13・有働刑事視点・Ⅳ (最終話)
「えっと……メガネ型カメラと、VRゴーグル……?」
俺の言葉の意味が理解できず、鸚鵡返しをして目を瞬く安西。彼女に向かって伊藤が口を開いた。
「安西さん、あなたが見た夢は薬物によるものだけじゃありません」
安西の目に、幽かな光が灯る。手元の掛布をぐっと握りしめた。
「そうです。予知夢ですから……」
伊藤がバッサリと斬り捨てる。
「違います。あなたが見たものは広瀬琉美が用意し、VRゴーグルに投影した映像です」
安西の、小さな目がこれ以上無いほど見開かれた。
「映……像?」
「そうです。公園の件も、殺人の件も、広瀬がメガネ型カメラで撮影したものをあなたに見せたんですよ」
「で、でも臭いも、感触もありました!」
「単純なことですよ。パソコンから映像を起動する際、ゴーグルにもパソコンの画面にも同時に映像を流して、広瀬はパソコンの画面を確認しながらあなたに感触を与えたんです」
「え? え?」
「よく思い出して下さい。公園の夢、感触があったのはサッカーボールだけじゃなかったですか? ボールに触る映像が流れたタイミングで、薬物で朦朧としていたあなたの手にボールを押し付ければいいんです」
「……」
安西は自分の両手を見つめて黙り込む。
「山本美鈴さんが殺される時の映像を見て、カビ臭いと感じたのは当然です。あなたは実際に被害現場に連れて行かれたんですから」
「じゃあ……あのひとの首を絞めたのは……」
「広瀬琉美です。あなたじゃないですよ。あなたの意思に反して手が勝手に首を絞めたと感じたのは、広瀬が映像のタイミングに合わせてあなたの手を押さえつけたからです。あなたが触った首は、似た感触の偽物か、広瀬自身の首でしょうね」
「そんな……何かの間違いです。な、何の証拠も」
彼女の声も肩も、小さく震えている。そこまで広瀬を信じていたのか。あんなに酷い裏切られかたをしたのに。
俺は鳩尾に小さなトゲが刺さったような気持ちになった。ところが伊藤の中にはそういった心の機微とか、思いやりってやつは皆無らしい。ズバズバと斬って捨てる。
「広瀬を逮捕した際、彼女のパソコンとスマートフォンを押収しました。映像は流石に削除していたようですが復元処理を依頼しています。山本美鈴さんが殺害された映像が出てくれば動かぬ証拠になりますね」
あーあ、言っちまった。伊藤の言葉に安西が固まる。
「だって……ルミは……私の予知夢の事だって信じてくれて」
「広瀬は予知夢なんて信じていません。それを利用しただけです。そもそも予知夢なんてものは存在しませんよ」
「します! 私は小さい頃から見てきたんですから!!」
急に安西が声を荒げた。まるで人が変わったように。
「でなければ、初めて来た場所なのに以前来たような気持ちになったり、知らない筈の事を言われたらわかるなどできないでしょう!?」
目を剥き、唾を飛ばしながら反論する。今までにない安西の剣幕にも伊藤は引かなかった。
「いや、夢の内容というのはその人の頭の中のデータを再編成して生まれる物ですよ。テレビやネットや大人達の話なんかで流れていた情報を、幼いあなたが内容に興味がなくて聞き流していた場合でも、無意識に脳は記憶しているわけです。眠っている時に無意識下から呼び覚まして夢に反映させているだけでしょう」
「え!? どういう意味ですか」
「いや、だから例えば初めて来た場所であっても、実は幼い頃にテレビで流れてたとか大人向けの新聞や雑誌に写真が載っていたのを見ていたけど、見ていたこと自体を忘れていただけって事ですよ」
「……!!」
般若の顔から一転、地獄に突き落とされたような絶望的な表情を見せた安西を見て俺はしまったと思った。伊藤のやつ、やりすぎだ! 馬鹿め!!
「いやあー! すいません。こいつ何でも理屈で通さないと気が済まない奴でして。俺は予知夢はあると思いますがね!」
「何言ってるんですか。有働さんだって……」
俺は速攻で伊藤の口を塞ぎ抱え込む。呆然自失とした安西に明るく語りかけた。
「今回の事は薬物と映像によるものですが、あなたの幼少期の予知夢は誰にも否定できませんよ。本当にあると思ったからこそ広瀬琉美だってそれを利用しようとしたんでしょうしね。では失礼します」
無理やり伊藤を引きずって部屋を出ると、俺は急いで看護師を捕まえる。
「すみません、そこの部屋の安西青江さんなんですが」
「どうかしましたか?」
「うちの馬鹿がちょっと言いすぎちまってショックを受けたようで、暫く様子を見てて貰えませんか」
「患者さんになんて事を!」
看護師は鬼の形相で伊藤を睨み付けると安西の部屋に向かう。程無く「安西さん!」という声と安西の悲鳴らしき声が部屋から聞こえてきた。
俺は事態を理解できていない伊藤に言う。
「馬鹿野郎。安西が自殺でもしたらお前のせいだぞ。こんな妙な殺人事件、公判の時に安西が証人として居なかったら検察が不起訴にするかもしれねえのに」
「え」
いや、馬鹿野郎は俺も同じだ。完全に見誤った。
俺は安西が広瀬を信用しきって依存すらしているのではと心配していた。だからこうして様子を見に来たが、逮捕のニュースを見てもぼうっとしているだけで自殺をする程ではないと見て少し安心していた。
だが俺の心配は微妙に間違っていた。安西は広瀬が予知夢を信じていると思っていたから信用していたんだ。予知夢こそが、安西が必死で守る最低限の居場所だったのだ。
何の取り柄もなく、大人しく少しトロい存在感のない女。広瀬のように派手で明るく社交的な女に憧れはするが、決してそうはなれないと諦めている。だが「自分には他の人にはない予知夢の能力がある」という一点にすがって生きてきたのだ。
それを俺と伊藤は壊してしまったのだとしたら――――――
俺は病院を出ると胸ポケットから煙草を取り出し火を付けた。
「ちょっと有働さん!」
「うるせえ、黙ってろ!」
紫煙を吐き出しながら安西の病室を見上げる。開け放たれた窓から僅かに聞こえてくるのは彼女の嗚咽か。いや、俺の感傷的な幻聴かもしれない。
そのまま眺めていると無表情の看護師がやって来て窓を閉めた。夕陽のオレンジ色を反射したガラス窓の向こうからは、もう何も聞こえてこなかった。
これにて完結です。お付き合いありがとうございました。
最後にちょっとしたネタを。
私は現代ものを書く時、たまに登場人物の名前を駄洒落にします。今回は主人公でした。
安西 青江 (あんざいあおえ)
「あんざい」の「あ を え」に。
→えんざい(冤罪)
でした。お気づきになりましたでしょうか?
後味の悪いお話になってすみません。それでも面白いと思って下さったなら↓の☆☆☆☆☆に色をつけて下さると嬉しいです。
また、過去に推理ものは2つ(ひとつは邪道)書いてますので、そちらのリンクも↓↓のランキングタグに貼っておきます。どうぞ宜しくお願い致します。




