5・安西青江視点・Ⅲ
* * *
「もしかしたら、その被害者の人、彼の奥さんかも」
こんな事ルミにしか言えない。何でも話せる優しくて素敵な私の友達。本当は親友だと思ってるけど、ルミの方が同じ気持ちじゃなかったらと思うと「親友」という言葉はルミには言えなかった。でも本当にそれくらい大事に思ってる。
「えっ……」
そのルミは絶句した。ルミはアキラに奥さんがいると知っている。他でもない私が話したからだ。
私は先週の日曜日、アキラが結婚していると告白されたショックで前後不覚になった。いつの間にか公園にいて、そして気がついたらアパートの自分の部屋で眠っていた。ローテーブルには公園の脇にあるコンビニのレジ袋とお酒の空き缶が転がっていた。どうやら公園から帰ってコンビニでお酒を買い、やけ酒をしたらしい。だから公園の出来事の後に見たものや、した事……白いワンピースの女の人と会って、彼女の首に……は夢だと思っていた。
私はアキラの言葉を思い出し、泣いた。いくら泣いても全然気分が晴れなくて頭もガンガンするし身体は泥のように重いし吐き気もする。滅多にお酒を飲まない私だから缶チューハイ2~3本で泥酔したのだろう。こんなの初めてなレベルで最悪の気分だった。
その最悪な気分で色々ぐるぐると考えたけれど独りじゃどうにもならなくて、ルミに『私、騙されて不倫していたみたい』とメッセージを送信したのだ。
ルミはそれを読んですぐ私のアパートまで飛んできてくれて、私を慰めたり、「酷い彼氏ね!」とアキラに憤慨して「今隣に居たら殴りこみに行くのに!」と言ってくれた。私はルミのお陰でだいぶ救われたけれど、アキラは隣に居なかった。というか、そこからメッセージは何度かやり取りしたが会ってはいない。彼は『片付けないといけない事があるから一旦地元に戻る』と言っていた。でも何日も帰ってこないなんておかしい。
ルミは絶句したまま、私の顔を見つめている。どうしよう。嫌われた?
「でも違うかも。わからないの。私、あの女の人に会ったのが夢なのか、現実なのか確証が持てないの」
私は肝心なことを覚えていない。だから警察にも辻褄の合う説明ができない。今確実なのはアキラがA県から引っ越してきた既婚者で、その苗字が「山本」という事、そして被害者の人の苗字も同じでA県の人間という事だけ。アキラは事件とは関係が無いと主張している。私は一度はそれを信じた。
だけど、だけど。色々考えるうちにまた疑いの芽が頭をもたげたのだ。彼は、あの白いワンピースの女性に向かって「ミィ」と呼んでいなかった? 美鈴とミィ、これはこじつけ? それに彼はそもそも奥さんがいる事を私に伏せていた。彼の言う事は信用できない。
もしも私が夢の中であの女の人に出会って……そして彼女の首を絞めたのが、夢じゃなかったら?
私は夢現に――――この状況になんてぴったりな言葉だろう――――不倫相手の奥さんを殺したのかもしれない。それは夢かどうかわからないなんて警察に言ったって、きっと信じて貰えない。
「ううっ……私、どうしたら……」
思わずぽろぽろと涙がこぼれる。
「……青江、今日は帰った方が良いよ。工場長に体調不良だって言って早退しな。あたし、送ってあげる」
ルミが私の頭をそっと撫でてくれた。