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石橋義郎 後半

 標的2を仕留める凶器は電車、麗華は階段突き落としとの二択で迷った末殺傷能力が高そうな方を選んだ。当てる(突き飛ばす)のは簡単だが、下手すれば捻挫すらしないダメージ軽微の可能性がある階段と、当てる(突き落とした後に轢かれる)のは難しいが、もしかしたら転倒落下時に骨折で本攻撃が発生する前に倒すことができるかも知れない電車。麗華は何だかアクションゲームの大攻撃と小攻撃みたいだとおかしく思った。どの道一度行動を起こせば成否に関わらず警戒は厳重になるだろうし、年単位で機会をうかがう羽目になるかも知れない。選んだのは成功率より達成率重視の結果だった。


 幸い標的2はバカな行動をSNSに上げて身内のウケを狙う中高生のようなメンタルで頻繁にホームドア近辺で危険行為をしているのは調査済みだ。タイミングさえ合えば成功率も十分賭けるに値するまで上げられるだろう。ひとつ心苦しいのは少なくない乗客と鉄道会社に迷惑が掛かることだったが、背に腹は代えられない。

 もうひとつは多くの監視カメラが設置されている場所での事故の偽装だ。日々の鍛錬の甲斐もあって麗華はちょっとした詰め物や抑え物を追加するだけで十分男装に耐えられる体型が作られている。多分殺人犯として映像の情報公開があっても170センチ程度の瘦せ型男性、年齢は10代後半から30代くらいという感じに報じられるだろう。それでも犯罪者として捜査が入るのと、偶然の事故の発端として調査されるのでは重さが違う。あくまで目標は不運な事故の偽装だ。そのため各所カメラの配置とそれに映るのを意識した動線、自身の行動の設定や逃走経路、標的2を実際突き落とす場面だけは全く想定が出来ないし、最悪迷子を装って往復して接触して機会を二回にすることも想定している。


 あとは実行あるのみだ。


 設定はこうだ。別の私鉄からの乗り継ぎで標的2がたむろしているホームへ入る、しかし下りる階段を間違いそこは目的のホームではない。慌てて走り去る時に標的2に接触し実行、別のホームから電車に乗り込む体の映像をいくつかのカメラに撮らせる。ただそのホームからは電車に乗らず、端から線路に降り構外へと逃走する。

 

 計画を立て終えた麗華の口から乾いた笑いが漏れた。

 

 これぞ机上の空論だと自分でわかっていた。いくら日本の鉄道が遅延なく運行されているとは言え、ちょっとしたトラブルで1分2分の遅れは発生するだろう。ホームには自分と標的2の集団以外にきっと複数の人がいるだろう。ひとつボタンを掛け違えば誤差が誤差を呼び、実行のタイミング以前に凶器が通り過ぎているかも知れない。プランBは設定できないのだ

 

 緊急停止のボタンを持ちつつ、まずはやってみよう。


 麗華は以外にも長考することなくあっさり決断に至った。それは行動原理が怨嗟によるもので立ち止まると言う選択肢は基本持ち合わせていないからだった。成否が重要なのは間違いないがとにかく動かないと麗華本人が納得できないのだった。



 バイトの休みを貰い、防犯カメラに映るためだけの駅に自転車で向かう。中古で購入したそれは防犯登録もしていない、その駅で放置自転車となる予定だ。当然道中の防犯カメラは極力避ける方向だ。私鉄1で三駅、事件を起こす側の私鉄2で乗ると見せかける路線は郊外行きのためそこで乗った映像さえ撮られなければ行先に多くのカメラ未設置駅がある。少なくとも映像データによる追跡の足取りは途切れるはずだ。


 最初に乗る電車は時間通りに来た。前回はつま先の詰め物で誤魔化した靴のサイズ、今回はかかと下にもフリース生地を重ねて自作した上げ底も仕込んでいる。見た目布製のハイカットシューズが履き心地自体は安物ハイヒール状態だ。勿論いざというときのダッシュなどに耐えられるように作ってある。歩き方を20代男性っぽく、靴の違和感に徐々に馴染むようにしっかりと歩く。背負ったバックパックは500㏄のペットボトルが5本入っている。いざと言うときに振り回して軽めの凶器に出来るよう、体当たりが選択肢に上がる時に質量の上乗せになるよう、全力逃走時に極端な荷重増にならないように、それらすべてのバランスを考えた結果の2.5㎏だった。


 『世界に誇ると散々ドヤるだけあるわね』


 麗華は左前腕に着けた時計を見て感心した。念のため朝に秒単位で合わせた時計は停車時は時刻表から10秒もズレていなかった。様々な誤差が集まるだろう終電付近の時間帯で有難いことだと麗華は鉄道会社への好感度を上げていた。

 刻一刻と迫る実行の時に向けて歩みを進める麗華はまだ決断をしていない部分があった。標的2がホームドア設置の壁に腰かけてふざけていなかった場合だ。今まで濃淡様々な形で観察してきた結果、プランAとして立案できる程度にその行動の確率は高いと見ている。それでも普通に壁にもたれかけている程度の場合、膝の辺りにタックルを仕掛け、持ち上げるようにして線路側に落とすか、そのままスルーして次週以降に再挑戦するか。前者も成功確率が低いとは踏んでいない。取り巻きはボデーガードを除けばいまどきの綺麗処、細めの女性ばかりだ。多分入手経路をたどるには数が出過ぎているバックパック、当然指紋や皮膚髪の毛付着の予防措置済みの、を掴ませて身代わりとし、全力疾走の逃亡だ。問題は仮にそこで捕まらなくとも行動が明らかに殺人事件と判別されるための警察機構による追跡だ。麗華は今まさに実行現場となる場所に歩みつつある場所まで、解像度の低いものは若干の無防備さをだしつつも、高解像度の防犯カメラには多分鼻すら映らない程度のうつむき加減で通ってきている。日本人選手の活躍のお陰で流行っているメジャーリーグの帽子も相まって顔認識が全くできないはずだ。ちなみにそれは入手経路がかなり絞れるのを逆に見越して防犯の緩い古着屋で買っている。そこまで正体不明かつ追跡困難な男性を装ってきても実行時のひと悶着で皮膚や毛髪が落ちたり、特異な行動で目撃者の記憶に鮮明に残ったりと証拠を残しかねない。最大の懸案は警戒度最上位、プラットホームの高性能防犯カメラに顔が映れば被害者、顔認識、動機の三点だけで麗華にたどり着くことすら想像に難くない。

 実行はあくまで事故を装う必要があるのだ。


 かくして麗華は運命の地点を見晴らせる場所に来た。下り階段あとは10段もない。ホームに人はまばら、標的2の集団はいつも通り、その周りは当然のように一般の乗客の姿はない。標的2は、


 壁に腰かけている。

 

 遠くで電車の音がする。その大きさからホームへたどり着くまでの予想時間は何度かの訓練、シミュレーションによって誤差30秒程度まで聞き分けることができるようになっている。


 今落とせばその地点に電車が通過するのは1分30秒後、今落とせば1分後、麗華は階段の壁際に泊まってスマートフォンを見ている振りをしつつ、目を閉じその音に集中していた。


 『行こう』


 推定30秒後通過の音量と判断した時、麗華は集団に歩み寄り始めた。ゆっくりと、特に目立つ素振りがないように。

 麗華は神か仏か、あるいは幸運か、とにかくもしこのタイミングを演出してくれた存在があるなら土下座して感謝を表したいと思うような配置が接触直前に構成されていた。まず誰も麗華に気付いていない。全員が標的2の方を向いており、雑談に興じている。ボディーガードが最も麗華に近い位置に立っており、その巨体に隠れて標的2が麗華を視認をするのはその動線から多分行動後、通り過ぎたときだろう。ただしその時点で転落していなければだが。


 「邪魔」


 麗華は野太い声色を使いボディーガードに体当たりした。歩きながらもその直前頭ひとつ分腰を落とし上腕を身体に引き付けしっかり固定、その上腕部分に体重を乗せた踏み込み全ての荷重が掛かるように。

 

 不意の姿勢変化に一歩踏み出して体勢を保とうとしたボディーガードはその先に隣のキャバ嬢の足があることに気付き、それを避けるために手を壁について転倒を回避しようとした。それ自体は出来たのだが、重心のブレが思いの外大きく上半身全体を壁に預けるような形になってしまった。その腰砕けの余波が石橋を線を側に突き落とす結果となってしまった。



 昨日未明、私鉄某駅で人身事故が発生、被害者は搬送先の病院で死亡確認。その影響によるダイヤの乱れはない旨の報道が翌朝なされた。詳細を報じるメディアは少なかったが、そのひとつは被害者はホームドアの柵に乗ってふざけていたところ誤って転落、意識を失い退避できず、侵入してきた電車により両大腿部切断、失血とショックでほぼ即死だっただろうとあった。

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