03.前世の夢 1 -フィーネ視点-
前世の夢の中では、基本夢の中の本人=フィーネの視点で進みます。
「フィーネ」
私が廊下を歩いていると、後ろから声をかけられた。
「キラ」
呼ばれて振り返ると、金髪の細身の男性が、近づいてくる。中性的な顔立ちをした彼は、フィーネの幼馴染で数少ない友人だ。
「本当に君も行くつもりなの?」
それはここ最近、彼に言われ続けたことだ。
「えぇ。ようやく許可もとれたし、私も新しい言語の研究には興味もあるもの。それに・・」
(この地を離れられる機会を逃すわけにはいかない、その為に許可をもぎ取ったのだから)
次期王女候補だと言われ、最近国内が少しずつ荒れてきている中、私がこの地を離れることに、現王女をはじめ国の重鎮たちは難色を示した。それをなんとかすべて丸め込んで許可を得たのだ。今更やめるつもりは無い。
「それに?」
「異世界なんて、面白そうじゃない」
キラに続きを問われ、私は心とは違うことを答えた。彼は私が次期王女候補とは知らない。ただ城に出入りしていたので、口実で働いていることにしていた。そして、城は入るのも出るのも大変なため、許可を取るという話をしていた。
「キラだって、そうでしょ?」
「いや、僕は上司に言われたからで・・まあ僕が役に立つならばって、引き受けたわけだけど」
「ふーん・・」
「まぁ、フィーネも行くなら心強いよ」
これから見知らぬ異世界に行くのだ。男女数名、色々な役割を担って行くことになる。知った顔がいるだけでも、気分的に楽ではあるため、私も頷いた。
フィーネたちは、これから国の一大プロジェクトに参加する。この世界・・ナル=ユースとは違う、別の世界について、実際にその地に行って研究をするというプロジェクトだ。数年前、この世界とは違う世界の存在が見つかり、その地へ行く研究が密かに進められ、ようやく安全に移動できる魔術が完成したそうだ。今向かっているのは、そのプロジェクトの参加者と顔合わせの場所である。
二人で並んで話しながら、その顔合わせの部屋へ向かっていると、背後から声がかけられる。
「そんな動機なら、やめときな。これは遊びじゃないんだ」
振り返ると、黒髪の男性が二人立っていた。どうやら私とキラの話を聞かれていたようだ。
「おい、サテス、よせよ」
サテスと呼ばれた、目つきの悪い男性には見覚えがあった。とても機嫌が悪そうに見える。そして、サテスを制している男性にも見覚えがある。確か、同じ魔術学校で1つ年上の人たちだ。見覚えはあるが、交流をもったことが無い私は、怖くて、キラの後ろに隠れるように距離を取る。
「君たちも“ニホン”に行くんだよね? オレはトイズア=ネイト。サブリーダーを務めることになっている。そして、こっちはリーダーのペリロザ=サテスだ」
サテスを制していた男性、ネイトが丁寧に自己紹介をした。口調は柔らかいが、私は、ネイトにどこか冷たい印象を受けた。
「あっ、はい、よろしくお願いします。僕はスツトラ=キラで、こっちは、レイラズ=フィーネです」
「ふーん・・スツトラ家の人間か。で、そっちは最優秀者だったか。まぁ、実力は問題ないんだろうけどな」
キラが私をチラッと見ながら、自己紹介すると、サテスがつぶやいた。キラは、魔術師として上級家系の者なので分かるが、まさか私が学校で最優秀取っていたことを知られているとは思わなかった。まあ、リーダーだというから、事前に参加者についての資料をもらっていたのかもしれない。そもそも、プロジェクトで向かう地域は、いくつかあったので、私たちがニホンに行く予定と知っている時点で、こちらの事は既に調査済みなのかもしれないと思う。
「ただ、これから行うのは重要なプロジェクトだ。真面目に調査、研究に取り組む気のない奴は困るんだよ」
私はサテスの物言いにカチンときた。
「誰も真面目にやらないなんて言ってないじゃない」
キラの後ろでボソッとつぶやく。私の怒りに満ちた声は、キラには聞こえたようで、体がビクッとしたのが分かった。
ただ、サテスとネイトには、はっきりと聞こえることはなかったのだろう。
「ん? 何か言ったか?」
サテスはキラを睨みながら問いかけた。
「えっと・・言われたことは真面目にきちんと取り組みますので・・」
キラはサテスの睨みと、背後にいる私に挟まれつつ、返事をすると、サテスは、
「あぁ、ならいいが・・」
あまり関心のないように答えながら、キラへと近づいて、背後に居る私を見る・・というか、見られている視線を感じ、私は素早く後ずさりして距離を取った。
「あ?」
サテスがその様子に怪訝な声を出すと、キラが慌てて、
「フィーネは慣れていない男性が苦手で・・距離を取って話してもらえると・・」
「はぁ!? そんなんで一緒に行けるのか? それこそ無理だろ」
「えと・・慣れれば少しは・・問題ないかと」
キラはフォローをしてくれるが、サテスとネイトは顔を見合わせて、本当に平気なのか?という様子になる。
もしかしたら、事前調査で私の男性恐怖症が伝えられていて、今のやり取りは、その確認だったのではないかと思った私は、その場で表情と姿勢を取り繕い、
「私は言語研究員として、新しい・・その世界の言語を研究するために行きます。一人で行えますので、ご一緒に何かをやることもなく、成果はメールで送れますから皆さまと関わることも特にないでしょう。なので、問題ない無いと判断いたします」
イライラする気持ちを押し込めて、淡々と二人に告げると、男3人が息を飲んだ。
「うーん・・女性と、キラは大丈夫なんだよな」
「ユサカとアンリにはオレから伝えておくよ」
とりあえず、顔合わせの部屋に行こうということで、4人は動き出すことにした。後方では、サテスとネイトが何やら確認をし合う声が聞こえる。キラとは小さい頃から接しているし、今も中性的な見た目をしているが、出会った頃は女の子かと思ったくらいだ。細身で柔らかい雰囲気をまとっているので、まったく嫌悪感は無い。
異世界では男女数名で共同生活すると聞いたが、まるごと転移させるきちんとした施設に、各自個室が用意され生活できると聞いている。数年のことだし、部屋にこもっていれば問題ないはずだ。というか、こもっていたい。やることはやるから、ぜひともほっといて欲しいと願うばかりだ。
そんなことを考えているうちに目的の部屋に着いた。会議室のような部屋には、私たち4人の他に、男女2人ずつ居た。サテスとネイトの同級生だというユサカと、もう一人の男性がアンリだと名乗った。女性二人はユリノとレニーナで、私と同い年の友人同士だそうだ。それぞれ自己紹介をしたあと、異世界に移動するまでに行う事の確認を行った。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
初日顔合わせの後、キラと一緒に建物から出たところで、
「フィーネ、少しいいか?」
ネイトが声をかけてきた。振り返ると、彼は数歩離れた位置で立ち止まった。
「何・・ですか?」
少し警戒したが、こちらに配慮して距離をとって尋ねられたため、話を聞く体制をとる。
「今日は短時間の顔合わせだけだったけど、次からは施設の設備の説明や、生活の場を皆で整えていくことになる。その・・本当に大丈夫なのか? 無理なら早目に言ってもらえると・・」
「今日お会いしたメンバーなら大丈夫です。辞めるつもりはありません」
(せっかく許可取ったのに、ここで辞めてなるものか)
無理なら辞退してほしいとの意図を感じ、慌ててネイトの言葉に被せてしまったが、異世界に行くためなら、少しくらい我慢も譲歩もするつもりだ。
「そっか。悪い、ちょっと確認しておきたかっただけなんだ。大丈夫ならいいんだ。じゃ、また今度」
そう言うと、ネイトは元の建物へ戻っていった。私はその後ろ姿を、じっと見送った―――――