11・安西青江視点・Ⅶ
* * *
重要参考人として警察に連れて行かれ洗いざらい全て話した後も、私は何度も取り調べを受けた。更にもう一度毛髪の提出までさせられた。提出を依頼された時、その理由を聞いてそんな検査の必要は無いとすら思っていた。けれど。
「安西さん、毛髪検査の結果陽性でした。それも微量ですが複数の種類と回数です」
「えっ!? わ、私、私はやってません!! そんな事!!」
全く身に覚えのない犯罪に慌てる私を、落ち着かせるようにウドウさんが言う。
「わかってますよ。あなたが自分の意志で違法な薬物を使用していたなら最初の毛髪提供の時点で抵抗していたでしょうからね。ただ、あなたの予知夢の事をもう少し詳しく話していただく必要がありますし、仕事も休んで貰わなくては」
ウドウさんにそう言われたあとは、ドタバタだった。バイト先の工場には事情を話して長期休暇を貰った。
「はあ……」
頭が重い。この数日間の間にあまりにも色々な事が起こりすぎた。今は特にすることもなくずっと寝ていたので目が冴えてしまっている。かと言って外に出る事もできない。ネットでは今あの殺人事件の事が何と書かれているのか怖くてスマホも見られない。私は仕方なくテレビの電源を入れた。
『……警察は被害者の夫で、会社員の山本亜紀良容疑者29歳と、山本容疑者と交際していたアルバイト勤務の女性26歳を殺人の容疑で逮捕しました……』
私はビクっとして慌ててチャンネルを変える。だが変えた先のチャンネルでも綺麗なアナウンサーが事件の事を報道していた。
『……山本亜紀良容疑者と、山本容疑者の交際相手である広瀬琉美容疑者を逮捕しました。二人は共謀し、山本容疑者の妻の山本美鈴さんを殺害した疑いです。また、違法な薬物を入手し、知人女性に薬物を摂取させる目的で飲食物へ混入した容疑でも逮捕状が出ています……』
ああ……やっぱり逮捕されたのか。私はイヤホンを引きちぎるように耳から外し、頭の部分を起こしていたベッドにもたれかかった。ここは病院。もう私の体内からはおそらく薬物は排出されているだろうけれど、念のための検査とマスコミから逃れるために入院している。
私はあの事件の日、アキラがドリンクバーから持って来た紅茶をなんの疑いもなく飲んだ。変わった味だとは思ったが飲んだことのない珍しい種類だと言われて信じてしまった。まさか薬物が混入されていたなんて。毛髪検査の後、ウドウさんが私に言ったことを思い出す。
「ファミレスの監視カメラ映像を確認しました。山本亜紀良は薬物を混入する瞬間をあなたに見えないよう注意していたようですが、最近ドリンクバーに異物混入するイタズラ動画が流れたらしく、ファミレス側で隠しカメラを配置した事までには気づいていなかったようですね」
私達は貧しく、ここ4カ月の間にドリンクバーを使うことはなかった。だからアキラもそこまで考えが及ばなかったのだろう。
「薬物……」
「意識が朦朧として、夢か現かわからない状態だとあなた自身が言っていたでしょう。殺人は夢だと思わせるのが目的だったんですよ。そして実際にあなたは夢だの予知夢だのと言い出した」
「だ、だけど私はアキラには予知夢の事は話していません!」
まだ付き合って1ヶ月半の彼に、もし信じて貰えなかったら、気持ち悪いものを見る目で見られたら、と思うと怖くて言い出せなかったのだ。
「広瀬琉美ですよ」
「ルミが!?」
「広瀬琉美の過去の犯罪歴を調べました。未成年の時にA県でエンコーを……」
「?」
「パパ活ですね」
私が一瞬怪訝な顔をしたのを見たイトウさんが後を受ける。
「まあそれよりも、パパ活相手に昏睡強盗の方が主な活動だったみたいですが」
「昏睡強盗……薬物を?」
「そうです。飲み物にクスリを盛って幻覚を見せるか意識を失わせ、金を盗む手口ですね。それで更生施設に入っていた過去があったんですよ」
「……」
ずっと疑問に思っていた。綺麗で背が高くスタイルが良くて、快活で話上手なルミ。彼女が何故私なんかと同じ工場の仕事をしてるんだろうって。もっと華やかな職場に移らないんだろうって。犯罪歴があるから表舞台には出られなかったのか。
ウドウさんがフーと息を吐いて言った。
「あなたのアパートで初めて広瀬琉美に会った時、帰る態度に引っかかるものがあったんですよ。刑事に対してやましい事があるか、過去に何かあるのかもしれないとはうっすら思ってましたが……」
私がルミを信用して予知夢の事を話したのが10ヶ月ほど前。そこから事件が起きるまでの間、何度か気分が悪くなったことがありルミに「気圧が乱高下しているからね」と言われてそんなものかと思っていた。それに2回予知夢も見ている。
ウドウさんにその時期を何度もしつこくしつこく詰問されたので必死にスマホのメモなどを見ながら時期を思い出して話した。
幾つかの時期が、私の毛髪検査の陽性反応が出た時期と被っているそうだ。つまり、ルミは私に何度か薬物を盛り、薬の種類や量の適性を見たり、朦朧とした私に暗示をかけて予知夢だと思わせる実験をしていたのだろうと言われた。
それと平行して、ずっと以前、A県にいた時からルミと不倫関係だったアキラを私のアパートの隣の部屋に引っ越させた。私の趣味や、好みの男性のタイプと一致するようにアキラに予め情報を渡して行動させていたのだろうとも。
全てはルミの計画だったなんて信じたくなかった。大事な、親友のルミがそんな事をするなんて。だってルミは私のいう事を信じてくれていたのに……。
私はそのまま、ベッドに体を預けてぼんやりとしていた。何分経っただろう。
「失礼します」
最早聞き慣れた、無骨な声が病室に響いた。