01.林間学校
高校1年春―――――
「いってきます」
「いってらっしゃい。気をつけて、無理しすぎないのよ」
「はーい」
今日から1泊2日、富士山近郊へ林間学校だ。私、高倉捺音は、荷物を抱えて、家を出た。
捺音は、小さい頃から体が弱く、動きすぎると体調を崩して時々熱を出すことがあったのだが、中学生になるあたりから、少しずつ丈夫になってきていた。しかし昨年、両親も安心していたところで、突然高熱を出し数日寝込んでしまい、かなり心配をかけてしまうことになった。それ以来、母親の心配度が増している気がして、毎回言われることにうんざりしながら、捺音は軽く返事をして家を出た。
家を出るとすぐ、待ち合わせをしていた親友の平松瑞希と会い、二人で電車に揺られ、集合場所である学校へ向かった。
捺音たちは学校に着き、数台あるうち自分たちの乗るバスを見つけ、前方の乗降口へ近づくと、
「捺音ー! 瑞希ー! おはよー! 席取ってあるよー!」
名前を叫ばれ、声をした方向を見ると、バスの窓からこちらへ手を振るクラスメイトの姿が見えた。
「相変わらずあの子は、朝から元気ね」
「そうだね」
叫んでいたのは、長い髪をポニーテールにして、いつも元気な、森口梨加だった。入学してから仲良くなった、朝からテンションの高い友人に呆れつつ、瑞希と話していると、
「おいっ」
背後から低い声が聞こえた。振り返ると、釣り目がちな一重の目をさらに釣りあげた顔をした、幼馴染の木田桐生の姿に、思わず「げっ」と思うと、
「早く乗れよ」
待たされてイライラしているかんじで言われる。
捺音はバスに乗ろうとしている状態で瑞希と話していたので、待たせてしまっていたのだろう。とはいえ、同じ電車に乗って来たはずなので、そんなに待っていないはずと捺音は思いつつ、
「あっ、ごめん」
謝ってから、急いでバスに乗り込んだ。一気にテンションがさがる。桐生は短気なのだが、幼馴染で気心が知れているせいか、捺音には特に気が短いし、思ったことをすぐ口にしてくる。桐生の後ろには、桐生より背が高く、優しい顔立ちをした中野隆が居て、瑞希を含め4人は、小学校から一緒なため、互いによく知る仲である。隆は、桐生の発言に呆れる様子をしていた。おっとりしている彼と悪ガキのような桐生が親友だというから不思議だ。
バスに乗り、周囲に挨拶しながら梨加の近くに行くと、手前の席を示してくれる。
「ありがと」
後ろから桐生たちが来ていて、奥の席に行く様子に、このまま通路に居ると、また文句を言われると捺音は察し、お礼を言ってすぐ座席部分に入る。捺音が先に入ったため、
「瑞希、窓側くるでしょ?」
瑞希は車に酔いやすいため、声をかける。
「ん・・でも、捺音、体調は?」
「大丈夫よ、問題ないから」
「そう?」
瑞希も捺音が1年前、高熱で寝込んだことは知っている。更に母親から気にするように頼まれているみたいで、体調を気遣ってきた。問題ないことを伝えると、瑞希は納得したようで、後で入れ替わることにした。
桐生たちが通路を通り過ぎたのを確認したあと、荷物を上の棚に捺音は乗せる。
「あーーっ!」
「どうしたの? 梨加」
叫んだ梨加に、何事だと視線を向ける。
「さっきねー、私、一生懸命荷物乗せたのぉ、捺音待ってれば良かったー」
大したことじゃなかったため、一気に脱力した。
「もぅ、何事かと思ったでしょ」
「いやぁ、ごめん・・でもいいなぁ~背が高くてスラッとしてて色白で、髪もサラサラで艶があってさ、皆のあこがれだよ」
捺音の身長は160cmなので、そんなに高いと自身は思っていなかったが、150cm無いらしい梨加にすれば高く見えるのだろう。捺音は、林間学校なので、今髪は2つに分け三つ編みにしていたが、普段は黒いセミロングの髪は、そのまま降ろしていた。
小柄な梨加は、身長がもう少しほしいと良く言っていたが、何故か色々付け加えられた。
「おだてたって何にも出ないわよ」
照れ隠しにそう返せば、梨加も、
「そんなぁ」
褒めたのに・・と肩を落とすので、周囲から笑いがおきていた。そこに、担当の先生が現れ、出欠や出発前の確認を終えると、バスは出発した。
林間学校1日目は、学校側で事前にいくつか決められたルートから、1つ選択して、最終的に宿となるキャンプ場まで、それぞれグループごとに行くことになる。ルートは、緩いものからハードなものまであり、各自選択することになっていた。その選択したルートごとにバスが分かれ、ルート担当として、学年教師が分担してバスに乗っていた。
富士山近郊に近づくに連れ、捺音は不思議な感覚を感じていた。窓から見える景色は、どこか見覚えのある気がしてくるが、富士山はテレビやネットでも、よく見る機会があるからなのではないかとも思う。ただ、そう思っても、心臓がキュッとするような、違和感に襲われていた。
(なんだろ・・また熱出す前兆とかじゃないよね?)
不思議に感じながらも、目的地に着いたため、違和感を振り払うかのようにバスから降りた。
バスから降り、瑞希たちと向かう方向を確認していると、
「おい、高倉」
またも背後から低い声に呼ばれる。声で桐生だということは分かるため、
「何?」
振り帰りながら、今度は何かと問えば、桐生は近づいてきて、目の前に立ち、少しだけ高い位置から捺音の顔を見る。
「顔色は大丈夫みたいだな。バスから降りる時、少し変に見えたが・・」
先ほど捺音が感じていた違和感が表情に出ていたようで、つぶやくように言った。
(相変わらず鋭いなぁ)
「大丈夫だって、やばくなったらちゃんと休むから」
「やばくなる前に休め」
「はいはい」
細かい指摘に呆れるように捺音は答えた。
樹海の森をハイキングしたり、周辺を散策したあと、昼食を取る。ルートはある程度決められているが、ペース配分は各自グループごとに自由だ。捺音は、瑞希と梨加、そしてもう一人同じクラスの菖と一緒に、のんびりペースで巡っていた。因みに、桐生や多くの男子たちは、出発地が同じで、昼食の場所など被る場所はあるが、別ルートである。
昼食の場で、捺音と桐生は、すれ違ったが、何も言われなかったので、捺音はホッとしながら、次の目的地へと向かった。観光集落と言われる場所を散策したり、お土産を買ったりしていると、同じルートを回っている、他のクラスの女子から、声をかけられた。今は、バラバラにお土産を選んでいるところで、捺音は一人でいた。
「高倉さん、聞きたいことがあるんだけど、今いい?」
目の前には2人だが、少し離れた場所に居る同じ高校の人たちも、こちらの様子を見ているような気がした。
「うん。何?」
捺音が了承すると、
「高倉さんは、木田くんと付き合ってるの?」
(また、桐生とのことか)
中学の頃にも、高校に入学してからクラスメイトにも良く聞かれたことだった。多分彼女たちは、こっちに着いた時のやり取り見て、聞いてきたのだろうが、毎度のことにいい加減、うんざりしてしまう。
「無い無い。ただの幼馴染だよ」
「そうなの? その、好きとかは?」
「全然。仲のいい男友達ってかんじかな」
付き合いたいとか、そういう感情は無い。仲が良いと周囲が思っていることは理解しているため、捺音は素直にそう答える。
「ふーん・・木田くんに彼女がいるかどうか知ってたりする?」
「今はいないんじゃないかな」
桐生はけっこうモテるので、告白されることは多々あったが、付き合ったという話は中学以降聞いたことはなかった。
「・・今は」
黙って聞いていた、もう一人の子が、そうつぶやく声が聞こえた。どうやら、桐生を好きなのは、そっちの子のようだ。
「じゃあ・・」
「捺音、どうしたの?」
彼女が口を開きかけたところで、瑞希が声をかけてきた。
「あーまた桐生こと聞かれてた」
苦笑いで答えれば、瑞希も良く聞かれることのようで、苦笑いして、
「またぁ? 確かに二人は仲いいけど、絶対付き合うことないと思うよー」
聞いてきた2人向けて、答えて、ケラケラと笑った。「絶対」と言い切る瑞希に一瞬驚くが、「確かに」と捺音も納得し頷く。その様子に目の前の2人は、
「そうなんだ・・あっ、答えてくれてありがとうね」
まだ聞きたいことがありそうだったが、そう言って、周りの子たちと去っていった。
……まあ、多分、告白手伝ってとか、手紙渡してほしいとか、そういう話だったんだろうな。
何度かそういうことがあったので、捺音はそう判断した。
そして、捺音たちは、散策を終えると、宿泊の場所となる、湖畔近くにあるキャンプ場の集合場所に向かうのだった。