3・広瀬琉美視点
* * *
「青江、大丈夫? 顔色悪いよ。クマもできてるじゃん」
「ルミ……」
午後の作業中、青江の顔を覗き込みながら声をかけたら泣く寸前みたいな顔をされた。
「うん……昨日、眠れなくて」
「ちょっと待ってて」
あたしは工場長に「安西さんが体調悪いみたいで、ちょっと休んでもいいですか?」と言いに行く。工場長は「また安西か」と一瞬渋い顔をした。
「でも安西さんがいるからあたしみたいな女も辞めないで続いてるんですよぉ~」
ウインクをしながら言うと工場長は急に機嫌がよくなって「そうだな。無理して怪我されても困るしな。とりあえず10分休憩してこい」と言ってくれた。チョロっ。
あたし、広瀬琉美と青江は1年半ほど前から同じバイト先の工場で働いてる。色々知る内に、ちょっと面白いなと思って、彼女によく話しかけるようになった。
青江は自己肯定力がとても低い。すぐ「私は髪もクセ毛だしチビだしブスで地味だし、人づきあいも上手じゃないのに何で仲良くしてくれるの?」とか「私みたいな人間には工場の仕事は向いていると思うけど、なんでルミみたいな綺麗で頭も良い子がここに長期でいるの? 私と人間のレベルが違うよ……」とか卑屈なことばっかり言う。
だからあたしはその度に「青江といると癒されるんだよね~」とか「青江はあたしには無い凄いものを持ってるじゃん」と言って羊みたいにくるくるした青江の頭を撫でる。彼女はいつからか職場で一番あたしに懐くようになった。
許可を貰ったので青江を連れて休憩室に行く。辛そうな彼女を長椅子に寝かせ、首もとを弛めてあげた。
「ルミ、ごめんね……」
「何がー? よくあることじゃん」
これくらいの介抱は慣れてる。今の青江はすごく辛そうだけど、キュッと口を結んだ。話をしようと決めたみたい。
「あのさ、先週無蔵野市で事件があったじゃない」
「ん? ああ、もしかして女の人が殺された奴?」
「あのね、誰にも言わないでね。昨日刑事さんが聞きこみに来たんだけど……」
「えっ!? マジで!?」
「シーッ、声が大きい!」
青江はびくびくと慌てながら、休憩室の外に繋がる扉を見て声を潜めた。
「ごめんごめん。で?」
「私、被害者の人に会ったことないかって写真を見せられたの」
「凄い。刑事ドラマみたい」
「うん……ドラマみたいだった。でも私、刑事さんに嘘をついちゃったかもしれなくて」
え? この子が警察に嘘をつくなんて信じられない。
「嘘って何」
「その被害者の人、夢に出て来たんだと思ってたけど、もしかしたら本当に会っていたのかも」
「……それって予知夢のやつ?」
青江は以前、予知夢の能力があると私に話していた。最初は驚いたけど、あたしは彼女が嘘を言っているのではないとわかった。
「……わかんない。でもたぶん違うと思うの。予知夢なら、いつも現実に本当に起こってから予知夢だったって気づくんだもの」
「んー?」
あたしはショートボブの茶髪を捻りながら青江に訊く。
「わかんないけど本当に会ってたって思ったんでしょ?」
「……うん」
「じゃあ警察にそう言えば良いんじゃない? 後から思い出しました、って。別に怪しまれたりしないと思うよ?」
「……だけど言えない」
「なんで?」
「先週、彼氏に奥さんがいるって言われたでしょ?」
「あ、うん」
「……」
青江はそのまま俯いて黙り込んでしまった。暫くの無言が続く。
あたしが何か言った方がいいのかなと思い始めた時、ようやく青江が口を開いた。
「もしかしたら、その被害者の人、彼の奥さんかも」
「えっ……」