第19話 何か一つ忘れているような
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12月23日 月曜日 午前9時40分
キッチンのテーブルで美咲と真鍋さんと吉住さんが朝ごはんを食べている。
3人は和気あいあいとしていた。一晩でかなり打ち解けたようだった。
仲が良さそうでなにより。
僕はキッチンに立って3人が朝ごはんを食べる様を横目に見ながら、フライパンや食器をシンクで洗っていた。
みんなの朝ごはんのメニューは、昨日の残りのハンバーグをフライパンで温め直して半熟の目玉焼きを乗せてみました。
朝からハンバーグは重いかな?とも思ったけど、みんな夜遅くまで起きてたみたいで腹ペコだったらしい。なによりもう一度食べたいという吉住さんたっての希望だった。
食いしん坊の吉住さん可愛い。
ちなみに美咲に夜遅くまで何話してたのかこっそり聞いてみたけど、絶対秘密とのことだった。
僕だけ完全に蚊帳の外だった……。
「美咲ちゃん、やっぱりこれすごく美味しい。このソースがね、濃厚っていうか香ばしくて、お店で食べるのと全然違う感じ。家でお母さんが作るのとも違うし」
「ふふん、でしょでしょお姉ちゃん。お兄ちゃんのハンバーグは一度食べたら忘れられなくなる絶品なんですよ」
「うん、とっても美味しい。私もこの味好き」
褒められるのに慣れてないのでめちゃくちゃ恥ずかしい。そういえば美咲がこんなに褒めてくれたことなんてあったかな。
「材料はもう残ってないから今回はそれで打ち止め。ゆっくり食べてね」
「はーい」
3人が綺麗にハモった。
思わずのけぞる。
僕が食べる分はもう残ってなかったけど、こんなに喜んでくれるとは。子供か!と思わなくもなかったけど作ってよかった。
今この家には僕たちしかいない。
母さんは仕事で朝早かったし。
なんだか信じられないというか、とても穏やかだけど奇妙ですごく不思議な光景だと思った。
だって、ほんの1ヶ月前までほとんど会話してなかったクラスの女の子たちが、家で朝ごはん食べるなんて。そりゃおかしな話ですよ。
3人の朝食の用意をしながら、ずっと思っていたことがあった。
あともう一つ何か忘れているような気がするんだよな。
なんだっけ。
2
12月23日 月曜日 午前11時
お昼前、吉住さんが家に帰る際、美咲も子猫の様子を吉住さんの家に見に行く話になり、僕と真鍋さんもその話に乗っかることになった。
吉住さん家に行く道すがら、僕はこのとき初めて吉住さん家の先代たまの写真を見せてもらった。
なるほど真っ白だった。小柄でシュッとした顔立ち。あの子猫がもう少し成長したらこんな感じになるのかな?
先代のたまは今年の春先に、交通事故でお亡くなりになったらしい。そういうことだったのですね、今知りました。
吉住さんは、生まれたばかりの2代目たまの写真をスマホの待ち受けにしていた。
2代目たまの写真を見かけた真鍋さんが
「あれ?この猫ちゃん白だったんだね、もっと黒っぽかったような」
「うん白だよー」
……え?
「この子ね、家の近所のごみ捨て場にひとりでいたんだよ。生まれたばっかりの頃は真っ黒だったんだよ」
「そうなんだ。私、この子前に見たことあるような。あれ?私いつ見たんだろ?おかしいな」
「……………」
ひょっとして真鍋さん思い出してる?
変な汗が出てきた。
「ごめんね思い違いかも。でも可愛いね」
『ねえオーナー、昨日ね、磯辺のアホが限定範囲内の人格構造の部分破壊をさせたんだけどね、前の子がちゃんとリカバリーしたんだけど、その子の消去した記憶も幾らか再構築できてたみたいでしゅ。テヘペロ』
僕の胸のポケットから聞きたくない物騒な内容の報告があった。
………あのときか。
『今はまだ限定的だけど、そのうち復元するかも。わかんないでしゅ』
胸のポケットの中から、身長2センチくらいになったちっさい女の子の玉が僕を見上げていた。
玉がこの形態になってから、心強いのかそうでないのか分からないのが怖い。
しかし相変わらず喋る内容は物騒だった。
3
それにしても人格構造の部分破壊って何?
聞き流したらダメな気はしたが、聞き流したい気持ちでいっぱいだった。
こいつらのやってたことは言わば物理的な催眠術。物騒すぎる。
真鍋さんごめん。遠藤すまん。山岸君数学好きになってくれたかな。
……そういえば山岸君で思い出したことがあった。山岸君はなんでこの玉に人知を超えた異能があるって知ることができたんだろ。なんとなく気になった。
『山岸とかいうチー牛は、オーナーがこの辺一帯が消し飛んだ事実を無かったことにした際に、オーナー権限で記憶を保ってたんでしゅ。あの爆発YouTubeを見てた1人でしゅ。あの経験を経てチー牛は中二病が色濃くなったんでしゅ』
ああ、なるほど?って、え?こいつ今チー牛って………。
っていうか、こいつ以前の面影がまるでない。
ってことはあの白衣のおっさんも?
『磯辺のアホはあのときオーナー権限なかったでしゅ。あのアホは死んでいいでしゅ、あの乱暴なYouTuberみたいに木っ端微塵にしてやりたいでしゅ』
僕が疑問に思ってることを玉がいろいろ答えてくれるようになったのは良いけど、なんだかめちゃくちゃトゲがあるような……。
お前らって何?なんなの?
『さあ?わかんないでしゅ』
はぐらかしてるのか、元から知らないのかこの件についてだけは答えなかった。
見上げると『吉住動物病院』の看板が見えた。
4
前に動物病院に来たのは確か12月16日だったから1週間ぶりのはずだったけど、温泉旅行から戻ってるから、ぶっちゃけもうよくわからなくなっていた……。
子猫は保育器から出されており、吉住さんのおばあちゃんが膝の上に置いていた。
「おかえり香穂楽しかったかい?」
「おばあちゃん、ただいま」
「おばあちゃんおっすー!」
「おやおや美咲ちゃん、おっすー!」
子猫は僕が保護した時よりだいぶ猫らしくなっていたが、それでもまだまだ手のひらサイズだった。子猫はおばあちゃんの膝の上で安心しきった感じで目を細めて丸まっていた。
それはそれとして美咲、挨拶はそれでいいのか?おばあちゃんもおっすーって……。
「たまもう出すの?」
吉住さんが聞くとおばあちゃんは、
「保育器はおじいさんがお掃除中。うんちたっぷりやってたからね。夜は戻すよ。まだ冷えるからね」
「早く出られると良いね」
「この子がたま?可愛い」
真鍋さんがおそるおそる子猫に向かって手を伸ばしたり引っ込めたりしている。
「おやおや新顔さんだね、こりゃまた美人さんだね」
「うん、クラスメートの真鍋祐来さん、真鍋さんもね、温泉旅行一緒に行くことになったの」
「そうかいそうかい」
おばあちゃんが僕をチラッと見たあと
「香穂頑張るんだよ。気合いだよ気合い」
「ななはな、何を言ってるのかなーおばあちゃん」
5
12月24日 火曜日
温泉旅行の日になった。
母さんが運転するワゴン車が僕らを乗せて温泉旅館に向かって海岸通りを走っている。
車の中はとても和やかな空気だった。
……というか僕は完全に蚊帳の外だった。
でも前に比べたら雲泥の差だった。
遠藤のことは気になっていたがあれから連絡は取れないし、テレビのニュースもこまめに確認したが旅行者が熊に襲われたっていうニュースはやってなかった。
無事を祈るしかない。
旅館についたときにはもう夕方になっていた。
一泊だけなので明日には帰らなきゃいけない。なんか切ない。まあ一泊旅行なんてこんなものかな。
前の時も同じことを考えていたような気がする。
旅館の受付で僕と母さんがチェックインの手続きをしていると、ロビーのほうから吉住さんたちの話し声が聞こえてきた。
なんだろうとロビーの方を見てみるとテレビに遠藤が映っていた。
『宗谷岬まで歩いて旅行中なんすよ!小石を持って帰るって友達と約束したんで。青函海峡はフェリーを楽しみます』
テレビで見る遠藤はめちゃくちゃ爽やかな感じだった。
って、なんで遠藤がテレビに映ってんの。
『はい、ありがとうございました。熊の出没が多くなっています。気をつけてくださいね。一旦スタジオに返します』
ニュースの特集の一環で冬の青函海峡ってのをやっていた。
良かった遠藤生きてた!
っていうか気になってスマホで青函海峡の地図を確認した。
たしか遠藤が熊に襲われた福島町って、函館より南側で、青函トンネルの北海道側の出口がわりと近くにあったはず。
まさか遠藤が助かった理由って…………。
もう考えるのはよそう。頭が痛くなってきた。
6
「みんな!ちょっと来て?」
フロントでチェックインをしている母さんに呼ばれた。
「誠に申し訳ありません手違いで……」
フロントの人は平謝りに謝っていた。
あ………………。
僕はこのことを知っていたはずだった。
色々ありすぎて完全に忘れていた。
ファミリータイプの大部屋1部屋とシングルを1部屋予約入れてたはずが、ダブルブッキングがあり、シングルが他のお客さんで先に埋まってしまい、ファミリータイプの大部屋1部屋だけとのことだった。
時間あったのに。あんなに時間あったのに…………。
母さんと美咲、真鍋さんと吉住さんが一斉に僕を見る。
「私的には反対だけど………お姉ちゃんと真鍋さんはどう思う?」
「え?ええと、ええと、あのその、私は別に……真鍋さんはどう思う?」
「え?藤原君が同じ部屋?…………ふえぇぇぇ…………」
「あらーよかったわね綾人」
なんだろう。なんだか前回と微妙にみんなの反応が違うような。




