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【シリーズ】ちょと待ってよ、汐入

【5】勘違いにも程がある (2011年秋)

【シリーズ】「ちょっと待ってよ、汐入」として投稿しています。宜しければ他のエピソードもご覧頂けますと嬉しいです。


【シリーズ】ちょっと待ってよ、汐入

【1】猫と指輪 (2023年秋)

【2】事件は密室では起こらない (2023年冬)

【3】定期券、拝見します〜無言で前蹴り〜 (2011年春)

【4】恋する男達と枕詞 (2011年初夏)

【5】勘違いにも程がある (2011年秋)

            (続編 継続中)

勘違いにも程がある

僕、能見鷹士は三十路を前に一念発起し、中小企業に特化した個人コンサルタントとして起業した。そして何故かいつも探偵業を営む汐入悠希の無茶振りに巻き込まれてしまう。この間も猫探しに巻き込まれたばかりだ(【1】猫と指輪)。そんな汐入と腐れ縁の始まりは高校生の時分に遡る(【3】)。

高校一年の秋、僕は学校の帰りに汐入と大森さんが何やら話しているのを目撃する。えっ?まさか?大森さんと汐入が急接近?

大森さんはついこの間まで二階堂玲さんに熱をあげていたんだぞ(【4 】)。いくらなんでも変わり身が早過ぎる。一体、なにが起こっているんだ!?

   第一章


秋、とは言えまだまだ残暑が厳しい9月の半ば。じっとりと汗ばみながら学校からの帰り道を歩いていると、汐入と大森さんを見かけた。何か立ち話をしている。二人に声をかけようと近くに寄ると、会話が溢れ聞こえてきた。


「大森さん、じゃあな。日曜は宜しくな」

「いや、気にするな。親父さんにも伝えておいてくれ」


ん?なんか意味ありげな会話。声をかけるのを躊躇する。会話が終わったようで汐入が大森さんに背を向け歩き始める。大森さんも立ち去ってしまった。咄嗟に僕は汐入の視界から身を隠した。日曜?親父さん?なんだろうな。


週が明けて月曜の朝、駅で電車を待つ。おはよ、といつもの様に汐入が挨拶をしてくる。僕もおはようと答える。


電車が到着し乗車すると汐入は今日は特に話すでもなく、さっさと耳にイヤホンを入れてしまう。そして千代台駅についたらチラッと僕を見て、そのまま降りていく。いつも通りだ。特に変わった様子はない。だが気になる。


日曜に何があったんだろう?大森さんとの会話はどういう意味だったんだろう?

えっまさか、いつの間にやら汐入と大森さんが急接近している!?しかも親公認!?

いやいやいや、それはない。大森さんはついこの間まで二階堂玲さんに熱をあげていたんだぞ。いくらなんでも変わり身が早過ぎる。

いや、でも。あり得ない、なんてことはあり得ない、と何かの台詞が頭をよぎる。

あ〜ダメだ、なんか気になる。なんで気になる?なにが気になる?

あ、ブチ駅、乗り過ごした。


翌日、おはよ、といつもと変わらない汐入。

昨日は散々だった。平静を装い、おはよ、と返す。なぁ、と汐入が声をかけてくる。駅に流れ込んでくる電車の騒音で会話は中断される。ドアが開き電車に乗り込む。

なぁ、あのさ、と再び汐入が切り出す。


「貴様に相談したいことがある。今日、夕方、いいか?」

「あ、うん。いいよ。いいけど何?」

「詳しくは、夕方な。ワタシの将来に関わることだ。じゃあ、後でな」

と言って汐入はイヤホンを耳に突っ込んでしまった。


汐入の将来?

えっ、まさか?大森さんとの?気になる。気になり過ぎる!


今日は授業がまるで頭に入って来なかった。そして、夕方、鳥居駅で汐入と合流した。駅ビルのフードコートにあるテーブル席に座る。


「わざわざすまんな」

と、汐入。

「いや、いいよ、それより何?」

と話を急かす。

「うむ。二つ話がある。まずは引越しのことだ。大森珈琲の二階に引っ越す事になる」

えっ!大森珈琲の二階?それはどーゆう?


「まさか一緒に住むってこと?」

「いちお、最低限ふたり分は寝床は確保したいと思っている。ま、生活の基盤をそこに移すわけではないが。でも、ある意味、住むとも言えるか」


な、なんと!半同棲ってことか!なんたる展開!早い!早過ぎる!


「で、相談なんだが、ある意味、セカンドハウスっていうか、通いっていうか。これってどうなのかな?」

「・・・どう、とは?」

もはや汐入の言葉が入ってこない。おうむ返しに聞き返している。

「一応、家はあるからな。セカンドハウスに通う高校生って不良か?」

僕はなんとか平静を装う。質問の意図がよくわからないがとりあえず肯定しておこう。

「いや、汐入が決めたのなら僕は何もいうことはない。通いだろうが同棲だろうが良いんじゃないかな」

「そうか。そうだな。貴様も気軽に遊びにくると良い。親父にはよく貴様の話もしているしな」


気軽に遊びに行くなんて、そんなことできないよ。親父さんに話しているって?

友人Aだよね、僕は。

大森さんは親公認のお相手ってことだよね。

ってか、なんで僕は凹んでいるんだ?

なんとか気力を維持し、ああ、と相槌を打つ。


「でな、もう一つ。ま、貴様も進学校だからそろそろ考えると思うんだが、文系と理系どっちに進む?」


相談事のあまりの落差に思考が追いつかない。動揺を悟られない様になんとか答える。

「僕は文系かな。数学が破壊的にできない」

「なるほどな。消去法的に決められるのはある意味で楽だな。ワタシは今のところ、どの教科も満遍なく出来ている。進路指導の先生曰く、テストの成績で判断するならばどっちでもいけるそうだ。だから悩む。貴様は文系に進んで何を極めたい?将来は何者になるんだ?」


極める?何者かになる?全く考えていない・・・。汐入がたたみかける。

「文系で花形と言えば弁護士か?キャリア官僚か?う〜ん。なんかそれもワタシはしっくり来ないんだよな」


汐入と大森さんの件で頭が真っ白なのに、そこにさらに今まで考えてなかったことを質問される。真っ白が更に白くなるなんておかしな表現だけど、僕の頭はさらに真っ白になる。


「あ、いや、そこまではまだ考えが及んでないよ。汐入の興味としては理系なの?」

「興味としてはそうかも知れないな。だが理系といっても色々ある。数学は好きだが、数学者ってのはあまりにも浪漫があり過ぎる。未だ証明できていない予想を証明するとか、なにか汐入の定理を見出して歴史に名を残すのも悪くはない。だがその浪漫だけで人生を走り切れる自信がない。逆にその浪漫に取り憑かれて一生を賭けてしまうのも恐怖だ」


「なんか人生観のスケールが大きくてついていけないけど、実用的な何かを残す方がいいのかな?すごく長い橋をかけるとか、不治の病を治すとか?」

「言われてみるとそうかも知れないな。青色LEDとかリチウムイオン電池みたいなことで名を残すってほうが、汐入の定理として教科書に載るよりはしっくりくるかもな。ありがと。貴様と話すことで少し頭が整理できたみたいだ。恩に着る」


それは何よりだが、僕の頭の中はメチャクチャだ。何をどう考えればいいのか、今の感情は何なのか、全くわからない。


「あ、そうだ、貴様に一つ頼みがある。次の土曜日、引っ越しを手伝ってくれ。10時頃にトラックが大森珈琲の前に着く予定だ。荷物を二階に運んで欲しい。もちろん、大森さんも手伝ってくれる」

考えるのはもうやめよう。もはや流れに身を任せるしかない。

「ああ、了解」

と、無感情に答える。

「今日はありがとな、じゃ、土曜日、宜しくな!」

と言って汐入は帰っていった。



   第二章


土曜日、10時、大森珈琲店の前。


「おっす、能見。お前も駆り出されたのか」

「あ、大森さん、おはようございます。大森さんは荷物ないんですか?」

「何を言ってるんだ?俺は無いよ。あ、トラックが来た!」


見ると軽トラが向かって来ている。運転手は中年の男性。隣には汐入。トラックが店の前に着き、汐入が降りてくる。荷台には家財道具が満載だ。


「おっす。能見、大森さん、今日はありがと」

と汐入。

運転席から降りて来た男性も挨拶する。

「やあ、大森くん、この間はありがとう。それから、君は能見くんだね。いつも娘がお世話になっているね。今日も手伝ってくれてありがとう」


あ、汐入のお父さんなんだ。年相応の顔だが引き締まった身体なので、シルエットを見ると三十代と言われても信じてしまうかも知れない。

「あ、こちらこそ、お世話になってます。この度はおめで・・・」

「さ、早速運んでくれ。荷台を空にしたら第二弾を積まなきゃいけない。さぁ、運ぼう!」

と、後半は汐入の声にかき消された。ともあれ、まずは身体を動かそう。これで気が紛れる。


僕は作業に集中した。汐入とお父さんが荷物を荷台から下ろす。それを大森さんと僕が二階に運び込む。荷台を空にすると、汐入のお父さんが一人で軽トラに乗り戻っていく。路上傍に残った荷物を二階に上げたら、汐入がそれを部屋のどこに置くか指示する。僕と大森さんはそれに従い荷物を置いていく。そうしている間に第二段が到着した。


同じ要領で二階に運び込む。

すると今度は汐入のお父さんが荷物のレイアウトを指示し始めた。あらかた大物の家具類のレイアウトを終えると、昼食にしよう、という事になった。


僕らは大森珈琲で昼食を取る事になった。メニューは軽食しかないが今日は特別に少しボリュームのあるカツサンドを用意してくれたみたいだ。もちろんコーヒーも付いている。カツサンドをみんなで食べる。


汐入のお父さんが口を開く。

「大森くん、能見くん、ありがとう。すっごく助かるよ。お陰で大物の家具はほぼ済んだ。男子のパワーは凄いね。午後はあと少しダンボールを開梱してくれたら終了でいいよ。そのあとは僕と悠希でやるよ」

ん?なんか変だ?大森さんと汐入ではなく、お父さんと汐入で?

「これからはここを事務所にするから、大森くんも能見くんもいつでも遊びにおいで」

事務所?汐入のお父さんの?・・・しばし僕は考える。


「事務所はなぜこちらに?」

と探りを入れる。

「なんだ、悠希、話してないのか?僕が事務所を探していたら、悠希が折角だからワタシのセカンドハウスも兼ねて駅の近くがいいなんて言うもんだから、この辺で物件を探していたんだ。その事を悠希が大森くんに話したら、二階の空き物件を紹介してくれてね。それで大森くんにもお世話になった。今日も手伝わせてしまってお世話になりっぱなしだね。ありがと。ま、そんな次第だ」


なるほど!そーゆーことか!どうやら僕はとんでもない勘違いをしていた様だ。

「そうなんですね。今更ですみませんが、なんの事務所なんですか?」

「あ、そこも話してないんだね」

とお父さんは汐入をチラッと見る。汐入はわざとらしく少し舌を出してテヘッとする。

「探偵事務所だよ。探偵業をしているんだ。まだ駆け出しだけどね」


へえ〜!探偵!本当にそんな人がいるんだ!ま、そりゃいるよね。いるんだけど、身近にそんな人がいるとは、あまり想像してなかった。

あれ、なんか今、すっごく気持ちが軽くなってるぞ。なんだ、これ?

「悠希、少し変わっているだろ?能見くんには本当に色々とお世話になっているみたいだね。よく君の話しは聞いているよ。悠希に振り回されるの、大変だよね?嫌なことは付き合わなくていいからね」

「あ、いえ、そんな」


「悠希の奴、今回のことも変なところで気にしていて、家があるのに事務所に入り浸ると、君に家出少女みたいに思われないかな、不良と思われるかな、とか心配してて」

「おい!親父!そーゆー話しはするな!」

と汐入がお父さんを睨む。今度はお父さんがテヘッてしている。仲の良い親娘のようだ。


「さ、コーヒーで一休みしたら午後も宜しくね!」

僕らは午後、残りの作業を片付けた。



週明け、月曜の朝。

おはよ、といつもの様に汐入が挨拶をしてくる。僕もおはようと答える。


電車に乗ると汐入が話しかけてくる。

「土曜はありがとな。お陰で駅近にいい場所ができた。これで遅い時間でも親に心配かけずに貴様ともゆっくり話せる」

えっ?それはどーゆう!?


僕は、ん?という表情をつくり汐入を見る。

「いや、なんでもない、気にするな。気兼ねなく遊びに来いって親父が言ってたぞ」

ぶっきらぼうにそう言って汐入はイヤホンを耳に突っ込んでしまった。


           (勘違いにも程がある 終わり)

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