女子会の内容は絶対秘密という美咲のセリフを思い出した。


詳しく聞きたいような、聞きたくないような。

いけ好かないオジサマって誰のことだろう。

っていうか母さん、いつの間にか吉住さんのこと香穂ちゃんって呼んでるし。


うちの女のコミュ力高けぇ………




客室の畳敷きのところに置かれたテーブルに女中さんが和洋折衷のコース料理を並べて置いていく。

どうやらディナーの部屋食の上げ膳据え膳は、今回ガラポンくじで当選した宿泊券の目玉特典だったらしい。はたして宿泊日数を減らしてまでやることだったのかはわからない。どこに金かけてんだか。


「うわすっご」

「おー」


美咲が驚嘆の声を上げていた。吉住さんもおーなんて言ってる。

僕自身はこういうのに価値を見いだせなかったが並べられていく食事は確かに豪華だった。


「ゆっくり召し上がってください。終わったらロビーに連絡をください」


女中さんが客室から出ていった。

今更だけどまじもんの女中さんって初めて見た。


「ご飯のおかわり自由だって。さ、食べましょ。綾人も祐来ちゃんも座って?」

「行こ真鍋さん」

「は、はい」


僕はテーブルの前に座る。ふと気がつくと右側に真鍋さん。左側に吉住さんが座っていた。


あ、あれ?


「あらあら、まあまあこれは……」

「写真撮っとこー」


美咲に写真を撮られた。

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