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第14話 膝の上の同居人


すごいものを見た。

そんな気がした。


僕が振り返った瞬間、今まで聞いたこともないような炸裂音がしたかと思うと、

この暗がりでもわかるくらい、地面がどんと波打って、

大きなオレンジ色の炎がまわり中を一気に焼いていく刹那、

僕たちは光の壁に守られていた。


強面のおじさんは目をつぶっていたので、その一瞬を見逃していたかもしれない。


でも僕は見ていた。


光の壁は、爆発の衝撃と、ブーメランみたいに飛んできた瓦礫を全てシャットアウトしてくれた。


気が付くと目の前のアパートの形が崩れており、

大きな黒い煙がもうもうと上がっていた。

煙の間から炎が見える。


『シェルターの展開を終了します』


玉の声が聞こえたあと、光の壁がすうっと消えて、

アパートを燃やしてる炎が次第に熱く感じられてきた。


「か…………火事!おじさん!火事!」

「か!かか火事!詩織!火事じゃ!」


僕はそれを言うだけで精一杯だった。

詩織が誰なのか分からないけど、

おじさんは叫びながら自分の部屋に戻っていった。


僕はなんとか熱く感じない場所まで真鍋さんを引きずっていき、上着を脱いで真鍋さんに被せた。


依然頭が回らない。


遠くから消防車のサイレンの音が聞こえた気がした。

誰かが呼んでくれたのだろうか。


僕は真鍋さんを膝に抱きかかえてうずくまったまま、しばらく燃え上がるアパートを眺めていた。




「……………」


真鍋さんちの火事は原因がなんであれ大惨事だ。


アパートは爆発して3分の1くらいは吹っ飛んでたと思う。怪我人だって出たかもしれない。十中八九、建て直しが必要だったと思うんだ。

かかる費用だって馬鹿にならないはず。


僕は火災の消火を玉に頼めないか聞いただけだった。


それが、なんということでしょう。


ついさっきまで、築年数もわからない、建屋の3分の1は吹っ飛んだ古ぼけたアパートは、

今度は、まるで積み木を丁寧に積み上げていくみたいにみるみる修復されていき

ついには、この暗がりでもバッチリわかるくらい綺麗な新築に生まれ変わったではありませんか。


「えー…………………」


僕は某テレビ番組の 匠の粋な計らい という言葉を思い出していた。


「いやいやいやいや、いくらなんでも計らい過ぎですから」


アパートの前に消防車や救急車が集まり始めたのはアパートのリフォーム(?)が終わった後だった。


僕は反射的に真鍋さんを引きずって茂みの中に隠れた。


なんで僕は隠れてるんだろう。


「火事はどこですか!?」

「要救助者はどこですか!?」

「え!?あれ?今隣の部屋から炎が………はへ?」


強面のおじさんが青い顔しながら救急隊や消防士の人たちと話をしているのが見えた。

今絶対あそこに関わり合いになりたくない。


「おじさんごめん!なんかごめん!」


僕は全力で知らんぷりすることにした。


『対象の体内に残留している有害毒素及び大量の睡眠剤の無効化が完了しました』

「え?毒素、睡眠薬?」


僕が玉の物騒な報告に躊躇していると真鍋さんが目を覚ました。




「………………あ……れ?」

「真鍋さん、大丈夫?」

「………………私…………………あれ…?」


よかった、どうやら無事なようだ。

何秒かして真鍋さんはもすごい勢いで目を見開いた。


「あ!!!え?……………なにこれ!?なにこれ!?」


目が覚めたら屋外の茂みの中で男に抱きかかえられていたらどんな気持ちだろう。

僕には想像できないし、ぶっちゃけしたくない。嫌過ぎ。


でも、とにかく今は、


「しー!!!!」

「………!?…………あ、あれ?藤原君?」

「しー!しー!静かに!今、最後の消防車が帰るところだから!もう少し待って!?」

「…………え?………消防車……………あ……………」


いや、なんかもう、いろいろおかしいのはわかってる。

けど、今見つかるのは絶対マズい。

というか、僕が見つかりたくなかった。


ガス爆発で吹っ飛んだアパートは新築になってるし。

真鍋さん服着てないし。

こんなのが見つかったら僕のメンタルが持たない。


僕が最後の救急車が帰っていくのを確認していると、

真鍋さんが後ろからぎゅっと抱きついてきた。


特盛!?


「ま、真鍋さん?」

「なんで……………」

「ど、どうしたの?」

「なんで、なんでー!えぐっ、ぐすっ、びえーん」


どぅわ!?真鍋さんマジ泣きっすか?


ぢーん。


……………あ、真鍋さん、鼻水………、僕の服で拭くのやめてほしいんですけど。




「お邪魔しまーす」


外は寒いし、消防車も救急車も帰ったし、茂みの中に居続けるのもなんなので僕たちは真鍋さんの部屋に入ることにした。


『室内の物質の再構築は完了済です』


アパートは意図せず新築に生まれ変わったけど、

やっぱり真鍋さんの部屋には何もなかった。


あれ灯りがつかない?


「電気止まってるの」

「そ、そうですか」


電気は止まってるけどガスはまだ止まってなかったのですね。

真鍋さんが部屋の真ん中で、力なく座り込む。部屋が真新しくなってることを気にする素振りは全くない。


「意外と荷物少ないんだね」


意外どころかなんにもない。


「捨てたの。もう必要ないし」

「え?」

「私ね、パパとママのところに行こうと思ったの……………」

「…………………」


「なんかね、なくなっちゃったの。私を満たしてたもの全部」

「…………………」

「あったんだと思う。でもなんて言うのかな。なくなっちゃったの。見てるだけで私を満たしてくれたもの。もうよくわかんない。うう、ぐず、えぐ…………」


なんか、心当たりがあるような、ないような。


「もう疲れちゃったの。でね、パパとママのところに行ったら、その楽になれるのかなって」


鈍感な僕にもガス爆発の原因らしきものが分かった。

改めて玉にお願いするか…………………いや、これは………………。


「ねえ真鍋さん」

「ん?」

「着替えはあるのかな?」

「………え?うん、学校の制服だけ残ってる。後はみんな捨てちゃったし」


マジかー。


「とりあえず服着よ。その僕恥ずかしいし」

「あ…………………」


「でね、着替えたら僕んちに行こう」

「え?」

「ダメなんだ。君をここに1人残しておいたらダメな気がするんだ。いいね?」

「……………………うん」


真鍋さんは力なく頷いた。




僕が真鍋さんを連れて家に帰った頃には、

もう午後9時を過ぎていた。


「た、ただいまー」

「綾人、あなたこんな時間まで……………あら?」

「お、お兄ちゃんが別の女の子連れて来たー!?」

「…………………別の女の子?」


「か、母さん!美咲!ちょっと、こっち来て!」


僕は母さんと美咲に、

真鍋さんのことを正直に話そうと思っていた。


「待って綾人、あの子………ひょっとして……」

「母さん?」


しかし逆に母さんに喋るのを止められてしまった。


「ねえあなた、真鍋、……真鍋祐来まなべゆうきさん?」

「え?は、はい」

「そう、あなたが………」

「母さん?」


母さんが唐突に僕の頭をわしわしとかき回し始めた。


「なになになになにー!?」

「全く、子猫の次はこの子ですか…………、まあ、綾人らしいと言うかなんというか。…………真鍋さん、今日はうちに泊まっていきなさい」


え?あれ?なんか予定と違うんですけど。

母さんを説得する為、色々考えてた言い訳が泡のように消えていく。

つまりどういうことだってばよ。


「え?あ、あの…………」

「か、母さん?」

「綾人、あなたはリビングで寝なさい」

「母さん?」

「2人共いいわね」


「はい」


真鍋さんとハモった。


なんだかよくわからないうちに

真鍋さんの宿泊が決まってしまった。


「こ、これはお姉ちゃんに知らせないと!」

「………お姉ちゃん?」


スマホを持つ美咲の頭を 母さんが笑顔でガシッと鷲掴みにした。


「ダメよ美咲。ややこしくなるからおよしなさい」

「ひっ、ひいっ!?」


なんだこれ。




僕が作りかけだったカレーは、母さんが肉じゃがに変えていた。

僕と真鍋さんが遅い晩御飯を食べていると母さんがこともなげに話し始めた。


「真鍋さんは好き嫌いある?」

「あ、いえ、とても美味しいです」

「今日は無理言ってごめんね。真鍋さ………えっと祐来ちゃん。小さい頃に何度か会ってるはずなんだけど、覚えてない?あなたのお母さんの遙さんて、私が高校の時の先輩なの」


「え?」


また真鍋さんとハモった。


「旧姓は佐々木」

「あ…………」


「話はその、色々聞いてて。ずっと気になってたんだけどね。今までなんにもできなくてごめんね」

「あ…………………いえ………………その………………」


そういうつながりがあったのですか。


「祐来ちゃんさえ良ければずっとここにいていいんだからね」

「いえ、さすがにそれは」


さすがにそれはいろいろ良くない気がした。


「これは……………お姉ちゃんに」

「美咲、話がややこしくなるから今は待って」

「ぎゃぴぃいいい」


また母さんが笑顔で美咲の頭を鷲掴みにしていた。


「で、綾人って祐来ちゃんと仲良かったの?」


「え?」


またまた真鍋さんとハモった。

ここで振ってくるか、母さん。


「あ、あの………その………」


真鍋さんはしどろもどろだった。

そりゃまあそうですよね。

僕としては今まで接点すらないと思ってたのに。

というか彼女の接点を消したのは僕だった。

どうする?正直に話す?何を?


「えーと、ふ、不発弾…………」

「不発弾!?」


「う、うん、僕、月桂樹買いに行ってたんだけど、そしたら途中で、その、真鍋さんの家の周りで不発弾が見付かったらしくて立入禁止になっちゃってたんだ。それで今日泊まれるところがないっていうから、それなら僕んち来る?ってことになったんだけど……………」


嘘下手かー!

なんだよ不発弾って。

デタラメにもほどがある。


真鍋さんは今にも泣き出しそうな笑い出しそうな

よくわからない顔でこちらをじっと見ていた。


「不発弾ってなにそれ。まあいいわ。今日はもう休みなさい」




12月18日 水曜日

今日は朝から土砂降りの雨だった。


「おはよ藤原君、雨凄かったね」

「うん、すごかったよね」


3回目の今日は吉住さんから挨拶してくれた。

なんでもないことなのになぜかすごく嬉しかった。


今朝、真鍋さんとは別々に家を出た。

というか真鍋さん朝早過ぎ。

僕が起きた時にはもう真鍋さんは出かけた後だった。

いろいろあったので気が引けてたのかな。


真鍋さんはちゃんと席に居てくれた。

こうしてみる分には昨日のことは嘘のようだ。


物騒でないホームルームが終わった頃に

母さんからLINEが届いた。


なんでも出勤途中に回り道して真鍋さんちの様子を見に行ったらしい。


う………


悪いことしてないのに悪いことした気分。


母さんからの連絡だと、どうやら真鍋さんちのアパートは本当にKEEP OUTの垂れ幕が張り巡らされていたというのだった。

写真を送ってくれた。


なんじゃこりゃ


いつか見たゴツい車が映っていた。


「えーと、瓢箪ひょうたんからこま?」

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