宮元貞友
「若い男が邪魔とだけ。背は高くなく痩せ型だったと思います」
目撃したキャバ嬢たちは防犯カメラに映る通行人について一様に似た供述をした。一人はその声は聞いたが落ちていく石橋を目で追っていて全く姿すら見ていなかった。
「何か落ちたのは気付きました。ただ血も肉も飛び散らないので錯覚かと思って。それで停車位置を調整して乗客がホームドアから降りられるようにしました」
電車の運転士は茫然としていた。幸い凄惨な現場は見ずに済んでいる。この状況では運転士に責任を追及する話は当然一切出ない。自分が運行させた電車が一人轢き殺したという事実は変わらない。そもそも停車寸前の速度では通過電車が引き起こす惨状が作られるわけがないのは冷静に考えればわかるだろう。心神耗弱の嫌いが見える状態だった
「何か体を崩されたような感じでよろけ、隣の嬢を潰さないよう踏ん張ったらこうなった」
ボディーガードは聴取に対して憔悴しきりに答えた。俊は石橋よりひと回り以上年上のボディーガードは同じ組織の格下と言う立場であった。それゆえ怨嗟の念が疑われたが意外にもふたりは良好な関係だったようだ。彼の得る収入は基本組ではなく石橋の懐から出ているようで、客観的に見たら石橋を雇用主とした従属関係のようだった。それが組の指示なのかは黙秘で通したが演技の線がない訳じゃないが、この一件で彼の組織内での立場は悪くなるだろうことを予感している雰囲気だった。
「やっぱみつかりませんね」
データ室から戻ってきた部下が刑事の宮元に告げた。鉄道事故を事件の観点から捜査している彼は現場にいて唯一事情聴取できていない男を探している。一連の捜査資料に何度も目を通した彼は刑事事件としての立件はほぼ無理だと思っている。出来ても精々過失致死罪、それもその確保できていない男に対してだ。ボディーガードに殺意はおろか悪意すらない。仮に行方不明の男に殺意はともかく悪意があったとしても、駅員始めその時間帯の利用者の多くが被害者集団の嫌がらせを何度も目撃している。明確な殺意まで立証できなければ情状酌量で無罪だろう。そもそもその対象が行方知れずなのだ。
「無いとは思うんですけど、緻密な計画の末の犯行かもしれませんぜ」
叱咤が飛んでくるのを見越してか、部下が若干ふざけながら小難しい顔をしている宮元に言った。部下は不明の男と被害者集団の接触時点を起点として、その男の足取りを前後3時間調べてきた後だ。
「まず一番古いのが1時間25分前に捉えたこのコンビニのカメラです」
部下はタブレットに映した地図を宮元に示して場所を指さした。現場から8㎞程離れた場所だ。
「一応不明瞭ですがその映像でCチームが近辺に聞き込みに行っています」
場所は閑静とされる住宅地だ。警察協力カメラの点在具合からおよその推定住所が導き出されている。
「ただ元々治安がいい地区で防犯カメラの更新が遅くて映像が不鮮明なので期待はしないでください」
相変わらず飄々と部下が話す。署の方針が事故として処理される方向に固まりつつあるのは知っているし、上司の宮元がいまいち納得していない風なのも気付いている。彼の現在の方針は全力で証拠を集めて宮元に事故であることを納得させることだ。有るものを無いものにするつもりはないが、無いものを有るものと想定して動く捜査が心身ともに疲弊することは身をもって知っている。
「で、多くのカメラに形跡が残ってるんですが、顔認証ソフトが走るクラスのカメラには全く顔が映ってないんですよね」
そのいくつかの鮮明な映像で確定した対象の自転車は中年男性に盗まれて行方知れずだ。その行方の調査はさすがに上の許可が下りていない。
「で、一番新しいのが1分30秒後の郊外行きのホームで歩いているところ。その後到着した電車に乗ったとすると、監視カメラ無し車両、各駅停車で終点までの距離およそ30㎞。その沿線は設置カメラが過疎過ぎて、まだざっと見ただけですけど多分足取り途絶えますね」
「人相不明、身長170センチ程度の痩せ型男性。服装は頭のてっぺんから爪先まで没個性」
宮元は腕組みしながら唸った。彼は部下共々現在広域強盗事件のチームで動いている、その激務の下のありもしない合間にちょっと見ておけと言われた推定事故案件。被害者は暴力団構成員とくれば当然モチベーションも落ちてくる。
「まあCチームが対象を確保できるまで放置かな」
宮元は鉄道事故の書類をまとめてまとめて捜査書類の袋に詰めて机の本棚に収めた。その隣にある厚さ10センチ近い強盗事件のファイルを引っ張り出した。