05.林間学校2日目~帰宅
林間学校2日目は、朝食のあと、昼食まで自由行動だ。昼食はクラスごと場所が決められていて、そこに帰りのバスが来ることになっているので、その時間に合わせて各自行動することになる。捺音は昨日と同じく、瑞希と梨加、菖たちと行動することにしていた。
昨日は西湖周辺を周ったが、今日は河口湖周辺を散策する。いくつかあるハイキングコースの1つを景色を楽しみながら歩き、湖畔にたどりつくと、捺音は昨日西湖湖畔で感じた印象と違うことに気がついた。
(こっちでは懐かしい感じがしない・・)
頭の隅のほうで、ここではない・・と思っているかんじがしていた。不可解な音も声も聞こえることなく、体調も崩さず、捺音たちは無事昼食を取り、地元への帰路へとつくのだった。
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学校へ到着し、林間学校の終了が告げられ、解散となった。
「またねー」
「バイバーイ」
捺音は、梨加と菖と別れた。瑞希と帰るため、荷物を持とうとすると、横から掻っ攫われ、捺音の手が空をきった。
「ちょっと、桐生」
桐生が捺音の着替えなどを入れていた、ボストンバッグを手にしていた。勝手に持っていくなと咎めるように言うと、
「どうせ同じ方向なんだから、オレが持ってく」
「いや、そのくらい持てるし、瑞希とゆっくり帰るから」
(こういう気遣いはやめてほしいんだけど)
そんなに疲れていないので大丈夫だと、周りの、特に女子たちの視線がこちらに集中しているのを捺音は感じて、断るが、
「二人に聞きたいこともあるから・・ほら帰るぞ」
「平松さんも、ごめんね」
桐生と隆は、既に4人で帰るつもりだったように動き出していた。捺音と桐生の家は隣同士であり、隆と瑞希もご近所さんなので、帰り道はほぼ一緒なので分からなくもないが、桐生に近づきすぎると、周りの視線が痛いため、できれば離れて過ごしたいと捺音は思っていた。ただ、チラッと瑞希を見ると、隆に片思いしている瑞希は、隆と一緒に帰れることに、嬉しそうにしていたため、仕方なく桐生に付いていくことにした。
駅まで歩き、電車に乗って、地元に向かう。
「桐生の聞きたいことって何だと思う?」
捺音は電車に乗ると、桐生と隆が少し離れた場所に行ったので、瑞希が分かるか聞いてみた。
「何だろ? 捺音が具合悪くなったこととか? あれ、おばさんには黙ってたほうがいいんだよね?」
「うん、お願い」
確かに昨日のことを母親に言ったら、また心配させてしまうので、黙っていてくれると助かるが、桐生もそれは分かっているのではないかと思う。
「まあ、桐生くんも分かってるよね」
捺音の思っていたことと同様の感想を瑞希も口にする。結局、「聞きたいこと」は分からないまま地元の駅へ着いた。
歩いて家へ帰る道の途中、市内では大き目の公園の敷地内を近道に通る。そして前を歩く桐生が口を開いた。
「昨日さ、高倉が具合悪くなる少し前、二人はなんか変な音聞かなかったか? 大きな風船が割れるような・・」
桐生に問われ、捺音は一瞬ドキッとしたが、「音」と言われて、
(あれか・・)
ようやく思い出す。その後の声にとらわれ、音のことはすっかり忘れていた。
「うーん・・そんな音は聞かなかったよ。あっ、でも捺音、なんか耳鳴りがどうとかって言ってなかった?」
「あー・・」
思い出す仕草をしながら、捺音はどう答えようかと考える。桐生たちが聞こえた音も聞こえていたが、何故かこの場で言うべきではないと、頭のどこかで指示する自分がいるようだった。
瑞希の言葉に、桐生と隆は立ち止まって捺音に視線を向けていたため答える。
「桐生の言う音かは分からないけど、高い金属音みたいのは聞いたような? でも瑞希たちには聞こえなかったみたいだから気のせいだったのかなって・・」
捺音はすっかり音のことは忘れていたので、気のせいということにした。
「オレたちも高い音は聞いてないな・・」
「だね・・パァンってかんじの音だったんだけど」
(やっぱり最初の高い音は聞こえていないのか)
桐生と隆の様子に捺音はそう判断すると、破裂音は聞こえていないことにして、首を横に振った。
「そうか・・変なこと聞いてごめん」
桐生は探るように捺音を見ていたが、再度確認することなく、再び歩き出した。
(・・気づかれなかったかな?)
桐生にウソがバレるのではないかと、内心ヒヤヒヤしたが、どうやら確信が持てなかったようで、気づかれずに済み捺音はホッとしていた。
……にしても、後の破裂音は二人には聞こえてたのか。
そういえば、音が聞こえて周囲を見た時、音に反応したようにキョロキョロしていた人も見えたことを思い出し、結局あれは何の音だったのだろうと、捺音は思いながら二人の後ろを瑞希と付いていった。
「ただいま」
捺音が自宅に帰って来ると、奥から慌ただしく母親が出てきて、捺音の顔を見ると、不安そうだった顔が安心した表情に変わった。
「捺音、何もなかった? 大丈夫だった?」
「うん、なんともなかったよ」
具合が悪くなったことはなかったと、もちろん昨日のことを言わずにいたら、
「桐生くん、ホントに?」
捺音の荷物を持って家まできてくれた桐生に、母親は問いかける。
「夜は少し疲れてたみたいだけど、心配するようなことは何も」
「そう、良かったわ」
桐生の言う事だと何故か信用する母親に、捺音はげんなりする。そして、桐生は持ってくれていた荷物を玄関先に置くと、
「じゃ、捺音。今日も早く休めよ」
(お前は母親かっ)
家の中だったり、二人きりの時、桐生は名前で呼んでくる。心の中で突っ込み、
「はいはい、今日はありがと」
荷物を持ってくれたので、お礼を言うと、桐生は帰っていった。
そして、その夜は、前世の夢を見ることはなかった―――――