第10話 成長期は危険でいっぱい
1
12月19日 木曜日
よく眠れたはずだったけど疲れが全く取れてない。
「あ、お兄ちゃんおはよ」
「おはよう綾人」
「おはようゴザイマス……」
昨日は散々だった。
思い出したくないのに思い出してしまう。
あのあと、先生たちに今日はもう帰れと言われて、僕は家に帰った。
全身ずぶ濡れで家に帰るときが一番きつかった。
あれは本当に死ぬかと思った。
学校の玄関で別れたっきりになった吉住さんとおっぱ……じゃなかった真鍋さんのことや、カラスが飲み込んでた玉のことは気になったけど、それどころじゃなかった。
「お兄ちゃんさ、昨日お兄ちゃんの学校、大変だったみたいね……」
「え?」
「あれだよ、あれ」
美咲が食パンを片手に持ったままテレビを指差す。
「あ……………………」
『今ご覧になってるのが、一般の方がSNSに投稿した映像です』
『え?これCGじゃないんですか?』
『これは……往年のファンもびっくりのウルト◯マンですね。見てください、ほら、ファイティングポーズ取ってますね』
「なにこれ」
美咲が怪訝そうな面持ちになっている。
うわぁ、あのファイティングポーズ、テレビに映ってるし。
『専門家に調べてもらったところ、映像に加工した痕跡がないことがわかりました』
『えっ、そうなんですか?』
『投稿されていた動画や画像は他にもあったのですが……、見てください、ここです』
キャスターがいつもより生き生きと発言している。
『こことここ、映ってる校舎の角度から考えると、このウルト◯マンの身長は40mくらいはあるとのことです』
『まさにリアルウルト◯マンですね』
『そして鳥の怪獣ですが、こちらは足から頭の高さまでが30mは………………』
「すっご!テレビのニュースでウルト◯マンとかバカ過ぎ!」
「…………は………はは………」
あれ僕なんですけど。
うう、恥ずかしすぎて死にそう。
2
「ねえ綾人、今日は学校はあるの?お休みになってないの?」
母さんが心配そうに聞いてきた。
そっか母さんもわからないのか。
「それが連絡が来てないんだよ」
僕は朝ごはんを食べながら答えた。
我ながら行儀が悪い。
以前、台風が酷かったときは、午前7時くらいには休校の連絡があったけど、もう7時半になろうとしていた。
「高校が怪獣にめちゃくちゃにされたって話は、私も聞いてたんだけど心配だわ」
母さんの口から怪獣とか、ひどく現実味がない。
「そういえば綾人のところって終業式は今週末だったんだっけ」
「うん明日。早めに休みくれればいいのにね」
「中学校も明日で終わりだよ母さん」
本来なら冬休み目前でウハウハ気分のはずだったのに、なにこの異常空間。
僕はともかく学校に行くことに決めた。
僕が学校に着くと、
校門のところにすごい人だかりができていた。
なんじゃこりゃ
「よう藤原おはよ!」
「あ、ケンヤなにこれ?」
「それが俺にもわからんのだけど、学校立ち入り禁止だってよ」
なん………だと………
僕がぴょんとジャンプしてみると、人だかりの向こうの校門に、KEEP OUTの垂れ幕が貼ってあるのが見えた。
「は…………はは…………」
なんぞー。
「帰っていいのかな?」
近くで誰かが言った。
僕も同じ意見だった。
僕はなんとなく校舎を見渡してみた。
ほとんどの窓ガラスが割れており、ここからでもわかるくらいあちこちヒビが入ってボロボロになっていた。
修復にはいったいどのくらい時間がかかるんだろう。
そもそも修復できるのだろうか?
まあ校舎がこんなになってるんじゃ授業は無理か…………。
できたらカラスが飲み込んでいた玉を回収したかったけど、これは無理かも。
3
人だかりの向こうのほうで誰かが声を張り上げていた。
この声は担任?
「お前ら!すまんが今日は休校になった!悪いが今日はもう帰ってくれ!」
今かよ。
落胆とも歓喜とも言えるどよめきが起こる。
「もっと早く言えよ!このハゲ!」
誰かが僕の意見を代弁してくれた。ありがとう。
「あぁ?誰がハゲだ!」
罵倒に負けない担任。素敵です。
でもハゲてますよね。ツルピカです。
担任の小林正己先生は、つるピカハゲ丸の人だった。
ちなみに今年で35歳の独身だということは、うちのクラスの常識になっていた。
「明日の終業式どうすんだよ!」
誰かが言った。
助かる、僕もそれ気になってた。
「俺にもわからん!」
ダメじゃん!
そもそもこんなアナログな方法じゃなく、LINEグループで流せばいいのに。
「すまんが!俺も校長も学校に入れないんだ!」
学校関係者も入れないってどういうこと?
「とにかくここにお前らがいても誰も何もできん!帰れ!」
「しゃーねぇ。帰れっつってんだし帰ろうぜ藤原」
「そうだな」
「おい!そこにいるのは藤原と小比類巻か!すまんがちょっとこっちに来てくれないか!」
担任に見つかってしまった。
ケンヤがすごく嫌そうな顔をしていた。
多分、僕も同じような顔になってるに違いない。
4
小比類巻栞弥。
まるで漫画かアニメの主人公みたいな難しい漢字の名前だったが、やっぱりケンヤはケンヤだ。
遠藤恭弥と同じ漢字があることをすごく嫌がっていた。
「すまんがクラスのLINEに今日休みであることを流してほしいんだ」
「センセが自分のでやればいいじゃん」
僕が思っていたことをケンヤが言ってくれた。
流石ケンヤ。
「俺のタブレット、学校の中なんだよ。あいつら、俺ら教師の立ち入りもダメなんだとよ」
あいつら?
人だかりがまばらになってきて校門の中が見えてきた。
KEEP OUTの垂れ幕の向こうに、今まで見たことないようなゴツい車が何台も停まっていのが見えた。
「自衛隊?」
軍隊みたいな格好の人たちが、幾人も校庭を歩き回っていた。
「マジかー」
ケンヤとハモった。
そんな折、KEEP OUTの垂れ幕の向こうから微かに声が聞こえてきた。
「隊長、α個体の確保に成功しました」
「よし、このカルテと一緒に解析班に回してくれ」
「了解です」
「いいか、α個体は扱いが難しい。くれぐれも注意して………………」
僕の後ろを車が通った音で、話の最後のへんが聞き取れなかった。
『別の子の反応が消えました』
「え?」
ポケットに入れておいた玉の、感情のない声が聞こえた矢先、
軍隊みたいな格好の人が、ゴツいバケツみたいなものを抱えて歩いていくのが見えた。
察しの悪い僕にもなんとなくわかった。
予想以上のトンデモだったみたい。
「藤原、俺がもうLINE送っといたからもう帰ろうぜ」
「そ、そうか任せてすまん」
言ってから玉の
『どうするかはあなたに任せます』
を思い出していた。
「いやぁ、任されてもあれは無理っすわ」
僕は玉を諦めてケンヤと一緒に帰ることにした。
5
ケンヤと別れたあと、家への帰路に付いていたら
前から歩いてくる吉住さんに気が付いた。
「あ、吉住さんおはよ」
「藤原君!」
吉住さんも僕に気づいてくれて駆け寄ってきてくれた。
駆け寄ってくれるとは。ちょっと嬉しかった。
「藤原君って、………ウルト◯マンだったの?」
「えっ?」
吉住さんが開口一番で聞いてきた内容に、理解が追いつかない。
「な、え?……………は?」
口から出る声もどもってしまう。
「そ、そんなわけないし」
「いや、見てたし」
「な、なんのことかわからないんですけど」
「じゃあ、これ見て欲しいんだけど」
スマホで再生した動画には、教室にこそこそ忍び込む学生服の人の後ろ姿が映っていた。
僕じゃん!
動画の映像は、そいつを追いかけるように教室に入っていき、窓を映すと
窓の外でウルト◯マンにじゅんじゅわーと変身していく僕の姿が映っていた。
やだもうバッチリじゃん!
恥ずかしさで悶え狂いそう。
冷静を保てない。
「こ、こここ、…………こけ………」
「?」
「こ、これ撮ったの、吉住さん?」
「ううん、撮ったのは真鍋さん」
「は、はい?」
「私は、その、動画をもらっただけ」
吉住さんが恥ずかしそうにモジモジしている。
僕が動画を食い入るように見ていると、吉住さんがすぐそばまで寄ってきて小さな声で言ってきた。
「私もね、その、知らなかったんだけどね、あの、真鍋さんて、言いにくいんだけど」
吉住さんはそこで一旦話を区切ると、
「藤原君のストーカーだったみたいなの」
6
「え?」
頭が追いつかず吉住さんの言葉に返事できない。
え?え?なに?つまり、どういうことだってばよ。
「えと、他には……」
「なっ!?」
そこには……
雨の中、水たまりでビー玉を拾う僕。
近所のドラッグストアで子猫用哺乳瓶を選んでる僕。
夜中Youtuberの家にブロックを投げ込む僕。
玉を拾ったあと笑いながら走って逃げてる僕。
右手を挙げた遠藤とその取り巻きたちの前に立ってる僕。
遠藤の姿が見えなくなるまで見送ってる僕。
動物病院の帰り美咲に背中から抱きつかれてる僕。
スーパーで吉住さんと一緒に買い物をしてる僕。
大荷物を持って歩く僕
僕んちの家の外から撮られた、ほんのり虹色に光ってる窓。
美咲に抱きついてる吉住さんを見ている僕。
土砂降りの中、ずぶ濡れの僕。
………なに………これ?
「……も、もらったの、昨日」
吉住さんが恥ずかしそうにモジモジしている。
「えーと、つまり」
「今もどこかで見てたりして、真鍋さん」
「え!?」
僕があたりを見渡すと
少し離れたところに、さっと身を隠す人影があった。
「………………………………」
「私ね、木下さんにね、その、協力してって言われたの」
「……へ?」
なんのこと?
「でも、あの、真鍋さんの藤原君のコレクション見たらね、その、違うかもって思って」
えーと?
「でね、ここに映ってる光ってるビー玉みたいなものって何なんなの、かな?」
あっ、もうそこまでわかっちゃってるんだ。
まあこんなに撮られてたんじゃ仕方ないよね。
考えが追いつかない。
マジっすかー。