8・安西青江視点・Ⅵ
「更に彼らは日付が違うとも言いました。ボールを投げ返された男の子が赤いTシャツを着ていたのは土曜日だと言うんです」
「そんな! 日曜日です! 間違いありません!」
「確かに子供の言うことです。鵜呑みにするわけにはいきません。ですから証拠を用意しました」
そう言ったウドウさんがイトウさんの方を見ると彼は頷き、手に持っていたタブレットを私に見せる。
「公園の向かいにあるコンビニに防犯カメラの映像を提供して貰いました。これは日曜日の午後一時二十五分の映像です。少し遠いので小さいですが」
イトウさんは画面に映る道路を挟んで向かい側の場所を指さし、そのまま拡大した。公園のベンチだ。誰も座っていない。イトウさんは映像をいったん止めてタブレットを操作する。
「こちらは前日土曜日の午後一時二十五分の映像です。右上に日時がありますね。そして同じところを見てください」
再び彼がベンチ付近を拡大した。ひとりの女性が座っている。その足元にサッカーボールが転がってきた。座っている人物はゆっくりと体をかがめ、ボールを拾って投げ返した。ボールを受け取ったのは赤いTシャツを着た男の子。
暫くするとその女性は立ち上がり、公園の出口、つまりコンビニ方向に向かって歩いてきた。そこで遠目ではわからなかった特徴が見える。顔はメガネに隠れて個人の特定までは難しいが、彼女の人差し指に絡んでいるのは綺麗そうな黒髪のストレートロングヘア。私のモジャモジャ天然パーマとは全く違う。
……そんな。じゃあ私が見たものは?
「安西さん、あなたの髪の毛について質問をした理由はそれだけじゃないんです。被害者が発見された現場には、明らかに被害者の物とは違うカールした髪の毛が落ちていました」
「え」
ウドウさんが声を更に低めた。
「あなたは先ほど白いワンピースの……被害者の女性と夢で会ったと言いましたね。それは逆じゃないんですか?」
「逆……?」
「あなたが公園で見たものが夢で、被害者と会ったのが現実という事はありませんか?」
私の目の中に一瞬白い光が走った。そんな、そんな。だけどそう言われれば公園の情景よりもあの暗くてぼろぼろの部屋……おそらく被害現場……の方がハッキリと覚えている。臭いも、音も、手の感触も。
ううん、違う違う! 投げ返したサッカーボールの手の感触だって覚えているもの。夢で感触がわかるなんて……ああ、例外があった!
「予知夢……」
「えっ、今なにを言いました?」
私は慌てて口を抑えた。ウドウさんが詰め寄ってくる。
「安西さん、あなたはまだ我々に話していない事がありますね!?」
私は口を抑えたまま首を左右に振る。でも自分の指がぶるぶると震えているのが頬に振動として伝わってきた。どうしよう。最近予知夢を見た時に本当に、本当に1~2回だけだけど感触を少し感じた事があった。今回もそうじゃないと言える? ウドウさんの言う通り、公園の方が予知夢だったとすると辻褄があってしまう。
「安西さん、隠し事はしないで下さい。あなたにやましい事がないなら話せる筈です」
「……」
やましい事? ある。私は不倫をしていた。最初は知らなかったけれどそれが不倫とわかってからもアキラにハッキリ別れを告げる事ができなかった。殺されたのは不倫相手の奥さんなんでしょう?
黙秘を続け、震える私を見たウドウさんはまた鼻からフー……と息を吐いた。
「……では、髪の毛と指紋、それから手形の提出にご協力願えますか?」
「え」
「もちろん、今は任意での提出をお願いするだけです。ただ、あなたが協力をされないならば私達は令状を取ってくる事になります」
私はぐるぐると目眩がした。殺された不倫相手の奥さん。私のアリバイは予知夢。指が首にめりこんだなまなましい感触。現場に残されたカール状の髪。拒否をすれば令状。全てが刑事ドラマの世界の様で、でもこれはドラマでも夢でもなく現実だと言う。
……結局、私は訳が解らないまま、毛髪と指紋と手形の提出に協力した。
そして後日。有働さんが他に数人の刑事さんを連れて私の家を訪れた。毛髪のDNA鑑定の結果、被害現場に落ちていた毛髪と私のDNAが、更に被害現場に残されていた指紋も私の物と一致したのだ。
私は再度警察に連れていかれ、そこで観念して全てをありのまま話したのだった。