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第16話 α固体の真実 その2


気が付くと僕は自宅のキッチンでボウルと泡立て器を持っていた。

窓から柔らかい朝日が差し込んでいる。


「………戻れた、のかな?」


部屋着のポケットからスマホを取り出して画面を見た。


12月22日 日曜日 午前9時


うろ覚えだったけど、確か日曜日の朝はホットケーキを作ったはず。


「戻ってる………よね」


僕は玉の『オーナーは今まで一度も時間遡行をしていません』を思い出していた。

時間遡行はしてない?けど戻ってる?

わけがわからない。


「えーと、時間遡行じゃないって、どゆこと?」


玉は何も答えない。

こんにゃろう。

そもそも最適解ってなんやねん。


そういえば経験上、玉が言う最適解ってやつはいつも制限時間ギリギリだった気がする。きっと今が遠藤を助けられる最終ラインなんだ。そんな気がした。


「おはようお兄ちゃん、早いね」

「お、おはようございます……」


美咲と真鍋さんが階段から降りてきた。

あ、真鍋さん僕のジャージ着てるし。

ついさっきまで温泉旅館のロビーにいたのに。なんでこんなことに。

頭がぐるぐるする。

気持ちだけがめちゃくちゃ焦る。


第一、遠藤は北海道だぞ。ここから何キロ離れてると思ってるんだ!こんな状況でできることなんてあるのかよ。


そう思っていると、


ポケットから細長いムチのようなものがしゅるしゅる僕の腕を這うように伸びてきて、手に持ったスマホを勝手に操作し始めた。


え?なになに?

スマホがどこかに電話をかけている。


「もしもし誰?」


誰かの声がする。

どこにかけたのー!?


スマホの画面を見てハッとする。


《遠藤恭弥》


遅れ馳せ気付く、スマホから聞こえてきた声はくぐもっていたが、たしかに遠藤の声だった。




「あ、あの、も、もしもし遠藤?」

「あ?この番号誰だ?」

「あの、藤原、です。お、おはようございます」

「なんだ、フジワラかー!へへ、気が付かなかったぜ!久しぶりだなーおい!オハヨウゴザイマス!」


遠藤まだ生きてた!


「遠藤今どこ?」

「ここか?青森の先っちょだぜ!すげーだろ!ついにここまで来たぜ!これから北海道に渡ってやるぜ!青函トンネル歩いて渡ってやんよ!ぎゃはははははは!」


……は?こいつ何いってんの?


青函トンネルって確か新幹線のみで、人は歩いて渡れないはずだろ。


「あ、あの……歩いていくの?」

「あ?歩いていくって約束だったろ。おめーが言ったんじゃねえか!小石はちゃんと持って帰ってやるから楽しみに待ってろ」


……いや小石なんていらないけど。


「じゃあな」

「ま、まって?これから北海道に渡るの?せめてフェリーにしようよ。景色楽しもうよ!」

「んー、そっかー、フジワラがそう言うんだったらそうするかー。でもよー、ここからだとかなり大回りになるから、北海道に渡るのがだいぶ遅くなるけどいいのか?」

「いいよいいよ、ゆっくり楽しんで」

「お前がそう言うんだったらそうするか。あ、充電が切れる、じゃあな」


電話はそこで切れた。


………あっ!?


電話が切れたあと気がついた。


熊に気を付けてって言うの忘れてた!

熊対策しろって全然言ってない!


その後何度かけ直しても


「おかけになった電話番号は電源が入っていないか電波が届かないところにあるためかかりません」


となり繋がらなかった。


もう無事を祈るしかない。……のかな。




12月22日 日曜日 午後1時


まだ温泉旅行の準備はしてない。

ついさっきまで旅館のロビーにいたので、空っぽの旅行カバンを見るととても変な気持ちになる。


僕はいつものようにリビングに掃除機をかけていた。


お昼前に美咲は出掛けていった。

吉住さんと旅行用の服を買いに行くとのことだった。

これは前の時間軸でも同じだった。

美咲のやつどんどん吉住さんと仲良くなりやがって。


でも玉はこれは時間遡行ではないという。

どういうことだろう。

考えてもさっぱりわからない。


嫌な予感がするし、なんだか怖い。

ひょっとしてもう取り返しがつかないことになってたりして。なんちって。


でも自分が原因で人が死ぬのはすごく嫌だった。

遠藤は嫌な奴だったが遠藤が北海道で死ぬ原因を作ったのは僕だ。


遠藤のこれまでの素行を思い出して、放っておけばよかったと思わなくはない。

でも僕は戻ることに躊躇しなかった。


どうするのがよかったんだろう?

遠藤大丈夫かな。

ダメだったらまた戻るか?

でも時間遡行じゃないって言ってたし。

もしかして今流行りの異世界とか?

んなわけないか。


それと、あともう一つなんか忘れてるような………

なんだっけ?


無駄にいろんなことを考えながらリビングに掃除機をかけていると、後ろから真鍋さんから声をかけられた。


聞くと僕の母さんからスーパーで買い物を頼まれたらしい。真鍋さんの話では、母さんには僕も同行させなさいという話だった。

母さんは今日は休日出勤でもう家にいないし、断る理由もなく僕は同行することにした。

実はこの流れは、前に一度体験したことだった。


前と流れが変わったのは、真鍋さんとスーパーで買い物を終わらせたあと、2人でファミレスに寄って一休みしたところからだった。

前回はファミレスには行かなかった。




なぜ今回ファミレスに寄ったのか特に理由はない。

ほんのちょっぴりだけ贅沢がしたくなったというのが正直な気持ちだった。


思い返すとこんなふうに真鍋さんとゆっくり2人きりで話すことはあの晩以来なかった。


前の時間軸ではスーパーで買い物をしたあと、僕らはどこにも寄らずに家に帰り、僕は晩御飯の仕込みを始めたし、真鍋さんはあのあと晩御飯まで部屋から出てこなかった。


「あのね、私藤原君のお母さんからクリスマスに温泉旅行に一緒に行こうって言われてるの」


ドリンクバーで2人分のコーヒーを淹れて席まで戻ると、向かいの席に座った真鍋さんがおずおずと話しかけてきた。


「これって前に藤原君と吉住さんが学校で話してたことだよね、私が行って良いのかな?」

「行こうよ、きっと気晴らしになるよ」


真鍋さんにコーヒーを差し出しながら僕はそう言った。


「うん、そうかも。そうする。あ、でも浮気はダメだよ藤原君」

「は?」


真鍋さんの自殺騒ぎがあったあと、僕は真鍋さんの記憶を改竄していない。

真鍋さんは僕の家に下宿するようになってから、なんだかとても穏やかになっていた。


「私ね、今なんだかすごく幸せなの。あのときの私は、何にもないって喪失感しかなかったんだけどね。今藤原君のお家にいるとね、不思議と心が落ち着くの。ホントによく分からないんだけど、心が満たされるの。なんでだろ?今はもうなんであんなことしたんだろって感じ。変だよね。ごめんね、変な子で」

「変じゃないよ、あのときは真鍋さんが無事でホントによかったよ」

「あーあ、吉住さんが羨ましいな。なんてね」


「…………あ、あのう僕と吉住さんは付き合ってるわけではないので……」

「あー、そういうこと言っちゃダメだよ〜。やっぱり私近くで見てるだけで満足なのかも。よくわかんない」


すみませんごめんなさい、わかんないままでいてください。


ウェイトレスさんが頼んだケーキセットを2つ持ってきてくれた。


「素晴らしい!」


僕じゃない。真鍋さんでもない。

奥の席のほうから感嘆する声が聞こえてきた。


「見たまえ青柳1佐、こんな反応今までになかったことですよ!」




「磯辺さん、これ食べたらすぐに戻りますよ」

「見てください!この反応!」

「だめですよ磯辺さん。ここには人の目があるんですよ。自重してください」


見ると、奥の席でおっさんが向かい合って苺タルトを食べていた。

白衣のおっさんと、カーキ色のジャンパーのごついおっさんだった。


白衣のおっさんは手に小さな小瓶を持っていた。小瓶は小さく虹色に光っていた。


「ほら、早く専用ケースに仕舞ってください。なくしたらどうするんですか?全くとんでもない人だ」

「無理もするさ!こうでもしないとゆっくり観察できないからね」


ここからだと小瓶に何が入っているかは分からなかったが、どこかから変な声が頭に響いてきた。


『…………けて』


これって?


「どうしたの藤原君?」

「何でもないよ」


『……たすけて』


今度はしっかり聞こえた。


「いやあすごい反応ですよ!青柳一佐!こんな反応は見たことがない!素晴らしい!見たまえ!まるで万華鏡のようじゃないか!」

「磯辺さん、声が大きいですよ」


『助けて!』


声の発生源はあの小瓶だった。

僕にはわかる。

聞こえる。聞こえてしまった。




「磯辺さん、おいたはこれくらいにして下さい。さあ戻りますよ」

「青柳一佐、君は真面目ですねえ、でもまあこれはデータを取らないといけないですね。ぐふふふふ」


奥の席の2人が席を立った。


『助けて……たすけ……』


悲痛な声は、白衣のおっさんが小瓶をアタッシュケースのようなゴツいカバンに詰め込んだら聞こえなくなった。


「どうしたの?藤原君」

「何でもないよ」


何でもなくない。突然のことで何もできなかった。


白衣のおっさんたちが僕たちの横を通り過ぎて、ファミレスから出るとき玉の声が聞こえた。


『別の子の反応を検知』


えー。た、助けてって…………。

どうしよう。どうすれば良いのかな。

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