第12話 成長期が収束しました
1
「あっ、来た藤原君」
校門のところで吉住さんが待ってくれていた。
「ごめん、待たせちゃったかな」
「ううん私も今来たとこ。行こ?」
あれ?なんだろうこの違和感。
僕と吉住さんが動物病院に行く途中、吉住さんがおもむろに口を開いた。
「それがね、変なの」
「変?」
吉住さんの変発言で、違和感の正体はすぐに分かった。吉住さんがヘンテコになってないんだ。
今は、12月16日 月曜日。
何度も確認した。つまり3日ほど時間が巻き戻ったことになる。
信じられないことだけど、もう事実なんだと認めることにした。
今日は遠藤が宮城で見つかったのを担任に教えてもらった日だ。
そして吉住さんがヘンテコになったのも、今日の放課後だったはず。
「うん、私ね、知らないうちに音楽室にいたの」
「え?」
「でね、うちのクラスの木下さん達も近くにいたんだけどね、その子達もわからないって」
「………………………」
「不思議っていうか、何か忘れてるような…………」
「な、謎だねー」
謎なもんか、玉の影響が音楽室まで届いてたんだ。
なんか、ごめんなさい。
「でね、木下さん達、部活があるからってバイバイしたの」
「ふうん」
木下さんも忘れてくれてるのだとしたら好都合だ。
よし、何があってもこのまま知らぬ存ぜぬを貫こう。
なんとしても吉住さんのあの連続攻撃を史実にしてはならない。
僕のメンタルが保たない。
………いやまてよ。
別角度から考えてみた。
あれ?ひょっとして、吉住さんの写真や動画を見たっていう記憶を消せばよかったのでは?
「ん?どうしたの?」
吉住さんが僕の顔を覗き込んできた。
「いや、なんでもない、でごわす」
「ごわす?」
そうだよね、あんな乱暴なやり方ホントはダメだよね。
僕は吉住さんの怪訝そうな顔を見ながらそう思った。
2
「ただいまー」
「あっ、お姉ちゃんおかえりなさい」
動物病院に着くと、美咲が出迎えてくれた。
「来てたのか美咲」
「お兄ちゃん来たんだ、おっすー」
なるほど、この時間軸ではこうなるのか。
確か前の時間軸では、
美咲にハウス言われて追い払われたんだっけ。
我ながらみじめな記憶だ。
それにしても挨拶はそれでいいのか美咲。
「あら綾人君いらっしゃい」
「忙しいのにすみません、お邪魔します」
今日は吉住さんのお母さんもご在宅だったようだ。
いつも美人さんでなりよりです。
「そうだ!ちょうどいいわ。ねぇ綾人君、美咲ちゃん、これ見てもらえる?」
吉住さんのお母さんが、いそいそと封筒と冊子みたいなものを持ってきた。
「なになに?」
「温泉旅行券?」
封筒と冊子には、のし紙が巻いてあった。
「お母さん、これどうしたの?」
「今日ね、商店街の福引で当たったの!」
吉住さんのお母さんがふふんと鼻を鳴らす。
「5人分あるみたいですね」
「うわ、すっご!」
「おー」
吉住さんフツーに「おー」って。
確実に美咲化が進んでる…………。
「私もね、飛び上がってひゃーって驚いたんだけどね」
ナイスマダムの美人さんが、飛び上がってひゃーっですか。
ちょっと見てみたくなった。
「……………」
気が付くと吉住さんが冷たい目線を送ってきてた。
「な、なんでしょう?」
「なんでもないし」
美咲がそんな僕たちを見ながらにんまり笑ってる。
やめて、そういうの。
吉住さんのお母さんが喜んだのはここまでで、急に肩を落とす。
「でね、ここ見てもらえるかしら」
吉住さんのお母さんが指差したところには利用期限が書いてあった。
「期限が今年のクリスマス限定ですか………………」
3
「そうなの、一泊二日、期限は今月の24日と25日の2日間のみで、うちは病院あるし、25日はお義父さんが病院に行く日だし」
吉住さんのお母さんが残念そうに呟く。
吉住さんのおじいちゃん、どこか悪いのかな?
「うちは無理だし、使わないのはもったいないし、綾人君と美咲ちゃんにどうかなって」
「え?貰えるんですか?」
間髪入れずに美咲が図々しい。
少しは遠慮なさい。
「そうだよね、うちは無理だよね」
吉住さんの落ち込みがすごい。
「あ、そうだ!だったら香穂、あなただけでも行ってくる?」
「え?」
僕と美咲と吉住さんがハモった。
「お、お母さん、あの、それって…………」
「あ、ごめんなさい、私そろそろ戻らなくちゃ。綾人君、美咲ちゃん、帰るまでに決めといて貰える?」
ぶん投げがひどい。
これは僕たちだけで決めていい内容じゃない。
「ね、ねえ2人とも?」
「温泉!」
今度は吉住さんと美咲がハモった。
2人で手を組み合って見つめ合っていた。
なんだこりゃ。
「あの……」
「ねっ、ねっ、お姉ちゃんは何着てく?」
「えっとねー、今度一緒に買いに行こっか?」
「うん!」
「美咲?吉住さん?」
「あ、見てお姉ちゃん、泊まるところは選べるみたい」
「この旅館良いかも、露天風呂あるみたい!」
「岩風呂だー!」
「もしもーし」
存在が無視されてる。
完全に蚊帳の外だった。
まあ2人が冷静になるまでしばらく待つか。
未成年だけで行けるわけがない。
こんなに感情の起伏の激しい吉住さんは初めてみた気がする。
これも美咲の影響なのかな。
パンフレットを見ながら、あれこれ楽しそうに話す2人を見ながら僕はそう思った。
4
「クリスマスに温泉旅行?」
僕は、遅い晩ごはんを食べている最中の母さんにパンフレットを見せた。
「うん、吉住さんちのお母さんから貰ったんだ。商店街の福引で当たったみたいなんだけど、動物病院休めないし無理なんだって」
「で?」
母さんは食べるのをやめて、
僕と美咲を交互に見据えてきた。
美咲がササッと僕の後ろに隠れる。
あの隠れられても困るんですけど。
で やめてー。怖いから。
母さんの で はマジ怖い。
「で、もったいないから、僕らにどうかなって。でも一緒に行ってくれる保護者がいないんだ」
僕は冷静を保つフリをしながら話を続けた。
そうなんです。保護者がいないんです。
「なるほど、そういう話?」
はい、多分そういう話です。
「ねえ母さん、たしか今年のクリスマスってお仕事休みって言ってなかったっけ」
美咲が僕の後ろから出てきて割って入った。
「25日はね。イブは仕事」
「えー」
美咲が落胆の声を上げた。
ダメかー。
まあ、こうなることはわかってたけど。
「美咲、無理強いしちゃダメだよ」
僕は美咲を諌めたあと、洗い物を始めた。
「んー、そうですか、温泉ですかー」
母さんは椅子に座ったまま背伸びをしていた。
「お姉ちゃん、露天風呂に入りたいって言ってたし!」
「!……美咲、お姉ちゃんって香穂さん、だっけ?あの子も来るの?」
「うん、着ていく服一緒に買いに行こって………その………」
美咲の《吉住さん参戦発言》に、母さんの目が怪しく輝き始めた。
「旅行券は5枚あるから人数的には大丈夫なんだけどね。でもやっぱり保護者なしじゃダメだよね」
「いや、そういう意味じゃなくて」
「?」
「そっかー、あの子も来るんだ………」
「母さん?」
「オッケー!この話乗ったーー!」
「!?」
母さんが突然立ち上がって、拳を天に突き上げた。
「いえーい」
美咲が万歳三唱している。
なんだこれ。
5
12月17日 火曜日
遠藤が学校に来なくなって6日目
朝のホームルームで、疲れた顔の担任が、
遠藤が逃げたことを話してくれた。
うむ、前の通りだ。
遠藤のやつ無事だといいけど。
………やっぱり僕って薄情なのかな。
ホームルーム中に、母さんからLINEで連絡があった。どうやら正式にお休みを取ったらしい。
仕事はえーな。
なにこの親指立てたスタンプ。
朝のホームルームが終わったあと、
僕が母さんから来たLINEを吉住さんに見せると、
ぱーっと花が咲いたような笑顔になった。
なんだろう。
なんか前回と全然違うような。
「吉住さん、すごく楽しそう。何かあったの?」
僕と吉住さんが気が付くと、
近くを通りかかった真鍋さんが立ち止まって
吉住さんに話しかけてきた。
僕は昨日のこともあり、ちょっと身構えてしまった。
「うん、クリスマスにね、温泉に行くことになったの」
「わぁ、楽しそう。家族と行くの?」
吉住さんはそこでちょっとだけ言い淀む。
「ううん、その、お友達の家族と一緒なんだけどね」
お友達………まあ、お友達ですよね。
真鍋さんは僕のほうをチラッと見たあと、
吉住さんに小さい声で耳打ちした。
「ね、ね、ひょっとして藤原君?」
「な、なななななな」
吉住さんの顔がタコのように真っ赤になった。
「いーなー吉住さん。私そういうの憧れちゃう」
「ち、違うし」
そこまで言うと真鍋さんは僕のほうを向いた。
「藤原君!」
「は、はい」
「吉住さんのこと、泣かせたらダメだからね」
「は………はあ」
「はあじゃないでしょ」
真鍋さんに軽く頭をチョップされた。
「いて!」
「ふふっ、じゃあね」
真鍋さんて、あんな子だったっけ。
僕の知ってる真鍋さんの印象とは程遠い。
常にビクビクしてて挙動不審だったし。
これも玉の影響なのだろうか。
6
真鍋さんの一件もあり、
温泉の話を学校ですることは自粛することにした。
特に吉住さんが。
その日は特に滞りなく。
学校の帰り、僕はスーパーで買い物をする予定があったが、この前みたいに吉住さんも一緒に来ることになった。
カートを押してあれこれ品物を選んていると、
吉住さんが思い出したように口を開いた。
「ねえ藤原君」
「なに」
「今朝、真鍋さん言ってたよね、温泉は家族と行くの?って」
「うん」
「その、藤原君は知ってるかな、私もうちのお母さんから聞いた話だし、あんまり詳しいことは知らないんだけど、真鍋さんって、家族の人誰もいなくて、一人暮らしなんだって」
「え?」
「中学校を卒業して、高校入学前に、お父さんもお母さんも事故で亡くなってるらしいの」
「………………………」
「それから親戚をたらい回しにされて、今の生活に落ち着いたみたい」
「………………………」
「私ね、なんだか真鍋さんに悪いことしちゃったかなって」
「…………………………」
「私だったら耐えられない。何か気を紛らわすようなことやればいいのかな」
「気を紛らわす……………」
あれ?
僕なんかやっちゃいました?
なんとも言えない不安を感じてしまった。
「あ、お兄ちゃんいた!またお姉ちゃんのこと独占してるし」
美咲が僕たちを見付けて近付いてきた。
「吉住さんが連絡したの?」
「はい、しました」
「もー、お菓子買ってもらうからね!」
この時はまだ知らなかった。
僕が真鍋さんの訃報を聞いたのは、
翌日のホームルームの時だった。