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12・有働刑事視点・Ⅲ


「失礼します」


 伊藤を伴い、声をかけて安西青江の病室に入ると、彼女は頭の角度を上げたベッドに寝ていた。


「ああ……刑事さん」


 虚ろな目でこちらを見る安西の手元には、テレビのリモコンと耳から外された黄色のイヤホンがある。イヤホンに繋がれたテレビの音は聞こえないが、画面はニュース番組だった。


「ニュース、見ましたか」

「……はい」


 山本と広瀬が逮捕されたと知ったのだろう。安西は広瀬の犯行だとは最後まで信じていないようだった。信じたくないのだろう。不思議なもんだ。恋人だった山本亜紀良の事はうっすらとは疑っていたのに。


 俺は初めて広瀬琉美に会った時、引っ掛かるものを感じた。だがそれだけで犯人と決めつけたわけじゃない。後ろめたい事のひとつやふたつ、持っている奴など世の中ごまんといる。

 あの時、広瀬は髪をかき上げたあと手首を返し、髪を指に絡ませて軽く(ねじ)っていたのだ。土曜日に公園でサッカーボールを投げ返した女性も髪を捻っていた。多分無意識だ。後から安西に広瀬は髪を捻るクセがないかと訊いたらそうだと言っていた。


 だが公園の女性はロングの黒いストレートヘアーで、広瀬の短めの茶髪とは違う。カツラを着けた変装なのではないかと考えた。そして黒いロングヘアーといえば被害者の美鈴さんもそうだ。

 問題は何のためにそんな事をしたか、だが。俺がもうひと押し、安西の背中を押す何かがあったんじゃないかと伊藤に聞いた時、彼は「安西が公園に居たと間違った認識をさせるよう、映像を用意したんじゃないか」と言ったのだ。


 俺はまず、公園でサッカーをしていた少年達に再び聞き込みに行き、広瀬琉美の写真に加工でロングヘアーとメガネを付け足したものを見せた。子供達は「似てる! 本人かも!」と興奮気味に証言をしてくれた。


 次に安西と広瀬がアルバイトをしている工場の監視カメラ映像を借りてきて、そこに写っている広瀬の姿を歩容(ほよう)認証にかけるよう依頼した。

 これは歩き方で個人を判別する方法だ。結果、公園にいた女性と広瀬は同一人物だと判定された。そして日曜日の午後一時前、ファミレスを出た山本と安西が会った白いワンピースの女性の歩容とも。


 広瀬は黒いロングヘアーのカツラで変装し日曜日は美鈴さんのふりをして安西に会った。これはわざと街頭の監視カメラに写りこんだり美鈴さんの携帯電話を持ち歩いて、山本のアリバイ作りと安西に疑いを向けるためだ。

 その時既に本物の美鈴さんは山本亜紀良と広瀬に捕まり、無蔵野市内の空き家で睡眠薬で眠らされていた。薬物で朦朧となっていた安西は、そのまま広瀬が用意した車で同じ空き家まで連れて行かれたのだ。


 そして全てが終わったあと、広瀬は再び安西をアパートの近所まで車で連れていき、午後二時頃にそこで待っていた山本と一緒に彼女の部屋まで運び込んだ。酒の空き缶等を部屋に残し、安西がやけ酒で酔っぱらったと思いこむよう工作までして。


 安西は美鈴さんの首を絞める夢を見た時甘ったるい臭いがしたと言っていた。多分その映像を見せたあと、安西が完全に目を覚まさない様にもう一度薬物か睡眠薬を嗅がせたのではないか。安西が部屋で気づいた時に最悪な目覚めだと言っていた。今までの「実験」よりも摂取量が多くなったかクスリのチャンポンをした為と思われる。


 勿論、ここまでは俺の推理や仮説にすぎない。公園の女と、翌日黄金井駅前にいた美鈴さんの格好によく似た女と、広瀬琉美が同一人物だったからと言ってそれは美鈴さん殺しとの直接の関連性を証明するのが難しいからだ。


 捜査令状を取り、広瀬の手形を取れば美鈴さんのご遺体に残された手の痕と一致する見込みが高い。だがこの状況では広瀬に対して捜査令状が取れるかは難しい。安西の飲み物に薬物を入れた別件で引っ張ろうかとも思ったが、ファミレスの監視カメラ映像しか証拠がない以上山本亜紀良だけしか逮捕できず、その間に広瀬に逃げられる恐れがあった。


 それで山本を殺人事件の参考人として話を聞く傍ら、違法な薬物を買い、使用した疑いでスマートフォンのデータを全て見せるよう求めた。山本はそれにはあっさり協力した。


「薬物なんか入れてません。え? このカメラ映像? やだなぁ砂糖とかシナモンとかですよ。青江にも聞いてみて下さい。彼女、気圧の変化かなんかでしょっちゅう体調を崩してますから」


 そう言って堂々とスマホを渡してきた。美鈴さん殺しのアリバイの時と同じだ。こいつは逃げきれる自信がある時はヘラヘラして余裕を見せる。美鈴さんとのメッセージのやり取りには慎重を期していたらしく、やつの供述と矛盾するところはなかったし、そもそもクスリは広瀬が手に入れたんだろうからその辺りの怪しい履歴も無い。スマホを見せても大丈夫だと安心しきっていた。

 だが、俺達の狙いは別にあった。


「山本亜紀良が、メガネ型カメラとVRゴーグルを買っていたのを突き止めました」


 資産家の娘である美鈴さんと結婚はしたが、山本本人は大して稼ぎも仕事ぶりも良くない平社員だ。安西を罠に嵌める為に必要な道具であるそれらをネット通販で買えば足が付いてしまう。実店舗で買ったに違いないが、決して安くはないカメラとVRゴーグルを買う際、金に汚い山本は欲の皮を突っ張った。現金ではなくポイントが付くスマホ決済で購入したのだ。


 俺達はスマホ決済の履歴で購入店舗と日時と金額を抑え、その店舗に連絡して山本が何を購入したか確認する事ができた。


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他の推理もの、2編です。こちらもよろしくお願いいたします。

【短編集】この味噌汁はしょっぱすぎる/8話【推理編】

★ ★ ★

こちらは↓昨年の春の推理参加作品です。殺人などは無いほのぼの事件ものですが、ノックスの十戒を破っているので邪道だと思います。

ロクさんの遠めがね ~我等口多美術館館長には不思議な力がある~

★ ★ ★

おまけ。異世界恋愛ジャンルですが、推理要素ありのダークファンタジーです。

ずるいお姉様はお隠れあそばします
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