7・安西青江視点・Ⅴ
* * *
私は無蔵野警察署の一室でウドウさんと向かい合っていた。嘘を言ってはいけないと直感で思った私は、たどたどしくなりながらも知っていることを殆ど話した。だけど予知夢の能力については言えなかった。頭がおかしい人だと思われるに違いないから。
「……それで、私はあの女の人と夢で会って……」
私はぎゅっと目を閉じた。
視界が狭くうすぼんやりとだが、あのときの光景を思い出せる。ほこりとかび臭いまっ暗な部屋。どこからかカチッという微かな音が聞こえると部屋が明るくなった。手触りの悪い、ボロボロになった畳。目に映るのはそこに寝かされた女の人。彼女は目を閉じていて長い黒髪が千々に広がり、川のように流れている。
私は操られるように手を伸ばした。彼女の白い首に。そんな事をしたくはないのに。なぜ。
ビニール手袋をはめた手が、彼女の首に触れる。薄いビニール越しになま暖かい温度を感じたその瞬間、私の手が勝手に握られた。抵抗できない力が手をギリギリと押さえつけ、私の指が彼女の首にめり込む。甘ったるい、息が詰まるような臭いがした。
「……寝ているあのひとの首を……絞めたくないのに、勝手に手が絞めたんです。怖い夢でした」
私の言葉を聞いたウドウさんはもう何回目かわからない、ため息とも鼻息ともつかぬものをフーと吐いた。
「安西さん、一度整理しますよ。間違ってたら言って下さい……あなたは先週の日曜日の昼、山本さんと駅前のレストランに食事に行き、そこで彼が既婚者だと告白された。それまでは独身だと思っていた」
「はい」
「そのショックで気分が悪くなり、店を出て山本さんと別れ、気がついたら公園にいた。公園の時計は午後一時二十五分を指していて、子供にサッカーボールを投げ返した」
「はい、そうです」
「その後また記憶が無くなった。おそらく夢を見ていて、その夢で白いワンピースのロングヘアーの女性に出会った」
「……」
「安西さん?」
気がつけば唇が痛いほど乾いていた。私はこっそりと唇を内側に巻き込み舐める。
「あの、そこがあんまり自信がなくて……。もしかしたら公園に行く前に夢を見たのかもしれません……」
私はウドウさんの顔を見られなかったが、向こうからフー……という音が聞こえる。
「安西さん、これは大事なことですよ。よく思い出してください。公園に行く前、行った後、どちらで夢を見たんですか?」
「あ、あの……」
わからない。だって夢の時系列なんてみんな覚えていないものでしょう? 私はできるだけ嘘にならないよう曖昧なことしか言えなかった。
「……わかりません。あの時はとにかく頭がぼうっとしていたので……公園の前のような、でも後のような……両方、かもしれません……」
またフー……という音が聞こえ、私は身を固くした。きっとウドウさんはイラついている。怖い。どうしよう。
コンコン
「失礼します」
いつの間にか外に出ていたイトウさんが戻ってきた。一旦イトウさんとウドウさんが部屋の隅に行き、手元のタブレットを見ながら私に聞こえないよう小声で話していた。ひとしきり話すととこちらに戻ってくる。
「質問を変えます。安西さん、その髪の毛ですがパーマをかけていますか?」
「えっ」
私は思わず自分のモジャモジャ頭に手をやった。その質問は予想外だった。
「いえ、天然パーマです。小さい頃からこの頭です」
「ごく最近、ストレートヘアーにしたことは? ええと……なんだっけ」
「縮毛矯正、ですね。なさったことは?」
ウドウさんが言い淀んだのをさっとイトウさんがフォローするように付け加えた。
「いいえ、学生の頃はありましたけど、今はお金に余裕がないので……」
「ではあなたは裸眼ですか? 最近、伊達でも良いのでメガネをかけたことは?」
「無いです……あの、これは?」
何故こんな質問をするのか理解できず、思わず問うとずっと硬い……強面って言うんだっけ……ウドウさんの表情が一際硬くなった気がした。
「我々は今日の午後、公園でサッカーをしていた子供達を見つけたんですよ」
「えっ、あっ、そうですか!」
私の心に希望の光がともる。だがそれは続くウドウさんの言葉でかき消され、さらに冷や水を浴びせられた。
「ですが、その子供達にあなたの写真を見せたところ、全く違う人物だと言われました。ボールを投げ返したのはストレートヘアーの女性で、メガネをかけていたと」
「えっ……」




