10・有働刑事視点・Ⅱ
俺が引っかかってるのはそれだけじゃない。他にも問題がある。ご遺体の首に付いた手の痕だ。安西は夢の中で被害者、山本美鈴さんの首を手袋をした手で絞めたと供述した。マスコミには絞殺だと発表しているが凶器は公表していない。安西は伏せられた殺害方法を知っている。
そしてご遺体に残った手の痕に指紋は残っていなかった。殺害現場には安西の指紋が残っていたのに。安西が犯人ならそんなバカなミスをするだろうか。
更に手の痕と安西が提出した手形が微妙に違う。安西の手は人差し指より薬指が短い。ご遺体に残された手形は人差し指より薬指が長かったのだ。
そして山本には犯行時間にアリバイがある。手形が安西の物でも山本亜紀良の物でも無いなら、やはり第三者の物ではないかと考えられる。山本と安西に更に別の共犯者が……。
「……あ!」
山本には鉄壁のアリバイがある。当然なんだ。資産家の娘だった山本美鈴さんが死ねば、ヤツには遺産と保険金、それも結構な額が入る。ヤツの浮気に美鈴さんは気づいていなさそうだったと言うのはA県に住んでいたころの知人からも証言を得ている。
真っ先に疑われそうな山本亜紀良はわざとアリバイを仕込んでいたんだ。これは共犯者の居る犯罪。そんなことはわかりきっていた筈なのに安西の態度で目が曇っていた。安西が共犯者なら、山本が彼女を切り捨てるような供述をするのは何故だ。
俺は突然、あることに気づいた。
「……髪だ」
「有働さん?」
「あいつが安西に暗示を……」
ものすごく突飛な発想だと自分でも思う。だが髪のせいでその考えを切り捨てられない。俺の中で色々な可能性が渦巻いては、泡のようにはじけて消えていく。俺は伊藤に向き直った。
「お前、占い好きか!?」
「は? いや、好きでも嫌いでも無いですけど」
「でも心理学かなんか勉強したんだろ? 占いで……ごく普通の事を言われて、当たっているって思い込むやつあったよな!? 女ってのは占いが好きなもんだろ?」
「ああ……バーナム効果ですかね? でもそれはこのケースには当てはまらないでしょう。予知夢やら殺人やらなんてごく普通の事には入らないじゃないですか」
「そう、そうなんだが……なんて言うか、こう、暗示に誘導されて飛びついてるような感じなんだよ!」
くそっ、考えがまとまらない。一本……いや、ひと吸いでいい。肺に煙を送り込みたい。
「俺の考えはあと一歩な気がするんだ」
安西は自分に予知夢の能力があると信じている。山本達はそれを利用したんだ。手口もアレなら安西の供述と矛盾しない。だが今のままでは証拠が足りなくて一笑にふされる。俺の考えが正しいならあと一歩、アレの他に安西の背中を押す何かがあったに違いない。
俺は迷いながらも伊藤に自分の考えの一部を話す。伊藤は最初は小馬鹿にした風だったが徐々に神妙な顔つきになり、最後に一言ぼそりと言った。
「……例えば映像とか」
「できるのか!?」
「まあ、映像ならできるでしょう。それなら公園の件は一応説明がつきますね。でも俺なら予知夢を利用するなんて事は考えないなぁ」
俺の頭の中でかちりと歯車が合わさった気がした。
「おい、もう一度毛髪検査をやるんだ! 安西の」
「え? DNAは一致したじゃないですか」
「いや、そうじゃない、ああ、それより先に証言だ! それとあいつの犯罪歴と監視カメラの確認!」
「は? 山本には前歴が無いって確認済みでしょ? それにコンビニの監視カメラも、山本の監視カメラ映像もじっくり全部見ましたよ!」
伊藤に対して俺はかつてない苛立ちを覚える。これだから最近の若い奴は!! 機械には強いが人間の心には察しが悪い。理屈ばかり並べすぐに動こうとしない!!
「お前俺の話を聞いてたか!? まだ見てない映像があるだろ! 行くぞ!! 後で説明する」
種類や時期によっては毛髪検査は不発に終わる可能性がある。その前に聞き込みや監視カメラの映像で証拠を固める方が先だ。
不満げな伊藤を連れ、俺はまずある協力者に確認をとる為に走りだした。走りながら無意識で胸ポケットに手をやり中の物を取り出す。
「有働さん!! ここ禁煙ですよ!!」
くそっ!!!